日本の医療と医薬品等の未来を考える会

第31回 「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート

第31回 「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート

第31回「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」を開催いたしました。2019年1月23日(水)、16:30~18:00、衆議院第一議員会館の国際会議室にて、「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」の第31回勉強会を開催いたしました。詳細は、月刊誌『集中』2019年3月号にて、事後報告記事を掲載いたします。

まず、当会主催者代表の尾尻佳津典より、挨拶させていただきました。「ゲノムによって医療が大きく変わる、ゲノム研究の進み方によって国の医療レベルに差が出る、と言われています。日本も先進各国に負けているわけにはいかないということで、今回はテーマにゲノム医療を取り上げました」

当会国会議員団会長の原田義昭・衆議院議員(環境大臣)からご挨拶をいただきました。「予測力という言葉が政治の世界ではよく使われます。見なければわからないと言うのではなく、先を予測して、それを前提に物事を決めていく、実行していくということは非常に大切です。ゲノム医療についても、そういうことが言えると思っています」

今回の講演は、公益財団法人がん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔氏による『これでいいのか日本のがん医療! 人工知能・ゲノム・免疫療法でがん治療革命を』と題するものでした。以下はその要約です。

『これでいいのか日本のがん医療! 人工知能・ゲノム・免疫療法でがん治療革命を』
講師・中村祐輔氏
■簡単に遺伝子を調べられる時代の到来

 私は若い頃に外科医をしていましたが、腫瘍外科医として仕事をしていく中でいくつかの疑問を抱きました。「なぜ正常細胞ががん化するのか?」「なぜ若年でがんが発生する人がいるのか?」「なぜがんの増悪に大きな個人差があるのか?」「なぜ抗がん剤の治療効果に大きな個人差があるのか?」「なぜ一部の患者には抗がん剤の非常に強い毒性が出るのか?」これらの疑問を解く鍵として遺伝子の研究を行ってきました。

 がんは遺伝子の異常で起こる病気です。遺伝子にどのような異常があるかにより、がん細胞の個性はみんな違っています。そういう研究を行いながら、遺伝子をがん治療の中に組み込みたいと考え、本を書いて提案してきました。私は「オーダーメイド治療」という言葉を1996年から使い始めましたが、2015年にアメリカのオバマ大統領(当時)は一般教書演説で「プレシジョンメディシン・イニシアチブ」という言葉を使っています。プレシジョンメディシンとは、あなたに合った医療ということですから、私が言ってきたオーダーメイド医療と同じでした。

 技術が進んできたことで、今や簡単に遺伝子の情報を得ることができます。それを診療現場で利用しようというのが、プレシジョンメディシン・イニシアチブの精神です。それに基づいてアメリカのゲノム医療はどんどん進んでいます。そして、2016年にオバマ大統領(当時)は、がんの治癒を目指すというムーンショット計画を発表します。人類を月に送るという途方もない計画を実現させたように、がんを治癒できるようにするという目標を掲げたわけです。

 では、がんを治癒させるためにはどうしたらいいのでしょうか。がんの10年生存率のデータから考えると、「手術ができる早期に発見できれば治癒率が高い」「早期に見つけても治癒率が低いがんに対しては、新しい治療法の開発が必要である」ということがわかります。たとえば膵臓がんの3年生存率は15%ですが、これは標準治療では太刀打ちできないことを示しています。

 がんを早く発見したり、がんの新しい治療法を開発したりするのに必要なのがゲノム医療ですが、それを支えているのがDNAシークエンス技術の進歩です。2001年の時点では100万個の遺伝子暗号を読み解くのに1万ドル(約100万円)かかりました。現在はそれに必要な金額は1セント(約1円)です。100万分の1に価格が下がってきたのです。1人の人間の全ゲノムを読み解くのに、2001~03年には3000億円を使いました。現在では5万円でできます。こういう時代であるにも関わらず、現在日本の厚生労働省は、がんの遺伝子パネル検査を推進しようとしています。わずか100余りの遺伝子を読む検査で、60万円とか100万円とか言っています。時代から遅れてしまった日本の姿がここにあるわけです。

■リキッドバイオプシーでがんを見つける

 私はプレシジョン医療を、「がん細胞を見つける」「最適の治療薬を見つける」「免疫療法を提供する」という3段階のフェーズに分けて提唱しています。最も大切なのはがん細胞を見つけることで、その技術としてリキッドバイオプシーという方法を使います。がんを見つけたら、がんの個性を明らかにして最適の薬を提供します。薬が見つからない人には、新しい免疫療法を提供できるような体制にしたいと考えています。がんを見つけるためにゲノムを使い、がんの個性を知るためにゲノムを使い、がんの個性に基づいて治療薬を選択し、ゲノムを利用して新しいタイプの免疫療法を提供する、という時代になってきています。ゲノムをキーワードに、リキッドバイオプシーや免疫療法が生まれ、これと人工知能を組み合わせることによって、これまでの延長線上ではなく、がん医療に革命的な変化が訪れようとしているのです。

 私たち人間は、30億個の遺伝子暗号(全ゲノム)を親から受け取ります。そのうち遺伝子部分(全エキソン)が5000万個です。全ゲノムも全エキソンも、現在は5万円くらいで調べることができます。現在、日本で推進している遺伝子パネルは、100~300個の遺伝子を調べる検査です。これで治療薬を見つけるというのですが、価格的に考えてもまったくナンセンスです。10年前であれば、限られた遺伝子を調べることの意義はありましたが、今やお金の無駄遣いと言えます。最初から全エキソン、全遺伝子を調べるほうが、いろいろな情報を集められるからです。

 ゲノムを使ってがんを見つけるリキッドバイオプシーの技術が進んできました。血液、唾液、尿などを調べ、がん細胞からこぼれ落ちた微量な遺伝子を見つけることで、がん細胞の存在を明らかにし、そのがんに合う薬を選び、再発を超早期に発見するのです。現在、血液の上澄み部分を使って、がんを発見できるようになっています。体を構成している細胞は、常に古い細胞が新しい細胞に入れ替わっているので、壊された細胞のDNAが血液中に入っています。がんがある人だと、正常な細胞からこぼれ落ちたDNAが6000個あると、がん細胞からこぼれ落ちたDNAが1~100個あります。微量ですが、遺伝子解析の技術が進歩したことで、血液中の微量なDNAを見つけられるようになったのです。

 現在では、手術可能なレベルのがんの70~80%は、血液で検出できるというデータが出ています。卵巣がんや肝臓がんはほぼ100%、胃がん、膵臓がん、食道がん、大腸がんで60~70%程度です。リキッドバイオプシーによって、手術可能ながんをかなりの割合で発見することができるのです。

 再発したがんも、血液によるリキッドバイオプシーなら、画像診断より6~9ヵ月早く発見できます。この段階で治療すれば、がん細胞の数が圧倒的に少ないので、治癒の可能性が高まるのではないかと言われています。また、手術の1ヵ月後に血液中にがん由来のDNAが残っていた人は再発しますが、DNAが見つからない人は再発が起きにくいことがわかっています。それにより、副作用のある術後の抗がん剤治療をしないという選択肢が生まれてきます。こうしたことが現実に行われるようになっています。

 がん細胞の遺伝子を調べることでがんの個性が明らかになれば、がんの個性に基づく治療を選択することができます。一般的には、がんの遺伝子を調べれば、20~25%の人は、その人に合った治療薬を選択することができます。ただし、今春から保険収載される遺伝子パネル検査は、治療がなくなった人だけが対象のため、新しく治療法が見つかるのは、おそらく6~7%程度だろうと思います。

■世界で研究が進むネオアンチゲン療法

 現在の日本のがん医療は標準治療だけを重視しますが、これには問題があります。いろいろな体型の人たち全員にMサイズの服を着せると、20%の人がちょうどいいとします。全員にLサイズの服を着せると、30%の人がぴったりです。Lサイズのほうがぴったりの人が多いから、これを標準として全員にLサイズを着せよう、というのが標準治療です。そうではなくて、Mが合うのか、Lが合うのか、あるいはSサイズなのかを見極め、その人に合う治療を提供しようというのがプレシジョン医療であり、医療の本来あるべき姿です。

 遺伝子を調べて合う治療薬が見つからなかった場合には、新しい治療法を提供していく必要があり、そこで期待されているのが免疫療法です。現在注目されている免疫チェックポイント抗体治療は、薬が直接がん細胞を殺しているのではなく、患者さん自身の免疫細胞を活性化して、免疫細胞ががん細胞を殺している、という点が重要です。この治療法で縮小するがんは、全体の10~30%程度ですが、がんを攻撃するリンパ球をもっと増やせば、今まで効かなかった人にも効くのではないかということで、新しい治療法の研究がいくつか始まっています。

 今、世界中で注目されているのがネオアンチゲン(がん特異的抗原)です。遺伝子異常によって作り出されるがん細胞の目印であるネオアンチゲンを、人工的に作って患者さんに注射することで、患者さんの免疫を呼び起こす治療法です。私たちの体には、外敵に対して免疫が活性化し、それを殺そうとする働きがあるので、それを人工的に刺激するわけです。このリンパ球は全身を回り、目印を持つがん細胞を見つけ出して死滅させます。

 ネオアンチゲン療法の研究がどのくらい行われているのか、世界中の臨床試験をまとめたサイトで検索してみると、94件がヒットしました。日本の研究はゼロです。目立つのは中国勢の参入で、最新の10件の研究の内6件が中国のものでした。日本で免疫療法バッシングをやっている間に、中国はこの分野で一気に実績を積み上げています。黒船が来ているのに黒船が見えていない日本の現状は、非常に憂慮すべきものだと言えます。

 アメリカのムーンショット計画は、がんの延命を目指すのではなく、がんの治癒を目指すプロジェクトです。年間100万人ががんにかかり、35万人ががんで命を落としている日本が、こういう課題に取り組んでいないのは異常事態です。がんを治せる国にしたいし、そのためには国を挙げて取り組む必要があると考えています。

質疑応答ではつぎのような発言がありました。

尾尻:「ゲノム医療について、日本社会や厚生労働省の理解がなかなか得られない理由はどこにあるのでしょう?」

中村:「日本にゲノムという言葉が入ってきたとき、その受け皿となったのは生物学者でした。アメリカでは医師研究者が中心となってゲノムの研究を行い、それを推進してきました。片仮名の「ヒト」に対する関心から始まったゲノム研究と、漢字で書く「人」を対象としたゲノム研究。そういう根本的な違いが、ここまで続いていると感じています。また、メディアにおける科学報道の問題もあります。たとえば、iPS細胞については数々の記事が出ますが、ネオアンチゲンという言葉は、少なくとも読売、朝日、毎日といった大新聞は1回も取り上げていません。こういったアンバランスさも、大きな問題だと思います」

石原哲(社会医療法人厚生会木沢記念病院副病院長):「遺伝子パネル検査で適した薬が見つかる割合は20%くらいと言われていますが、この割合を高めていくためには、どうすればよいのでしょうか」

中村:「標準治療がなくなった人が対象だと、とても20%はいきません。一けたになるだろうと思います。その割合を高めるための方法というご質問ですが、薬がない以上、それは無理でしょう。遺伝子パネルでは、ネオアンチゲン療法に展開することもできません。全エキソンを調べないと、次につながらないのです。次への展開を考えれば、今頃パネル検査をやるのではなく、全エキソンでやるべきだと思っています」

石原:「ネオアンチゲン療法では、どのくらいの効果が予想されるのですか」

中村:「どの段階で行うのかが重要です。抗がん剤治療を行って免疫機能が落ちていると、リンパ球の誘導能がかなり落ちてしまいます。『ネイチャー』に発表された脳腫瘍の症例では、10個打てば5個くらいに反応するリンパ球が増えています。それが臨床効果にどのようにつながるかは、まだ研究を待たなければなりません。ただ、免疫チェックポイント抗体療法と組み合わせたり、リキッドバイオプシーの技術と組み合わせたりすることで、がんの治癒率を85%程度まで上がられるのではないかと考えています」

加納宣康(医療法人沖縄徳洲会千葉徳洲会病院院長):「ゲノムの研究が進んでくると、これまで行われていた樹状細胞療法などは一掃されてしまうのかと思っていましたが、これまでの免疫療法にもいいものはあるということでしょうか」

中村:「樹状細胞だけでは無理だと思いますが、そこに特異的な抗原をくっつければ変わると思います。『ネイチャー』の脳腫瘍の論文を見ても、昔使っていたようなワクチンも併用されています。やはりタイミングの問題が大きく、抗がん剤をどのように使うかで結果は違ってくると思います。もっと早い段階でうまく行えば、これまでとは違う結果が見えてくると思っています」

荏原太(医療法人すこやか高田中央病院院長):「私たちのような民間病院では、がん難民の人が非常に多く、その人たちが免疫療法などに最後のお金を費やしてしまうという例を、これまでたくさん見てきました。これから素晴らしい治療法が出てくることに期待していますが、標準治療がなくなった後も、患者さんを最後まで診てほしいと思います」

中村:「私はアンチ標準療法でして、治療法がなくなったからどこか病院を探せというのは、医療の在り方として正しくないと思っています。標準治療が終われば何もないといって突き放すような医療が漫然と行われていることについて、社会がもっと取り上げていく必要があると思います」

土屋了介(公益財団法人ときわ会顧問):「国立がん研究センターも東京大学も大阪大学も、遺伝子パネル検査を宣伝していますが、ネオアンチゲン療法についてはほとんど出てきません。がん研も、標準治療から外れた人が対象だと言っています。今や全ゲノム、全エキソンの解析ができるのですから、国立がん研究センターであれだけのお金を使うなら、そちらにまとめる形にしなければいけないと思うのですが、そのあたりはどうでしょうか」

中村:「行政の在り方も、国立がん研究センターの考え方も、10年遅れていると思います。国立がん研究センターが将来の日本のがん医療のビジョンを示すべきです。現在のように、周回遅れで10年前にアメリカがやっていたことをやっていて、それが日本のトップであるということについて、みんなが考え直さないといけません。このままどんどん差がついて、日本の患者が中国に治療を受けに行くという時代になるのはそう遠くないのかもしれない、と危惧しています」

草野敏臣(医療法人社団ミッドタウンクリニック理事長):「リキッドバイオプシーを一昨年から導入し、30数例に行ってきました。今後、民間のクリニックでどのようなことができるでしょうか」

中村:「リキッドバイオプシーは、誰もが簡単に行える技術ではないと考えています。いろいろな方が行っていますが、非常に細かいものを見つけなければならないので、プロでないとできないと思います」

島袋誠守(ミッドタウンクリニック先端医療研究所部長):「リキッドバイオプシーを元にして分子標的薬を探し、がんを治療するということが、普通に行われるようになっているのを感じます。今後、日本でネオアンチゲン療法の研究はどのように進み、どういうロードマップで臨床現場に入ってくるのでしょうか」

中村:「本来なら国がもっと資金を投入し、ネオアンチゲン療法が保険で受けられるように進めていくのがよいと思います。しかし、それは期待薄で、まずは自由診療でやらざるを得ないでしょう。その場合、自由診療を行う方々にお願いしたいのは、患者さんからきちんとサンプルを得て免疫的な評価をしていただきたい、ということです。これまでの問題は、自由診療でやっていてどこにもデータがプールされていなかった点です。しっかりしたデータを1ヵ所にプールし、国際的に通用する形で発表しない限り、ペテンだとかインチキだという声は消せません。ネオアンチゲン療法では科学的な評価ができるわけですから、きちんと評価し、それをみんなにシェアする形が必要です。アメリカでは2~3年後に承認されるかもしれません。それから日本があわてても遅いと思います」

懇親会の様子

 

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