日本の医療と医薬品等の未来を考える会

第35回「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート

第35回「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート

ロボット支援手術の法的許認可から
日本の医療行政の閉鎖性問題を考える

心臓の弁形成術のロボット支援手術は、2018年4月にようやく保険収載された。今回講演していただいたニューハート・ワタナベ国際病院総長・理事長の渡邊剛氏は、05年からダヴィンチによる心臓のロボ ット支援手術を行っているし、09年にはロボット支援による心臓バイパス手術が高度医療に承認されている。ロボット支援による前立腺全摘術が12年、腎部分切除術が16年に保険収載されていることから考えても、ロボット支援心臓手術の保険収載までの道のりは長かったと言えるだろう。海外の技術を日本の医療界に導入するのには、まだまだ障壁がある。5月22日の勉強会では、日本ロボット外科学会理事長も務める渡邊氏に、自らのこれまでの経験を紹介してもらいながら、ロボットやAI(人工知能)を活用するこれからの医療についても語っていただいた。

尾尻佳津典「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」代表(集中出版代表)「本日講演していただく渡邊先生は、日本ロボット外科学会の理事長を務めていらっしゃいますが、学会のホームページを見てみますと、日本の医療技術レベルは世界に誇れるものだが、医療機器や薬剤など新しい技術を世界から輸入するのは非常に困難な環境にある、というようなことが書かれていました。全くその通りだと思います。先般、アメリカの大手医療機器メーカーの幹部と話をする機会があったのですが、日本の市場には期待していない、ということを話していました。中国とアジア諸国で十分だというのです。やはり審査に時間がかかるということを問題視しているようです。ジャパンスルーはまだまだ続いているのだなと感じました。本日は、渡邊先生が早くから取り組んでこられましたロボット支援下手術について話していただきます」

ロボット心臓手術 キーホール手術の実践
■心臓の低侵襲手術を行ってきた

キーホール手術というのは、鍵穴程度の切開で行う手術のことです。私が心臓手術でキーホール手術をやろうと思い立ったのは、30年ほど前のことでした。一般的に行われているのは、人工心肺を使い、胸骨正中切開を行う手術です。人工心肺ができたのが今から45年ほど前ですが、その頃から同じような手術が行われてきています。これでいいのだろうかとずっと思っていました。
低侵襲手術を行うことにしたのですが、心臓手術には、心拍動がある、制限時間がある、術野が非常に狭い、といった特徴があります。また、形成したり、繋ぎ合わせたりする手技があり、低侵襲手術を行うのが少し難しいのです。そのため、腹部外科や胸部外科では、開胸・開腹手術から内視鏡下手術を経て、ロボット手術へと進みましたが、心臓外科では、開胸手術からいきなりロボット手術に行かざるを得ないという難しさがありました。

私自身は、1999年に完全内視鏡下心拍動下冠動脈バイパス術を行っています。手術支援ロボットが開発される以前に内視鏡だけで行った手術です。ただ、普通の内視鏡では視野に問題があるため、フェイスマウント型ディスプレイの内視鏡を、オリンパスと共同で開発しました。これを発売する予定でしたが、プロトタイプは臨床応用しても保険は使えず、メーカーが全て補填するという法律ができ、オリンパスは降りてしまいました。こうして、せっかく開発した内視鏡を世に出せないまま、2台だけ作って終わりになってしまったのです。これが日本の医療を取り巻く環境です。

一方、アメリカでは手術支援ロボットの開発が進められ、2000年頃には第1号機が完成しています。当時、私は金沢大学にいましたが、05年に導入してもらえました。当時、ダヴィンチを持っていたのは、金沢大学、九州大学、国立循環器病センターと、私が兼任していた東京医科大学 でし た。05 年12月から使い始めています。

アメリカに勉強に行 ったのは 07 年で、 Good Samaritan Hospitalという一般病院に行きました。この病院のスミス医師は、当時世界で一人だけキーホール心臓手術を行っていました。これをやらなければと思い、帰国してすぐの07年7月に、私にとって最初のダヴィンチによるキーホール心臓手術を行いました。その後、ダヴィンチを使って、様々な心臓手術を行ってきました。

■保険収載までに長い年月を要した

ロボット手術の法的許認可については、苦々しい思いが残っています。心臓のロボット手術の承認がなかなか下りなかったのは、ただ厚生労働省に問題があったわけではありません。ダヴィンチは心臓手術には禁忌であると吹聴した人達がいたのです。当時、ジョンソン&ジョンソンの冠動脈ステントがよく売れていましたが、冠動脈バイパス手術はステントのライバルになることもあり、ダヴィンチは心臓手術には禁忌であると吹聴していたのです。その影響もあって、厚労省はダヴィンチを心臓手術に使うのは危険だとして、09年まで高度医療にも通してくれなかったのです。ダヴィンチを使って金沢大学と国立循環器病センターで治験を行い、ようやく心臓手術の薬事承認がとれたのが15年です。それ以前に前立腺全摘手術は保険収載されていましたし、腎臓がんの手術も先進医療に認められていました。心臓手術の弁形成術が保険収載されたのは18年です。直腸がん、膀胱がん、子宮体がん、肺がん、縦隔腫瘍、食道がんなど、全部通してしまえというときに、心臓の弁形成術も一緒に入れてくれたわけです。

ダヴィンチによる僧房弁の手術は、4つの穴のキ ーホール手術ですが、真正面に弁が見え、開胸手術よりもはるかに拡大して見ることができます。05~19年4月までに354例のダヴィンチによる僧房弁形成術(MVP)を行ってきましたが、死亡は0%、再手術も1%未満で、安全な手術であると評価できる成績です。 ダヴィンチによるキーホール手術も小切開手術も、あまり変わらないのでは、という意見があります。切開した部分の長さを足したら同じくらいになるとか、小切開の方が小さいという意見もあります。しかし、ダヴィンチ手術では骨をこじ開けませんし、出血は小切開手術の10分の1という少なさです。当然、輸血率も低くなります。人工心肺の時間はダヴィンチ手術のほうが少し長いのですが、手術時間はほぼ変わりません。 術後のリハビリの観点からも、ダヴィンチの優位性は証明されています。痛みのスコアを見ると、術後1~3日目は、1.5ポイント程度ダヴィンチ手術の方が低いのです。歩行開始日も、500m歩行達成日も、ダヴィンチ手術の方が早く、6分間歩行ができた日も早く、6分間歩行の速度もダヴィンチ手術の方が速いことが分かっています。

■心臓手術の技術習得には数多くの経験が必要

泌尿器科では、ダヴィンチ手術を20例くらい行うと、技術的に満足できるレベルに到達するといわれています。心臓手術ではどうなのか、自分の行 った手術のデータを調べてみました。症例数が増えることで、手術時間、人工心肺時間、遮断時間がどう変化するかを見ると、150例くらいで落ち着いてくることが分かりました。 ダヴィンチによる心臓手術は、いろいろな手術で行われるようになっていて、腫瘍切除術、心房中隔欠損症手術、心室中隔欠損閉鎖術なども行われています。私達はこれまでに計642例のロボット支援下心臓手術を行いました。手術件数は年々増加傾向にあり、18年は4月に弁形成術の保険が通ったこともあり、年間120例を超えました。19年は4月までに60例を超えています。現在、当院の手術の3分の1がダヴィンチ手術です。 僧房弁形成術の手術件数は計354件ですが、これは世界的には16番目の症例数です。最も多い医師は2000例に達していて、500例を超えている医師が9人。500例を超えると、一応ベテランの域に入れるのかな、と思います。

■患者はダヴィンチのある病院を選ぶ

今後、ロボット手術はどうなっていくのでしょうか。それを考えるためのデータがあります。アメリカにおける前立腺切除術に関するデータです。ダヴィンチ手術の件数は増加しており、特に年間100例行うようなハイボリューム病院での手術数が増えています。そして、手術件数が増えるほど成績が向上し、病院の収益も上がっています。機械が高額でランニングコストも高いので、手術のコストは増加しますが、入院日数が短縮され、術後の抗がん剤投与が少なくなることで、臨床成績の向上とコストの節約が可能になるのです。 患者はハイボリューム病院に集中し、ローボリュ ーム病院は減っていくという現象が現れます。過疎地を除けば、手術はダヴィンチを有する病院にシフトしました。患者はダヴィンチを持っている病院を選んでいるのです。 現在、新しい手術支援ロボットの開発が進められていて、日本でも川崎重工が取り組んでいます。バーチャルリアリティーなどでロボット支援下手術を体験できるようになると、外科医の養成方法も変わるかもしれません。日産がF1ドライバーを養成するため、ゲーム大会で優勝したゲーマーにトレーニングさせたことがあります。ロボットを扱う外科医も、普通の手術を行ってきた外科医だけを対象にするのではなく、若い人に最初からロボット手術をやらせてもいいのかもしれません。シミュレーターさえ完成すれば、そういったことも可能になるでしょう。今後は、AIやロボットを無視して医療を行うことはできなくなっていくだろうと思われます。

加納宣康・沖縄徳洲会千葉徳洲会病院名誉院長「私は1990年前後に日本のパイオニアの一人として腹腔鏡手術を始めまして、いろいろな障害にぶつかってきました。先生のお話を聞いていると、時代がこれだけ進んだのに、日本はまだ同じことを繰り返しているのかと、虚しさを感じてしまいました。 1997年に、私はインドに腹腔鏡手術を教えに行 ったことがあります。1年後にそのインド人医師は、この1年間で500例の手術を行い、車をベンツに変えたと言っていました。そういうものすごい勢いでやっているのを目にしてきたので、日本人のメンタリティーに対して、このままだったらどうなってしまうのだろう、と不安に思っています。こういう状況をぶち壊すいいアイデアはないのでしょうか」

渡邊「私も中国で心臓のオフポンプ手術、人工心肺を使わない手術を教えたことがあります。私達は年間200例でも日本一多いと言っていたのですが、私が教えた中国人医師は、翌年行 ったら年間 1000 例やっていると言っていました。新しい技術を日本に持ち込めるようにすることを考えると、もう少し自由度を持たせた法律や制度が必要です。それには、自由診療で行っている間にやりたいことを提供して、皆にお見せするのがいいのかもしれません。保険医療制度の中で生きている限りは、自由診療で行うのがいいのかなと思います」

松岡健(葵会医療統括局長)「ダヴィンチ手術を行う若い医師を育てることを考えた場合、偏差値の高い医師がいいのですか、それともゲームが得意な人がいいのでしょうか」
渡邊「本当は偏差値が高くて、人柄も良くて、手もうまい、というのが一番いいですね。しかし、この3つがそろっている人はあまりいません。そこで、何が重要かを考えてみると、情熱がある人がいいのかな、と思います。前の3つがある人よりも、情熱のある人に教えたいと思います。教育の仕方も難しいのですが、いい手術を見せないと、いい外科医は育たないというのは肌で感じます。いい手術を見せていると、後輩達はいつの間にかうまくなっていきます。うまくない先生の教室にいると、なかなか……という感じはあります」

尾尻「これまでいろいろご苦労があったと思いますが、厚労省に言いたいことがあるとすれば、どんなことですか」

渡邊「アメリカと日本の間にはデバイスラグがあります。2009年のことですが、ダヴィンチS(スタンダ ード)という機種で高度医療の認可を受けました。その後、ダヴィンチがモデルチェンジした時、高度医療がその後に繋がらなくなってしまったのです。今までの機種を使うならいいが、新しい機種を使うなら、手続きを全てやり直す必要があるということでした。これはとても残念だった記憶があります。こんなことをしていたら、日本はアメリカやヨーロッパで古くなった医療機器を使わざるを得ないわけです。こんなことでいいはずがない、と言いたか ったですね」


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