新型コロナウイルス感染症COVID-19の
感染拡大を防ぐ対策と重症患者の治療
原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスですが、医療に関わる仕事をしている方達は、まずはしっかり勉強し、どういう相手なのかを知る事が大切だと思います。そこで、万全の策を講じた上で、勉強会を開こうという事になりました」
尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「この時期によくお越しくださいました。本日の勉強会は、新型コロナウイルス感染症をテーマに取り上げました。大曲先生は、この後、小池都知事との会合に急遽出席する事になったとの事ですので、予定より少し時間を短縮して講演をお願いしています」
新型コロナウイルスCOVID-19の現状と対策
■昨年12月前から感染は起きていた
コロナウイルスは感冒の原因として知られています。それ以外に重症の感染症を引き起こすものとして、SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスとMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスがあります。どちらも致死率が非常に高いという事で問題になりました。そして、昨年末に現れて世界に広がったのが、SARS-COV-2です。このウイルスに罹患した場合にCOVID-19と呼びます。この感染症をどうコントロールしていくかが、世界的な課題となっています。
この感染症はいつ世の中に出てきたのでしょうか。武漢の海鮮市場から広がったと言われていますが、『ランセット』に載った論文によれば、1例目の発見は12月1日以前で、海鮮市場に曝露なしとなっています。つまり、12月1日以前から武漢では市中でヒト−ヒト感染が起きていた事を強く示唆するデータがあるのです。ウイルスがどこから来たのかは分かりません。海鮮市場でアウトブレイクがあったのは事実で、それにより基礎疾患のあるような人が重症化し、医療機関にかかって病原体が見つかったのだろうと思います。
国立感染症研究所疫学センターがまとめたデータによれば、日本では1月3日には患者が見つかっていました。それ以降、中国人旅行者からの感染や、武漢や中国各地から戻られた方が発症する事で、少しずつ増えていきました。さらに春節の間にヒト−ヒト感染が続いて、日本で一定の流行を起こしたと考えられています。そして、その第1波の流行が終わったのが、おそらく3月前半です。ただ、今また日本では患者さんが増えています。原因の分からないリンクの負えない事例の増加と、海外からの帰国者の増加という形で出てきています。そういう意味で、日本における新型コロナウイルス感染症は次の段階に入ったといえます。
■60代、70代に重症例が多い
患者さんはどういった人達でしょうか。厚生労働省のデータによれば、年齢階級別の陽性者数は、50代、60代で多くなっています。日本におけるCOVID-19の診断基準は、原則として肺炎がある事となっています。従って、肺炎のある人を見ていくので、感冒でしかない若者はなかなかとらえにくいわけです。感染者全体では、もっと若いところにピークがあるのかもしれませんが、それは分かりません。死亡例は80代に多く現れています。重症例は60代、70代にピークがあります。日本で重症化するCOVID-19の患者さんは、60代、70代という事が見えてきます。
COVID-19は、一般的には無症状に近い人から、我々が見た事もないような重度の肺炎まで、症状の幅が広いのが特徴です。80%の方は風邪症状程度で終わります。比較的目立つのは微熱と咽頭痛で、それに次ぐのが鼻水です。それが1週間〜10日間ほど続きます。これが軽い場合の自然経過です。普通の感冒は症状のピークが3〜4日目に来て、徐々に良くなりますが、軽症の新型コロナウイルス感染症の場合は、だらだらと熱や症状が続き、1〜2週間かけて治っていきます。若者の中に感染者が蔓延しているのではないかとよく言われますが、若者の多くは症状が軽いので、感染者を見つけるのは極めて困難です。
残りの20%の人達は、中等症以上になります。典型例では、7〜10日ほどして咳をするようになります。こういう人の胸部CTを撮ると、かなり高い確率で肺炎が見つかります。肺炎になっても、症状が出てから3〜4週間はかかりますが、多くは良くなっていきます。ただ、全体の5%は、かなり重篤な肺炎を起こします。基本的には人工呼吸器が必要になり、(体外式膜型人工肺)を使わなければ助からない人もいます。日本のデータでは、1〜2%の死亡する人がいます。
肺炎になれば見つかりやすいのですが、感染拡大を防ぐには軽い人からの感染を防がなければいけません。そういう人が軽過ぎて見つからない、というのがこの病気の特徴です。だからこそ感染対策が難しいのです。
重症者では、発熱が98%に、咳が76%に、筋肉痛やだるさが44%に、呼吸苦が55%に現れるというデータがあります。潜伏期間は平均5.2日、感染源の発症から2次感染までの期間は7.5日、受診までは4.6〜5.8日、入院までは9.1〜12.5日となっています。これがこの病気の典型的な経過です。
年齢階層別に見た致死率は、50歳を超えると高くなります。持病があると死亡リスクが上がることも分かっています。中国からの報告ですが、心血管疾患があると致死率は10.5%、糖尿病だと7.3%、慢性呼吸器疾患だと6.3%、高血圧だと6.0%、がんだと5.6%となっています。
■極めて重症の肺炎を起こす事がある
これまでに経験した症例を紹介します。
〔症例1〕30代・女性:湖南省在住のツアーコンダクター。武漢のホテルに宿泊し1月20日に来日した。23日に咽頭痛が出て受診。特別な異常は見て取れなかったため、COVID-19の可能性は低いとして返す。当時は指定感染症になっておらず、検査基準を満たしていなかった。発熱が改善せず、咳、痰、頭痛、悪寒が出たため再受診。胸部レントゲンで肺野に浸潤影を確認出来ず、腎盂腎炎を疑い治療を開始。その後も38℃の発熱、咳、痰が続いたため、3回目の受診。再度胸部レントゲンを撮ると異常があり、胸部CTで肺炎が見つかった。検査を行うと、新型コロナウイルスが陽性で、新型コロナウイルス感染症と診断。臨床症状が回復するのに1カ月ほど要したが、最終的には良くなった。
〔症例2〕54歳・男性:武漢に仕事で滞在。1月27日に咽頭痛と鼻汁。29日に帰国のチャーター便内で軽い悪寒、発熱があり入院。30日に新型コロナウイルス感染が判明。胸部レントゲン、胸部CTを行ったが肺炎と見られる影はなし。急性上気道炎と診断。微熱が1週間以上続いたが、その後は37℃台の発熱はあるものの、呼吸状態の悪化はなし。
〔症例3〕41歳・男性:武漢に仕事で滞在。1月31日に日本に帰国後、38℃の発熱と軽い咳があり入院。翌日、新型コロナウイルスの感染が判明。胸部CTで一部浸潤影を伴うすりガラス影があり、肺炎と診断。そのまま経過を見たところ、37℃台の発熱はあるが呼吸状態の悪化はなし。自然経過の中で良くなっていった。
〔症例4〕63歳・男性:クルーズ船内で発熱(第1病日)。第2病日、船医を受診、インフルエンザ検査は陰性。第3病日、鼻汁、咽頭痛、湿性咳嗽が出現し、PCR検査を行う。第6病日、陽性と判明。第7病日、当院に入院。胸部レントゲン、胸部CTで浸潤影を認める。肺炎があるのでロピナビル/リトナビルを投与するが、翌日には嘔吐のため服用不可に。第10病日、肺炎の増悪を認めた。第11病日、酸素吸入だけでは管理出来ないので、人工呼吸器管理を開始。この症例ではECMOを3週間使用。その途中から良くなっていった。現在は一般病床に移っている。
この病気は重症の肺炎を引き起こす事があります。それを助けるには、ものすごいエネルギーが必要です。重症の患者さんを助けるには、医療の側が余力を残しておかなければなりません。そういう意味でも、感染を抑え込んでいく事が大事で、社会的介入も必要になります。
■標準薬を早く送り出すことが必要
COVID-19の治療薬として、いくつかの候補薬があります。「カレトラ(ロピナビル/リトナビル)」はHIV感染症の治療薬、「レムデシビル」はエボラ出血熱の薬、日本発の「アビガン」はインフルエンザ薬、「クロロキン」はマラリアの薬、それから薬ではありませんが回復者血漿もあります。日本では吸入ステロイド薬の「シクレソニド」も検討されています。現在のところ、どれが標準薬となるかについては、決定的な治験結果は出ていません。
当院では、レムデシビルの国際共同医師主導治験に参加し、早く試験を始めたいと思っています。この薬が標準薬になるかどうかはともかく、社会に早く標準薬を送り出す事が、まずやるべき事だと考えて頑張っています。
当院の治療・研究開発戦略について説明します。肺炎のない患者さんには、シクレソニドのRCT(無作為化比較試験)を特定臨床研究として計画しています。肺炎のある場合は、治験適格性があればレムデシビルの医師主導治験を行います。適格性なしの場合の治療オプションは検討中です。
感染を抑え込む事も重要です。流行のピークが何度か来ると考えられていますが、ピーク時の患者数が医療体制のキャパシティを超えてしまうと、社会が大変な状態になります。そこで、社会的介入を行い、流行時のピークを下げる事、医療体制の許容範囲内に下げる事になります。医療体制の強化については、我々は普段から100%で頑張っているので、それを120%にするのはなかなか大変です。むしろ、現状の力を削がれないようにする事を考える必要があります。
感染を抑えるために日本で重視しているのがクラスター(感染者集団)対策です。1つのクラスターが発生すると、20人、30人と感染症が出ます。クラスターが発生するごとに、感染者数が階段状に増えていくというのが、新型コロナウイルス感染症の増え方なのです。クラスターを起こさない事が大切だという事は、科学的にも根拠が示されています。日本で診断された患者さんのうち80%は、誰にも感染を起こしていません。残りの20%の人が、クラスターを起こし、多くの人に移してしまうのです。この研究から、クラスターを作らない事が大事であると分かってきたのです。
そこで、厚生労働省は3つの「密」を避ける事を提案しています。外出する時にハイリスクの場所を避けましょうというのが日本の戦略なのです。ところが、当院の近くの新大久保や神楽坂等では、店内にたくさん人がいて、飲んだり、食べたり、大声を出したりしています。行動変容が十分に起きているのか、という問題があります。実際に、そういった場所に日常的に行っている人、例えば店の従業員や、夜な夜な通っている客がかかっているわけです。もう少し強力に何かしないと、東京がニューヨークのようになる事が十分に起こり得ます。これからが勝負かな、と思っています。
【質疑応答】
西村光世・健康医学協会附属東都クリニック院長「現在はクラスターを追跡する対策を行っていますが、感染者数がもっと増えれば、出来なくなると思います。その判断は誰が行うのですか。判断基準となる数等は決まっているのでしょうか」
大曲「誰が決めるのか、私もはっきりとは知りません。ただ、地域レベルで判断する場面が出てくると思います。この地域では、もう濃厚接触者を追わない、クラスター追跡を諦める、と判断する。1つの線が引かれるわけですが、それを数で決めるのは難しいでしょう。人工呼吸器の必要な重症者は集中治療室に入りますが、都内の全ての集中治療室を使っても重症者を収容出来なくなった時かもしれません。そこから先は、何かを切り分ける作業をしなければなりません。そうならないように頑張るしかないか、と思っています」
西村「治験が進められているそうですが、薬の承認は適応拡大でも時間がかかります。現在、どのように治験が進められているのですか」
大曲「承認されるには製薬企業の意志が必要ですが、医師主導治験が行われているレムデシビルに関して、製薬企業の意志は分かりません。他の既存薬に関しても同様です。ただ、早く承認される事が極めて重要ですし、それは政府も製薬企業も同じだと思うので、承認までの期間を短くする努力は払われると思います。普段よりは早く進むのではないでしょうか」
藤田次郎・琉球大学大学院医学研究科教授「沖縄県はクルーズ船が入った事で3人感染しましたが、それは2月20日時点で抑え込みました。私が3月1日に那覇空港に行った時はガラガラでしたが、今日(3月25日)の那覇空港は若い人達でいっぱいです。卒業旅行などでたくさんの人が来ています。沖縄県への渡航を自粛してもらわないと、地域の努力では限界があると感じています」
大曲「私は専門家会議の正式メンバーではなく、呼ばれて参加している立場ですが、専門家会議の先生達が、今のお話にあったような状況に関して、問題であると指摘していました。特に海外から帰ってきた人が、14日間の健康観察をするような仕組みを作ってはどうか、という事で提案されています。おそらく施策に反映されるでしょう。1日も早くやる必要があると思います」
瀬戸皖一・脳神経疾患研究所附属総合南東北病院口腔がん治療センター長「歯科医療の現場はあまり注目されていませんが、実はエアゾル感染の危険があります。密閉、密集の条件がそろい、患者さんの口の50cm以内に近づいて治療しますから、まさに密接です。歯を削る際にエアゾルが飛散し、空気感染に移行する可能性があります。非常にリスクの高い現場だと思います。受付で体温測定と問診を行う事や、エアゾル対策としてマスクとゴーグルの着用、頻回の換気等を提言したいと考えています」
大曲「先生の考えに100%賛成です。そうやってスクリーニングをしていただく事は重要です。歯科医院ではエアゾルが散るので、目に入らないようにゴーグルを使っている先生もいます。そういった自己防衛はとても重要だと思います」
冨岡勉・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員、医師)「重症例の紹介がありましたが、人工呼吸器からECMOに替えたのは、換気が悪くなったので、自分の肺を使わなくて済むECMOにしたわけですよね。その時、気管支鏡で浸出液を引くのが有効かと思うのですが、いかがでしょうか。現在、そういった機器に関する予算付けをしています。見解をお聞かせください」
大曲「気管支鏡は2次感染のリスクが高いといった意見もあります。確かにそうだとは思いますが、あの症例では、挿管した初日と2日目に、集中治療医が気管支鏡をやっています。非常に粘性の高い分泌物が多く、気管内に充満して無気肺になっていました。そのままにしておけないという事で、気管支鏡で分泌物を吸い出したのですが、それによって肺が広がりました。経過を良くするのにかなり貢献したと我々は思っています」
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