日本の医療の未来を考える会

第46回 新型コロナウイルス感染症 日本の対策への評価と今後の課題(尾身茂 先生)

第46回 新型コロナウイルス感染症 日本の対策への評価と今後の課題(尾身茂 先生)
第2波が収束しないまま、第3波の兆しさえ見え始めている新型コロナウイルス感染症。欧米では感染拡大が止まらず悲惨な状況が続いているが、日本でも冬を前にして、今後どうなるのかと人々の不安は高まりつつあるようだ。10月28日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、国の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長として日本のコロナ対策を率いてきた尾身茂氏を講師に迎え、これまでの日本のコロナ対策について、更にはこの冬を乗り切るための課題について語っていただいた。切実で身近な問題だけに、講演後の質疑応答も含め、充実した勉強会となった。

原田義昭原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「日本ではこの感染症に対して、医療界、政治、行政、国民の皆さんによる総力戦で挑んできました。今後、ウィズコロナ、アフターコロナの日本はどうあるべきかについて、しっかり考えておかなければならないと思っているところです」

大隈和英・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員、医師)「厚生労働大臣政務官を拝命しました。微力ですが、しっかり役目を果たしてまいります。日本のコロナ対策は先進国の中でも優秀な成績が得られています。本日は最新の情報を共有し、更なる対策に役立てていきたいと考えております」 

CODIV-19これまで、
そしてこれから

■疫学情報

 現在(10月28日)、感染者数を上昇させる要素と下降させる要素が拮抗していますが、やや上に行く要素が上回っている可能性があります。上昇させる要素は、社会・経済活動が活発になってきている事です。人と人との接触が増えれば、感染を増やす事に繋がります。下げる要素は2つあります。1つは、マスクをする、3密を避けるといった人々の行動。もう1つは、保健所、医療機関、自治体等によるクラスター対策です。現在、アメリカやヨーロッパ諸国では感染が拡大していますが、上昇させる要素はあるものの、下降させる要素があまりありません。そのためあのような事になっています。

 日本では、緊急事態宣言を出した頃に比べ、感染者数は増えていますが、死亡者数は少なく、致死率は下がっています。人口10万人当たりの新型コロナウイルス感染症による死亡数は0.36人で、韓国の0.35人と同程度に低いのです。アメリカが15.21人、フランスが6.20人、ドイツが0.85人です。日本のコロナ対策は、活動制限の緩い事が世界でも知られていますが、活動制限の強い国と比べても死亡者数の少なさが際立っています。

■これまでの評価

 台湾や韓国は、日本よりも良い結果を出しています。この差が付いたのは、日本のコロナ対策がハンディキャップを背負って始まった戦いだったためです。何がハンディキャップになったのかといえば、台湾等が2009年の新型インフルエンザの経験を活かしたのに対し、日本はそれを活かせなかった事にあります。リスクコミュニケーションの在り方、国と地方自治体の在り方、検査の在り方等、今回課題となった事のほとんどは、新型インフルエンザの時に議論し、どうすべきかを決めてあったのです。ところが、政権交代があり、大震災があって、準備すべき事が準備出来ていませんでした。そういう中にクルーズ船がやってきて、厚生労働省はその対応に追われました。そうしたハンディキャップがありながら、それでもここまでしのいでこられたのは、医療関係者、保健所スタッフ、それから一般市民の協力があったためです。これはほぼ間違いありません。

 これまでの対策の中から、「クラスター対策」「検査体制」「国民の行動変容」について考えてみます。

 新型コロナウイルスは普通のウイルスとは異なる感染の仕方をします。例えば5人が感染すると、他の人に感染させるにはその中の1人で、後の4人は誰にも感染させません。1人がクラスターとなる場所で感染させる事により、感染が広がっていきます。この特徴は、日本では早い時期から知られていました。その後、症例数が増えてから調べても、やはり感染者の約80%は、誰にも感染させない事が確認されています。それに基づき、日本ではクラスター対策を重視してきました。
尾身茂

 感染者が見つかった場合、ほとんどの国では、その人の濃厚接触者となる家族や知人を前向きにフォローしていきます。症状が出るかどうかを見ていくのです。しかし、感染させるのは5人に1人ですから、ほとんどが無駄撃ちになり、なかなか感染者は見つかりません。

 これに対し、日本では後ろ向き検査を行ってきました。感染者が出たら、その人の過去の行動を調べます。そして、カラオケやスポーツジム等、複数の感染者に共通する場所があったら、そこを感染源として、そこから2次感染が起きないようにするのです。この後ろ向き接触調査を行っていく中から、「3密」の概念が出てきました。クラスターが起きた場所に共通していたのが3密だったのです。このあたりが、世界のコロナ対策と異なる日本のコロナ対策の特徴です。

 検査については、2〜4月頃は、日本のPCR検査は絶対的に少なく、感染者数を含めて実体が分からない状況でした。検査数の少なさが国内でも問題視され、世界でも問題視されていました。私達も当初から検査のキャパシティを増やした方がいいと考えていました。

 2〜4月頃は大きな問題があった日本の検査数ですが、その後を含めた現在まで全体では、多くの国々と比較して突出しているような事はありません。感染者数が多い国は検査数も多くなりますが、感染者数と検査数の比で見ると、日本の検査数が例外ではない事が分かります。検査数と死者数の関係で見ると、日本における死者1人当たりの検査数は非常に多く、欧米の国々よりはるかに多くなっています。

 検査については、検査対象者を3つのカテゴリーに分けています。①は有症状者。当然、早く検査をした方がいい人達です。②は無症状者ですが、これを2つに分けます。②aは、感染リスク及び検査前確率が高い人。例えば接待を伴う飲食店の従業員や客、あるいは感染者が出た病院の職員や患者といった人達です。この人達も陽性となる確率が高いと言えます。②bは、感染リスク及び検査前確率が低い人達です。

 ①と②aは、検査が必要なのがよく分かります。①はもちろん、②aに行う検査も、感染拡大防止に間違いなく役立ちます。②bの検査は、社会・経済活動を行うための安心という点では意味がありますが、感染拡大防止に役立つかという事をしっかり議論しました。

 例えば外国に行く時には、外国が日本でのPCR検査を求めているので、しないと入国出来ません。これも②bの検査ですが、やった方がいいと思います。サッカーや野球、興業を行う場合にも、安心のためにやればよいと思います。ただし、感染拡大防止にはほとんど役立たないという事が、理論上は分かっています。安心のために、限定的に決めて行うのであればいいと思います。

 日本のコロナ対策は最近になって評価が高まっています。ドイツの著名な感染症学者が「日本の対策は最初は分かりにくかったが、他のアジア諸国と比べても厳格なロックダウンなしに感染を抑え込んでいる。欧米諸国も日本に学ぶ事があるのではないか」という事を言っています。

■今冬をいかに乗り越えるか

 冬を乗り切るためにまず必要なのが、医療・検査の充実です。現在、治療薬やワクチンの研究開発が一生懸命進められています。重症化マーカーも次第に明らかになってきています。早い段階で重症化しやすい人が分かれば、早く対処出来ます。

 一般市民の感染防止の工夫も必要です。行動変容の決定要因を調べた研究によれば、メディアを通じて感染者が増えている事が報じられると、日本人の多くは自ら行動変容を起こし始める事が分かっています。政府や自治体によるオフィシャルな要請も大事ですが、国民自らが判断して行動する事が出来るのです。国民に正しい情報を共有してもらう事が極めて重要なのです。

 どのような場面で3密が起きたかを細かく分析する事で、感染リスクが高まる「5つの場面」が分かってきました。〈場面1〉飲酒を伴う懇親会等。〈場面2〉大人数や長時間に及ぶ飲食。〈場面3〉マスクなしでの会話。〈場面4〉狭い空間での共同生活。〈場面5〉居場所の切り替わり。

 場面5は最近になって分かってきました。例えば、オフィスで仕事をしている時は、感染が起こる危険性は高くありません。しかし、休憩時間、喫煙所、就業後の更衣室等、ふと気が緩んだ時が重要だという事が分かってきたのです。気を付けてほしいのは、この5つの場面だという事を知ってもらうのが大切です。一方、町を歩いていたり、電車に乗っていたりする時の感染例は、ほとんど報告されていません。

 5つの場面から、飲酒が問題だという事が分かります。感染リスクを下げながら会食を楽しむ工夫として、①少人数・短時間で、②なるべく普段一緒にいる人と、③深酒・はしご酒等は控え適度な酒量で、という3つを提言しています。

 この冬を乗り越えるためにもう1つ重要なのが、クラスターの早期対策です。ポイントとなるのが、PCR検査陽性と人に感染させる感染性とは同義ではないという事です。ウイルス量が多く最も人に感染させやすいのは、発症日前の2日間と、発症日後の2日間です。発症10日目くらいまでは、ウイルス量が減っていきながらも感染性があります。発症から10日目を過ぎると、ほとんど感染は起こらなくなりますが、20日目くらいまではPCR検査をすれば陽性になります。PCR検査陽性の期間のうち、感染性がある期間は半分程度なのです。感染予防のためには、濃厚接触者をなるべく早く検査し、陽性なら隔離する事が重要です。これからの戦いのキーワードはタイミングです。

 この感染症はクラスターでないものは、感染してもだいたい自己消滅します。感染拡大を起こす時には、クラスターを介して広がるのです。そして、クラスターをうまく閉じられた例と、必ずしもうまくいかなかった例があります。クラスター対策がうまくいかない理由は①濃厚接触者が同定出来ない(歓楽街等)②未経験なので対応が遅れる(病院・高齢者施設等)、③クラスターを感知するのが難しい(若者・外国人)という3つが考えられます。

 クラスター対策を更に向上させるために、どのような対策が必要かも考えられています。歓楽街問題に関しては、個人の名前を聞かれずに気楽に検査を受けられるようなシステムが必要です。これは国にかなり強く言っています。

 無症状の感染者を見つけられないのが問題なので、症状が出る前の予兆を知りたいところです。私見ですが、何か普段と違うという事を共有していくイベントベースサーベイランスが必要です。空振りでもいいから、何かおかしい事があったら早めに対応する、という事をしていかない限り、予兆はなかなか見つからないと思います。

 紙媒体を見ない若い人や、情報が届いていなかった外国人に、情報を素早くコンスタントに提供していく事も大切です。更に、保健所や医療機関の支援体制を強化します。こういった事を行って、今冬を乗り越えようとしているところです。 

【質疑応答】

尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「尾身先生はWHO(世界保健機関)にいらした事がありますが、WHOは日本の対策をどう評価していますか」

尾身茂尾身「当初、日本に対して、検査をきちんとやってくださいという事は言っていました。ただ、日本の対策について、一定の評価をしている事は間違いありません。日本の対策には問題もあったけれど、他の国にとって参考になる部分はある、という発言はしています」

荏原太・すこやか高田中央病院院長「これからやって来るかもしれない感染症に対し、どのような最悪のシナリオを書いているのでしょうか」

尾身「今回の感染症に対して、日本の行政は日々のやるべき仕事については本当に一生懸命よくやったと思います。身近で見ていても、朝から晩まで、土日もなく仕事をしていました。そこは評価すべきだと思います。ただ、非常時におけるガバナンスをどうするかが、国として決まっていませんでした。感染症対策には2つのフェーズがあります。1つは準備段階の対策で、ここで最悪の事態を想定しておく必要があります。指揮命令系統をどうするか等、課題はいくらでも出てきます。また、責任の所在を明らかにしておく必要もあります。日本はこの部分が弱かったのです。危機におけるメリハリの利いたガバナンスがなかった。また、リスクコミュニケーションという文化がなかったために、国民に伝わりにくかったのです。平時と緊急時を分けて、役割分担、責任の在り方、コミュニケーションの在り方等を、あらかじめ決めておく事が重要だと思います」

関川浩司・石心会第二川崎幸クリニック院長「この冬はインフルエンザの検査も同時にやらなければならないと思っています。どういう検査を組み合わせればいいのでしょうか。PCR検査でなく抗原検査でいいのですか」

尾身「一般の医療機関でもやってもらう事になりましたので、両方が疑われる場合には、インフルエンザの検査を行い、それから新型コロナウイルスの抗原検査を行う事になります。同時でも構いません。抗原検査は疑陽性の人が出ていますが、その点については、技術的な修正が必要だと思っています。PCR検査と抗原検査の感度は、発症日から10日くらいはほぼ変わりません」

瀬戸皖一・脳神経疾患研究所附属総合南東北病院口腔がん治療センター長「口腔内が最大の感染現場であるとされていますが、歯科医療機関で歯科医師が何かおかしいと感じても、検査を受けさせるのは難しいのが現状です。幸いこれまで口腔関連でクラスターの発生はないようですが、これからのウィズコロナ時代に向けて、検査に関してどのような対策が考えられますか」

尾身「歯科医院における感染例はほとんどありません。恐らく歯科の先生達の間に感染リスクが高いという認識があり、十分注意されている結果だと思います。症状のない人の検査は、患者さん全員にやるのか、周囲に感染が広がっている地域だけやるのか等、具体的な事を判断しなければなりません。分科会でも、その議論に入っているところです」

船津到・三医会鶴川記念病院病院長「ワクチンの効果と安全性は、現在の段階でどのようになっているのでしょうか」

尾身「治療薬はいくつか出てきていますが、ワクチンについてはどうなるか分かりません。早い時期に出てくるワクチンは、今まで一度も実用化した事がない方法で作られたワクチンです。副作用が分かりませんし、本当に感染を防御出来るのか、それとも重症化を防げるだけなのか、未知数の状態です。各メーカー、各研究所が命運を賭けて取り組んでいるわけで、インセンティブは十分にあります。私自身は、せめて1つのワクチンが、重症化予防の効果くらい発揮してくれれば、と期待しています。副作用も発熱や軽い発疹等、普通の人が許容出来る程度ならいいのですが」

牧山康志・朔望会リハビリテーションエーデルワイス病院病院長「新型インフルエンザ時の教訓を活かせなかったとのお話ですが、また次があるという事から、政策的な事を行う常設の機関を設置すべきという意見があります。この機会に実現に向けて踏み出せるのでしょうか」

尾身「アメリカのCDC(米国疾病予防管理センター)みたいなものを作ればいいという話があります。私の経験からすると、日本に最もふさわしいのは、CDCとはかなり異なる組織だと思います。常時何人かの専門家がいて、この人達が中心となって普段から専門家のネットワークを作っておきます。コアとなる専門家メンバーは政治家、官僚、民間人とチームを作り、いざという時にはすぐにネットワークを通じて専門家を集め、対策に当たるのです。そういった形がよいのではないかと考えています。国の考えも、私の考えとそんなに違っていないと思います」

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