日本の医療の未来を考える会

第51回 国内の新型コロナウイルス感染症の 流行状況とサーベイランス(鈴木 基氏)

第51回 国内の新型コロナウイルス感染症の 流行状況とサーベイランス(鈴木 基氏)

新型コロナウイルスの変異株が大きな問題になっている。日本では、昨年12月に最初の英国株が確認され、2月後半〜3月にかけて国内で急増、5月には90%以上が英国株となり、現在では全て英国株に置き換わっている。感染力が強く、重症化リスクも高い変異株が広がれば、当然、感染対策や医療もそれに合わせていく必要がある。国はどのようにして変異株の感染状況を把握し、対策を講じてきたのだろうか。5月27日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、国立感染症研究所感染症疫学センターの鈴木基センター長を講師に迎え、感染症疫学や新型コロナウイルスの変異株、日本の感染症に関するサーベイランス(監視・調査)について解説して頂いた。


原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「世界中の人々が新型コロナの変異株への対応で苦労しています。しかし、いつまでも負けているわけにはいかず、何としてもこれを克服しなければなりません。コロナ禍が明けた時には、世の中がもっと明るく、力強くなっているだろうと思います」

三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師)「内閣府で医薬品開発協議会を立ち上げ、国産ワクチン等について協議しています。日本のワクチン開発は遅れをとってしまいました。技術があったにもかかわらず、開発のための環境整備が不足していたのではないかと思います」

新しい感染症を前に
暫定的なエビデンスを更新するという事

■英国株の感染力の強さを日本でも確認

 集団の中で感染症がどのように広がっていくのか、そのメカニズムを明らかにする。また、その感染症の流行をどうしたら制御出来るか戦略を考える。こうした学問領域を感染症疫学と言います。厚生労働省では毎週アドバイザリーボードが開かれていますが、感染症研究所感染症疫学センターはそこに様々な資料を提供しています。

 現在、新型コロナウイルスの変異株が世界中で問題になっています。昨年12月にイギリスで最初に報告された新規変異ウイルスがあり、一般には「英国株」と呼ばれています。本日はこの呼び方で話をいたします。2番目に報告されたのが「南アフリカ株」、3番目が「ブラジル株」です。これらが2〜3月にかけて出てきました。それ以外に「フィリピン株」や「インド株」等があります。

 日本国内で最も問題になっているのは英国株です。これについては、イギリスのデータが既に論文として公表されています。それによると、感染力はそれまでイギリスで流行していたウイルスに比べ、1.4〜1.9倍強いと報告されています。重症化と死亡のリスクについては、死亡リスクが55%高いとされています。

 イギリスに少し遅れて、日本でも英国株の流行が始まりました。昨年12月後半に日本で最初の英国株が確認され、今年1月半ば〜2月後半にかけて徐々に増えていき、2月後半〜3月で急に増加してきました。英国株の感染力については、日本でも迅速評価を行っています。それによると、英国株は日本で従来流行していたウイルスに比べ、感染力が約1.3倍高そうだという事が分かりました。これは4月5日に公表しています。日本で英国株が増え始めた段階で、感染力が強くなっているのかどうか、迅速評価を行う必要が生じていたのです。

 流行の早期に、英国株は子どもに感染しやすいのではないかとイギリスで言われており、国内でもそういった報道がありました。実際どうなのか評価を求められたので、やはり4月5日時点で評価しています。年代ごとの人口10万人当たりの感染者数は、従来流行していたウイルスでは20代にピークがあり、子どもは明らかに感染リスクが低く、高齢者よりも低くなっています。英国株も20代にピークがあるのは同じです。他の年代は多少の上下はありますが、あまり差はありません。

 注目すべきは10歳未満で、20代に比べれば明らかに低いのですが、他の年代とはあまり差がありません。結論を出す事は出来ませんでしたが、従来流行していたウイルスとは、世代ごとの感染リスクが少し違っているのかもしれない、と発表しました。その後もずっとモニタリングを続けていますが、最近は子どもの感染リスクが少し下り、従来のウイルスとあまり変わらない傾向になっています。

■英国株でも発症後10日で退院出来る

 新型コロナウイルス感染症の患者全体に占める英国株の割合は、どんどん増えていき、5月初めの時点で90%以上が英国株に置き換わった状況でした。関西地方で先に置き換わりが進み、関東でも一歩遅れて置き換わりが進んで、現在は全国どこでも全て英国株に置き換わっています。

 英国株はなぜ感染力が強いのか、隔離期間を長くする必要があるのか、といった事を明らかにする必要がありました。そこで、感染研、厚労省、検疫が協力して、積極的疫学調査の枠組みの中で、検疫で陽性になった人のサンプルを提供していただき、従来のウイルスと英国株で、診断時点と診断7日後のウイルス量を比較しました。その結果、診断時点のウイルス量は英国株の方が多い傾向にある事が分かりました。7日後になると、英国株の方が少し多めですが、差は大分縮まります。10日後まで調べると、差はほとんどなくなっていました。ウイルスの培養も行いましたが、7日以上経過した患者さんのサンプルからは、生きたウイルスは特定されませんでした。

 診断時点でのウイルス量の多さが、感染力を高めている可能性があります。隔離期間については、少なくとも10日たてば従来型と変わらないウイルス量になっており、この時点では生きたウイルスが特定される事はないと分かりました。厚労省は当初、英国株が陽性となったら入院させ、PCR検査で2回陰性になってから退院としていました。そのため入院期間が長くなり、それが患者さんにとっても医療機関にとっても負担になっていました。厚労省は新たに得られたデータに基づき、PCR検査が陰性化しなくても10日以上経過すれば退院出来ると、通知を出しています。

 イギリスの大規模な研究では、英国株は従来のウイルスに比べ重症化や死亡のリスクが高いという結果を出しています。日本ではどうなのかを評価する必要がありましたが、日本ではイギリスで行ったような質のいい大規模なデータを集める事は出来ません。感染症発症動向調査という国のサーベイランスがありますが、そのデータを使って何か傾向が見られないかを調べました。それにより、日本国内においても、それまで流行していたウイルスに比べ、英国株の方が重症の割合が1.4倍高いようだ、という結果が出ています。

■日本でもワクチンの効果が現れている

 世界中でワクチンの接種が進められています。日本で使われているファイザー社のワクチンは、95%の有効性が証明されていますが、これは理想的な環境で行われた研究で示されたデータです。不確定な要素が加わるリアルワールドでの効果を評価する必要がありますが、それについては、接種が進んでいるイスラエルが非常に良質のデータを集めていました。有効性は臨床試験の結果とほぼ同じで、92%の有効性が確認されています。

 日本での有効性を求められましたので、迅速評価を行いました。2月17日〜4月11日に医療従事者110万人に対して、少なくとも1回の接種が行われています。その人達を4月30日までフォローアップし、その間に何人が感染したのかをサーベイランスデータを使って調べたところ、281人が感染していました。このデータに基づいてグラフを作成すると、接種後10〜12日までは感染者数が増えますが、その後は横ばいになってきます。どのくらい感染リスクが低下しているのかを数値化すると、ワクチン1回目を接種して2週間以上経過するとリスクは0.4倍、4週間以上経過すると0.14倍になります。つまり、1回目を接種して2週間以上経過すればワクチンの有効性は60%程度、4週間以上経過すれば85%くらいと言えます。この数値は、臨床試験やイスラエルのリアルワールドのデータと概ね同等でした。

 我々は感染症疫学者として、感染症対策に活用出来るエビデンス、判断根拠となるデータや知見を提供する役割を求められています。そうした中で常々感じているのが、海外のトップジャーナルに掲載されて証明されている事を、なぜわざわざ日本で確認するのか、という事です。ただ、それに全く意義がないわけではないと考えています。研究には再現性が必要です。トップジャーナルに掲載されている事でも、日本の状況で同じ事が認められるのかどうか、確認しておく必要はあります。また、公衆衛生の観点からも、アメリカでもイスラエルでも効いているとしても、日本で本当に効くのかを確認しておく必要性はあると考えています。

 研究者としては、世界に先んじてトップジャーナルに掲載されるような論文を出していきたいというのが本音です。しかし、現状ではそれは非常に難しいでしょう。日本のワクチン開発がなかなか進まない事にも関係していますが、日本の制度、アカデミアのキャパシティーといった観点からも、海外に先んじてエビデンスを出していくのが難しい状況にあります。

■新型コロナの患者第1号を早い段階で探知

 日本の感染症サーベイランスは、感染症法に基づく「感染症発生動向調査(NESID)」の枠組みで行われてきました。110種類ほどの感染症がリストアップされていて、その感染症を診断した医師は、感染症発生届に手書きで記載し、管轄の保健所にファックスで送ります。それを受け取った保健所は、データをNESIDのコンピュータシステムの端末に入力します。入力したデータを都道府県単位で確認し、それを厚労省あるいは感染症疫学センターで確認します。こうして集めたデータは「週報」という形で国民に還元する事になっています。このようにして、感染症を長年にわたってサーベイしてきたのですが、新型コロナウイルス感染症が登場してくるまでは、それでずっとうまくいっていました。

 NESIDはリストアップされた感染症について届け出る事になっていますが、それだけでは未知の感染症を探知する事が出来ません。そこで、東京オリンピックを翌年に控えた2019年に、原因不明の感染症を診断名が付かないまま届け出る「疑似症サーベイランス」を立ち上げました。

 この制度がうまく機能する事で、新型コロナウイルス感染症の国内第1号患者が、昨年1月15日という早い段階で探知される事になったのです。日本の感染症対策はマイナス面ばかりが報道されますが、疑似症サーベイランスがうまく準備出来ていた点については、しっかり評価しておく必要があると思っています。

 ファックスを使うNESIDに代わり、HER-SYSという新しいシステムを作ろうという事で、新型コロナウイルス専用のサーベイランス体制が構築されました。このシステムの最大の売りは、診断した医師がインターネットで直接入力出来る点です。しかし、急ごしらえのシステムで、それまでサーベイランスを担当していた者がタッチしていなかった事もあり、入力項目が多過ぎる等、いろいろ問題点を抱えていました。その後、私達も関わるようになり、入力項目を減らす等の改善を行ってきました。そうした事もあり、昨年11月頃からはHER-SYSのデータの信頼度が上がってきています。変異株に関する疫学データの分析も、全てHER-SYSのデータに基づいて行ったものです。


尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「ワクチン接種が進んでいますが、変異株に対してもワクチンは有効なのですか」

鈴木「新規変異ウイルスにもいくつかの種類があり、ワクチンにも何種類かがありますが、どれに対しても同じというわけではありません。この問題に関しては、イギリスの研究者がワクチンの種類別、ウイルスの種類別に評価を行っています。それによれば、日本で接種されているファイザー社とモデルナ社のワクチンは、英国株にもインド株にも有効である事が分かっています。アストラゼネカ社のワクチンは、効果の点でファイザー社やモデルナ社のワクチンより劣る事が分かっています。また、南アフリカ株に対する効果については、疑問があると言われています」

本間之夫・日本赤十字社医療センター院長「良質のデータを得るためにはデジタル化だけでは駄目で、人材と制度が重要だとおっしゃっていました。制度についてはどうすればよいとお考えですか」

鈴木「1つだけ挙げるとすれば、自治体と自治体の間に壁がありますし、自治体と国の間にも壁がありますが、コロナに関してはこの1年で随分改善してきていると思います。しかし、それ以外の部分については、まだまだ壁があります。国と自治体の間の壁を解消していかないと、効率よく情報を集めるのは難しいと思います」

本間「一般的な臨床研究でも、日本はプライバシーの問題があったりして、データを取りにくい事があります。私もある疾患でレジストリーのデータを扱っていますが、そこで一番問題になるのは、入力する人の手間に対する報酬が少ないという事です。何がしかは払っていますが、少ないのです。そうするとやる気が失われ、10の情報を入れなければならないのに、5しか入れないという事が起きます。こうして情報として使えないという事態が起きているのではないかと思います」

鈴木「我々が行っているのは感染症サーベイランスなので、感染症法の下に患者さんの同意なしで情報を集めるという事を行っています。医療現場で患者さんの同意を得て情報を集めるレジストリーとは少し性質が違います。医師が診断したものを受け取った保健師が、現場でデータを入力するわけです。保健師も本来の業務がある中で、時間を作って入力しなければなりませんが、保健所の現場はカツカツの状態です。日々どんどん患者数が増え、国からは情報を入力するように言われ、どう考えても効率的ではありません。病院に医療事務専門の人がいるように、データ入力を専門に行う人を保健所や自治体の現場に配置すべきではないかと思います。ただ、それが本当に現場のニーズに合っているのかに関しては、きちんと評価していく必要があると考えています」

土屋了介・ときわ会グループ顧問「入力の問題に関してですが、病院で使われているいろいろな機器は、各病院のコンピュータに繋がっていて、自動的にデータが入るようになっています。国も情報を集めるのであれば、そして情報を集めるのに患者の許可がいらないのなら、そうした方法を考えた方がよいのではないでしょうか。PCR検査の結果が出た時点で、電子化された情報なのですから、いちいち手仕事で入力するのではなく、その情報が自動的に送られるようにしておけばいいのではないかと思います」

竹原祥子・東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学講座助教「アメリカ等では、ワクチンの接種率がかなり上がって、市民がマスクなしで交流している姿が報道されています。今後、変異株に置き換わった日本でワクチン接種率が上がってきた時、アメリカと同じように制限を解除してよいのでしょうか」

鈴木「接種率がどこまで上がればマスクを外していいのか、まさに議論になっているところです。接種率90%になったらマスクを外していいのかという事について、十分な根拠があるわけではありません。私は研究者なので、どうしても慎重な方向で考えてしまいます。特に変異株が出てきていて、英国株やインド株にはワクチンが効くようですが、ワクチンの接種率が上がる事で、ワクチンが効かない変異株が出てくる可能性も、十分に考えておかなければならないでしょう。ワクチンは変異株にも効くし、接種率も上がったからマスクを外してもいい、と単純に考える事は出来ません。感染対策のガードを下げてよいかどうかについては、慎重に判断すべきです」

舩津到・鶴川記念病院院長「変異株というのは感染者数が多いほど出てくる可能性が高いと思うのですが、アメリカ株は出ていません。感染者数は変異株と関係があるのですか」

鈴木「そこも研究者の間では議論になっているところです。昨年11〜12月に英国株が出てくるまでは、新型コロナウイルスに変異が起きている事は分かっていましたが、ウイルスの特性が変わった事は確認されていませんでした。12月にイギリスからの報告があった後、次々と南アフリカやブラジルで確認され、アメリカではカリフォルニア型と呼ばれる変異株が出ています。今年に入ってから、なぜ感染力や重症化リスクの変化した変異株がこんなに出てきているのか、よく分かっていないのです。感染者数が増えれば、それだけ変異する可能性が上がるので、特に流行が拡大している状況で変異株が出てきやすい事は間違いありません。ただ、遺伝子が変異しても、皆特性が変わるわけではないので、なぜ最近になって特性の変化した変異株が増えているのか、実際のところは分からないというのが現状です」

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