日本の医療の未来を考える会

第54回 世界初の胃癌・食道癌鑑別AI・AI医療機器の可能性と課題(多田智裕 先生)

第54回 世界初の胃癌・食道癌鑑別AI・AI医療機器の可能性と課題(多田智裕 先生)

21世紀は人工知能(AI)を使った「第4次産業革命」が始まったとも言われ、医療の分野でもこの数年で多くの研究開発がなされるようになった。2021年からはAI医療機器を社会実装する時代に入り、より質の高い医療が期待されるだけでなく、市場規模11兆円の成長産業として国も支援に乗り出している。11月24日に衆議院第1議員会館で開かれた勉強会では、武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科理事長・株式会社AIメディカルサービス代表取締役CEO多田智裕医師に、「胃癌鑑別AI」の仕組みやAI医療機器時代に突入する上での課題についてお話し頂いた。多田氏は、内視鏡を使った胃癌鑑別AIの開発に成功し、近く世界で初めて承認される見込みだ。患者死亡率の軽減に寄与するだけでなく、画像の見落しの悲劇をも救う等、AI医療機器の将来性を示し、国内外で注目を集めている。

三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員、医師)今後、新型コロナウイルスの感染第6波が来ると言われていますが、日本は現状では低く抑える事が出来ています。第6波に備えて、国産ワクチンの開発等が年内にも承認される見込みなので、迅速にお届けして国民の安心を図ります。

尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)AIの導入によって医療の質が格段に上がる事は間違い無いのですが、世界に比べて日本はまだまだ医療分野への進出が遅れているようです。患者満足度の高い医療を提供するにはAIが欠かせません。今後の研究の発展に期待しています。

AI医療機器の可能性と課題

AI医療機器でより多くの患者の命を救う

 私は25年間内視鏡医をしており、内視鏡指導医でもあります。専門医でも困難な病変の鑑別をAIがサポートする研究開発を2018年に始め、胃癌と食道癌の検出AIの開発に世界で初めて成功しました。21年8月、胃癌鑑別AIにおいて承認申請を終了しました。世界初なので承認申請は手探りで4年近く掛りましたが、世界初の製品として22年春に上市し、同年後半にはシンガポール、東アジア全域、アメリカ、ヨーロッパに展開する予定です。

 約70年前、日本で初めて開発された内視鏡は、全世界で使われるようになり、その間日本が世界をリードして来ました。現在、消化器内視鏡はオリンパス株式会社、富士フイルム株式会社、ペンタックス株式会社の3社で世界シェアの98%を占めています。30年程前は、胃カメラの太い管を口から入れる時代でしたが、今は喉に当たらず吸い込むだけで楽に安全に検査出来、しかも高画質です。大腸検査も、昔はお腹に約2mの管を入れていたので激痛がある上、管で腸に傷が付き、命に関わる事故もしばしば起きていましたが、今は内視鏡が腸の壁に当たると自動的に曲がる機器をオリンパスや富士フイルムが開発しました。他にも無送気軸保持短縮法等の技術開発により、大腸の内視鏡検査も安全に出来ます。

 最後に残された課題が、検査の質をどう高めるかです。胃癌は、周りが炎症に囲まれていて 突起も無く、判別がとても難しい癌です。早期胃癌の見逃しは2割、人によっては4割と言います。胃癌・食道癌はどんなに最新の治療をしても5年生存率30〜50%であるため、胃癌・食道癌の早期発見は、患者の命を救う事に直結すると考えて、胃癌・食道癌に特化してAIを開発しました。

 AIの画像認識能力は、人間の脳の構造をAI内に再現した「ディープラーニング(深層学習)」が12年に登場した事でぐんぐん上がりました。それ以前、AIの画像認識能力は約25%間違いが有りましたが、15年には数%になり、人間を超えたと言えます。私はAIによる画像診断技術を使えば内視鏡医療の発展に貢献出来ると考え、17年に「AIメディカルサービス」を創業、研究を始めました。当時はAI医療機器について前例が有りませんでしたが、現在は多くの研究開発、論文発表が有り、21年からはAI医療機器の医療現場への社会実装が始まるフェーズになりました。実際に使った事がある医療従事者は1〜2割ですが、今後は市場規模約11兆円の産業になり、医療をより良く変えて行くでしょう。

■歴史に残る論文を多数報告

 世界最高峰の医学雑誌『Gut』によると、胃癌検出AIと食道癌検出AIに関する論文の半分、40本以上を私達のグループが出していますので、いくつか紹介します。

 先ず、18年に出した世界初の胃癌検出AI開発に関する論文で世界的に有名になりました。分かりにくい早期胃癌をAIが92%、6mm以上の癌に限ると98%の感度で検出します。食道癌の鑑別AIは、98%の感度で検出します。その後、AIは画像1枚当たり0.02秒と診断のスピードがものすごく速いという特性を生かし、静止画ではなく動画でもAIが使用出来る事を世界で初めて報告しました。

 医者が内視鏡検査する時にAIが動画上で一緒に癌を探してくれます。正診率は94%で、10年以上のトレーニングを積んだ専門医でも難しい胃癌を瞬時に見つけます。胃癌鑑別AIの検出感度は、有位差を持って専門医を上回る事も証明しました。

 AIが何を基準に判断しているのか見えないという指摘がよく有りますが、ヒートマップにしてある程度可視化することが出来たという論文も発表しました。内視鏡医と同じく、表面の粘膜の変化に注目して癌と診断している事を報告しています。東京大学の永尾清香先生と一緒に行った研究では、AIが「胃癌深達度」を鑑別する事を証明しました。胃癌は、粘膜筋層まで深く進行しているSM2以深だと胃切除の手術をしないと完治出来ませんが、粘膜の浅い所にあるM-SM1で見つければ内視鏡で病変を切り取るだけで治ります。この論文により、AIが治療方針の診断を支援出来る可能性を示しました。

 更に、AIは小さな窪み等に反応して、癌だと誤認定してしまう率が人間より高いとよく言われますが、内視鏡医とAIが一緒に動画を見て検査すれば、特異度は落ちません。将来的には、内視鏡の手術をする時に、どの範囲まで癌を切り取ればいいかといった範囲診断もAIで可能になると考えています。

 内視鏡発祥の地である日本はレベルがとても高く、質・量共に世界最高水準のデータが国内にあった事が、歴史に残る論文を多く出せた理由として大きいです。

■内視鏡AIを世界へ

 私たちの開発品は、汎用コンピューターで利用出来ます。専門のハードウェアを作る必要が無いので低コストな上、ベンダーフリーなので内視鏡メーカーに関わりなく使えます。内視鏡検査中、胃癌の鑑別が難しい時にボタンを押してAIを呼び出すと、癌の場所を癌疑いの確信度と共に表示します。がん研有明病院と東京大学医学部附属病院のデータを中心に作っているので、日本のトップレベル専門医とほぼ同等の能力を持ったAIが一緒に癌を探して鑑別してくれます。AIが勝手に診断すると言うよりは、医師がAIと答え合わせをしながら検査する形です。そう遠くない未来、「医者がAI無しで検査するのは信じられない」という世界に変わって行くと思います。

 ソフトバンクによると、5G回線を引いている日本の医療機関はまだ無いそうですが、将来的には5G回線を使ってクラウド上で全世界の内視鏡室が繋がる世界が来るかもしれません。シーメンスヘルスケア社と「チームプレイ」 というクラウドサービスとの提携を開始し、ソフトバンクとも実証実験を実施しました。

 賞や助成金を多く頂いており、世界経済フォーラム(WEF)の「テクノロジー・パイオニア2021」にも選出されました。シンガポール大学はじめ、世界のトップ医療機関と共同研究開発を進めています。私たちのプロダクトは、将来的に全世界の内視鏡室で使われるポテンシャルを十分に持っていると確信しています。

■AI医療機器時代に入る上での課題

 大腸のポリープを超拡大内視鏡で鑑別するAI「エンドブレイン」や動脈瘤を検出するAI等、イノベーションに残る革新的な医療機器を開発しているのは殆ど私達の様なベンチャーです。  

 しかし、まだまだ日本においては大手に優しいので、ベンチャー11社で「AI医療機器協議会」を設立して、ベンチャーの立場から国と意見交換をしています。そこでの議論は、①医療機器かどうかの線引きが曖昧 ②承認申請審査に関する基準の明確化・情報のオープン化・迅速化 ③AIのデータ利活用の検討 ④保険収載の判断基準の明確化 ⑤ベンチャー支援の5つに集約出来ます。

 承認審査については、性能評価試験の基準が無かった点が一番困りました。明確な基準が有れば9カ月は早く申請出来たでしょう。性能がばらばらな製品が出てしまうと、使う方も困ります。具体性の高いガイドラインの策定が必要です。保険収載に関しては、癌の発見率を上げる点等AI医療機器がもたらす結果を評価してもらう事で、保険適応として頂きたいです。

 これからはAIとどのように一緒に働くかを考え出す時代です。それに向けて法整備等のルールを整えていく必要が有ります。

尾尻 ベンチャーから見て、日本はベンチャー支援が遅れているのでしょうか。

多田 「医療のイノベーションはベンチャーがほぼ起こしている」という事実を広く知って頂くと、「支援しなくては」という気持ちになって頂けるかと思います。

荏原太・高田中央病院院長 内視鏡AIのライバルとなる技術は有りますか。また、診断格差が有る問題や、「研修医の内視鏡検査を受けたくない」という人性については、どう考えていますか。

多田 アメリカのシリコンバレーでは、血漿や尿等を利用して癌診断をする「リキッドバイオプシー」が注目されています。血液採取で癌診断が出来るので、「内視鏡はいらなくなるのでは」という指摘がよく有りますが、それは違います。アメリカでは内視鏡検査が普及していない事も有りますが、リキッドバイオプシーは疑いの段階までしか診断出来ません。一方、内視鏡は病理組織を取って癌診断まで出来るので、胃癌・食道癌・大腸癌を早期発見出来るのは内視鏡検査以外ありません。手軽な検査も、精密に診断治療出来る機器も両方広がって行くと考えています。診断格差については、私の感覚ですが、研修医等内視鏡の非専門医がエキスパート医とほぼ同等の能力を持っているAIと一緒に検査をすれば、専門医と同じ精度の検査が出来る事を証明出来れば、「AIとやっているから安心して受けられる」という世界観が構築されると思います。また、検査の質に関するAI医療機器の実用も可能性があると思いますが、私達は先ず早期癌の見逃しを減らすプロダクトから出していければと思っています。

原澤茂・川口総合病院名誉院長 特異度については、見逃すよりはオーバーリーディングで良いと考えますが、いかがでしょうか。また、最終的な診断が医師ではなくAI医療機器という話に驚きました。その場合、どういうアウトカム評価をすれば、AI医療機器に保険収載出来るのでしょうか。

多田 オーバーリーディングについては仰る通りですが、感度も特異度も両方を突き詰めて高いバランスで調整したものを製品にしようとしています。保険審査については、技術料としてAI医療機器加算を付けて頂きたいと思っています。私達は資金調達を約60億円しており、AI医療機器はそれなりに開発コストが掛かります。癌のステージ3をステージ1で発見出来れば医療費1症例当たり数百万円の差が出る点を示し、加算が必須だということを理解して頂く努力を続けて行きたいです。

久光正・昭和大学学長 診断のノウハウは、素材(画像)の善し悪しが大きく左右するのではないかと思います。内視鏡で撮れる写真の技術の一定化についてはどうお考えでしょうか。

多田 AIだからどんな写真を撮っても判定出来る訳では無く、綺麗な写真を撮らないと診断精度が落ちてしまいます。そういう意味では、ある程度知識が有る医師が使うと上乗せ効果が感じられる製品になると期待しています。内視鏡AIを用いた内視鏡診断学として、突き詰めてデータ等を出して行かねばならないと感じています。

松岡健・葵会医療統括局長 私達呼吸器内科の医師は聴診器を使って、この人は「後遺症になる」「治る」と予後を推測します。内視鏡AIにはまだまだ心というか魂の部分が欠けるように思いますが、今後どのように進化するのでしょうか。

多田 内視鏡AIで癌のリスクを判定する研究論文を何本か出しています。胃に関しては、内視鏡検査で胃が綺麗な人と胃炎が強い人が分かる事を利用して、AIが胃癌のリスク判定を支援する研究等が有ります。食道癌においては、ヨード染色の手法で食道癌のなり易さを判定する研究論文を発表し、20年に消化器内視鏡学会で会長賞を頂きました。内視鏡検査の時に食道癌をヨードで染色すると、染色の具合で癌になりやすい炎症の程度が分かります。ヨードに染まらない部分がどの程度あるのかAIが予測するという研究成果を報告し、病変を見つけるのみならず、AIが癌のリスクを判定する可能性を示しました。ただ、どちらも研究レベルで実用化は明言出来ない段階です。

関川浩司・ 第二川崎幸クリニック院長 胃癌鑑別AIの使用例ではアデノーマ(腺腫)とアデノカルチノーマ(腺癌)が区別されていましたが、AIは両者を区別するレベルに達しているのでしょうか。又、AIが進化すると、バイオプシー(生検)をせずに形態学からアデノカルチノーマを鑑別し次のステップに行くという時代が来るのでしょうか。

多田 「アデノーマもしくはアデノカルチノーマ」という表示形式にしていますが、AI内部では2つを区別しています。ただ、胃においては癌の症例の方が圧倒的に多いので、アデノーマと癌を正確に区別出来るかと言うと、そこ迄の精度が有るとは言えません。当初はアデノカルチノーマのみを鑑別していましたが、現場の医師から「アデノーマも拾う方が良い」と言う意見が多かったので、両方を鑑別する表示形式にしたという経緯が有ります。

 バイオプシーについては、いくつか方向性が有ると思います。1つは、昭和大学で工藤進英先生が研究されている「超拡大内視鏡」です。内視鏡検査中に病理検査と同じレベルの画像を撮る事で代替にしようというものです。

 もう1つは「高解像度技術」です。4K・8Kになると通常の白色光を拡大しなくても、人間の目では見えない細部迄見えます。それをAI診断すれば病理の診断に近付くという可能性を感じていますが、まだ研究レベルです。

本間之夫・日本赤十字社医療センター院長 先程拝見した胃癌鑑別AIの実際の使用映像ではアデノーマとアデノカルチノーマの鑑別は60〜70%という数字が多く、100%は有りませんでした。何%だと生検するのか基準は有りますか。又、AI医療機器を開発しているベンチャーの方々はどのような経歴なのでしょうか。

多田 パーセンテージはプロバビリティスコアで、癌の確率を示すものではなく、AIが学習した何万枚もの過去の癌に何%類似しているかを出す数値です。60%以下のプロバビリティスコアの場合はほぼ、癌ではありません。60%以上出ると、ほぼ癌が拾えるので、60%を基準にしています。あくまで実感値で言うと、60〜80%は癌では無い事も有りますが、80%を超えると外す事は有りません。

 ベンチャーの経歴について、私の知る範囲では脳外科医や眼科医等、私と同じ医師や東大の博士等がいます。

石川隆利・富士フイルム取締役副社長 AI診断の精度を更に上げていくには、AIの学習能力を上げるのか、画像の精度を上げるのか、何が必要になるのでしょうか。

多田 出来る事は全部やるのが我々のスタンスです。静止画では良いAIが出来ないので、18年からハイビジョンの動画収集に切り替え、20年末頃からは、ロスレス(データの欠損を伴わない圧縮の事)の生データ収集を行っており、5分で20〜30GBの容量となっています。高画質に加え、シーンをバランス良く収集する事も大切です。現在20万本程の動画を溜めていますが、足りないシーンを集めていくためにデータ収集計画を立てています。

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