日本の医療の未来を考える会

第21回 医師の働き方改革の動向(榎本健太郎 氏)

第21回 医師の働き方改革の動向(榎本健太郎 氏)

2018年1月24日(水)、17:00~18:30、衆議院第一議員会館の第6会議室にて、「日本の医療の未来を考える会」の第21回勉強会を開催いたしました。詳細は、月刊誌『集中』2018年3月号にて、事後報告記事を掲載いたします。

集中出版 尾尻佳津典まず、当会主催者代表の尾尻佳津典より、挨拶させていただきました。
「医師法によって医師には応召義務がありますが、その一方で、医師は労働者であるとの認定もあります。そういったことが働き方改革の中で議論されています。患者側からは、この改革で医療の質が変化してしまうのではないか、と危惧する声もあがっています。さまざまなご意見があると思いますので、存分に議論したいと思います」

集中出版 原田義昭

続いて、当会国会議員団代表の原田義昭・衆議院議員からご挨拶いただきました。
「働き方改革の背景には、人口減少の問題があります。その中で医師はどう扱われるのか。医療体制をしっかりさせておかなければならないことは確かですが、医師も生身の人間です。さまざまなお立場からの意見があると思います。きょうは厚生労働省から働き方改革の一番の責任者にきてもらっていますので、じっくり話を聞いて、議論していただきたいと思っています」

今回の講演は、厚生労働省医政局総務課長の榎本健太郎氏による『医師の働き方改革の動向』と題するものでした。以下はその要約です。

医師の働き方改革の動向
講師・榎本健太郎氏

1・なぜ医師の働き方改革なのか

集中出版 榎本健太郎昨年3月、「働き方改革実行計画」が作られました。ポイントとなるのは、労働時間の上限規制を導入した点です。これまでも規制はありましたが、罰則はありませんでした。今回は罰則を導入することで実効性を高め、長時間労働を是正していこうということです。ただ、医師には医師法によって応召義務があり、医師の働き方については特別な要素があるのではないかということで、実態に即して検討することになりました。

2年後を目途に、具体的なあり方を検討することになっています。こういうことを検討するため、「医師の働き方改革に対する検討会」を昨年8月に立ち上げ、医療界の人にも多数加わっていただき、検討が進められています。重要な検討事項は、「医師に対する長時間労働規制の具体的なあり方」と「医師の勤務環境改善策」の2つです。

2・医師の働き方の現状

 医師数は約31万1000人ですが、働き方改革の直接の対象となるのは勤務医で、その人数は23~24万人です。時間外労働について、週60時間を超える人がどのくらいいるかを、業種ごとに調べたデータによると、最も多いのが医師で、41.8%でした。自動車運転従事者の39.9%と並んで群を抜いて高いという結果でした。医師と看護師を比較すると医師の方が多く、勤務医の男女を比較すると、男性がやや多くなっています。週60時間超は男性医師で41%、女性医師で28%でした。週80時間超は男性11%、女性7%です。年代別に見ると、若い年代で勤務時間が長く、年齢が上がるほど短くなります。女性では40代で短くなっていて、これは子育ての影響ではないかと見られます。診療科別では、救急で最も長く、次が臨床研修医。診療科によってもかなり差があります。全医師数に占める女性の割合は増加傾向にあり、これからの医師の働き方を考える場合には、いかに女性が働きやすい環境を作っていくかが重要になっています。

3・労働法制における医師の働き方の取り扱い

 労働基準法では、労働者とは「事業に使用される者で、賃金を支払われる者」となっています。医療団体からは、医師というのは本当に労働者なのか、という声もあります。ただ、それに関しては、最高裁判所の判例などでも、「病院の開設者の指揮監督の下に行ったと評価できる限り労働に当たる」となっています。いろいろな裁判がありましたが、最近では、医師が労働者であることを争うというより、それを前提として争われる裁判の判例が増えています。

日本の医療の未来を考える会 集中出版

 労働時間については、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている限り、その時間が労働時間である、となっています。規則や契約にどう書いてあっても、客観的にどうかで決まります。宿直については、使用者の指示があったときに即時に業務に従事することを求められていて、職場から離れることが保障されない状況で待機している時間は、労働時間としてみなされます。これが労働基準法の基本的な考え方です。ただ、労働密度がまばらな場合には、労働基準監督署長の許可を得られれば適用除外になります。医療機関についても、「医師、看護師等の宿直許可基準」に具体的な基準が定められています。

4・医療機関における労働管理の状況

 医療機関で労働時間の管理がどのように行われているかを調べた調査では、出勤簿・管理簿での管理が53.4%、タイムレコーダーなどでの管理が18.5%でしたが、管理していない医療機関が16.2%ありました。週40時間を超えて労働させる場合には、36協定を締結する必要がありますが、36協定を締結していない医療機関が14.9%あります。こうした調査結果から、労働法制対応の弱い医療機関があることがわかります。

5・働き方改革のインパクト

 いろいろな影響があると考えられています。救急医療では医師確保がそもそも困難ですが、地域によっては人件費増で医療機関の経営が成り立たなくなり、救急医療を中止するような事態が起きるのではないかという意見があります。中小病院の閉鎖を危惧する声もあります。外来診療にも影響が及ぶのではないか、時間外診療を縮小せざるを得ないのではないか、手術数が減るのではないか、研修医の教育にも影響が出るのではないか、といったことも言われています。その一方で、メリットとしては、医師のワークライフバランスの確保、過重労働の改善、集中力・効率性の向上など、いろいろなことがあります。

6・勤務環境改善に向けた制度的枠組

 働き方改革の影響に対応するためには、個々の医療機関の勤務環境改善を進めていくことが重要です。そこで平成26年に医療法改正があり、「勤務環境改善に関する関係者の役割」が定められています。医療機関の管理者に対しては、勤務環境改善への取り組みは努力義務として求められています。勤務環境改善背支援センターを各都道府県に設置し、社会保険労務士や医療コンサルが随時相談にのれる態勢づくりが進められています。国のほうでも、「勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き」を作成しました。

7・勤務環境改善の取り組み

日本の医療の未来を考える会 榎本健太郎 医療界をあげていろいろな取り組みを行っています。日本医師会は「勤務医の健康を守る7ヵ条」「医師が元気に働く7ヵ条」といったパンフレットを作ったり、「勤務医の労務管理に関する分析・改善ツール」を作ったりしています。さらに、「勤務医の健康支援のための15のアクション」について、どの程度実施されているかを調べています。「採血・静脈注射のルート確保の医師以外の実施」はかなりの医療機関で行われています。「医師の学会や研修の機会の保障」「快適な休憩室や当直室の確保」「医療クラークの導入」なども進められてきています。ただ、「予定手術前の当直・オンコールの免除」「特定医師の過重な労働負担の軽減」「女性医師への柔軟な勤務制度、復帰研修整備」などについては、まだあまり進んでいません。

8・中間論点整理(案)と今後に向けて

今後さらに議論を深めていくためには、現段階で出されている論点をきちんと整理しておく必要があります。「医師は昼夜を問わず患者対応を求められうる仕事であり、他職種と比較しても抜きん出て長時間労働の実態にある」「さらに日進月歩の医療技術、質の高い医療に対するニーズの高まり、患者へのきめ細かな対応等により拍車がかかっている」「医師の健康確保、医療の質や安全の確保の観点から、長時間労働を是正していく必要」「患者側等も含めた国民的関わりによって、わが国の医療供給体制を損なわない改革を進める必要」といったことが中間論点整理でまとめられています。

さらに、緊急的な取り組みを併せて進める必要があるということで、そちらも併せて整理することにしています。働き方改革を施行した5年後には、医師にも適応されることになります。そのとき慌てないためにも、今の段階から緊急的に取り組むべきことも整理されています。①労働時間を適正に管理する。②時間外労働をさせる場合は36協定が必要なので確認しておく。③産業保健の仕組を活用する。④タスクシフトを進めて医師の負担を減らす。⑤女性医師が働きやすい環境を整える。これらの論点整理と緊急的な取り組みについては、検討会で議論中のものです。最終的には、2月中旬に検討会で固めてからお知らせしていくようにします。



質疑応答では次のような発言がありました。

尾尻:「医師も労働者であるという考えで働き方改革を進めていくと、医療機関は経営的に非常に厳しくなると思います。医療機関の経営は、医療の質に関わる問題だと思いますが、このあたりのバランスについてどう考えたらよいでしょうか」

榎本:「今回の働き方改革は医師の勤務時間に影響する話ですので、現在の医師の仕事を維持するとなると、人を確保しなければならない、といった話になるのかと思います。経営への影響が大きいことは重々承知しています。とは言え、これは現在医師がやっている仕事をすべて医師が行うことが前提となっています。これを契機に労働生産性を高める取り組みができるかどうかが、医療機関に投げかけられています。そういったことを考えていただけるとよいのではないかと思います」

篠原裕希(篠原湘南クリニックグループ理事長):「医師の働き方改革によって、医師の増員になることは間違いありません。救急、産科、外科などからの撤退があるのではないか、病院をやめるところも出るのではないかと思います。甚大な影響が出ると思います。医師獲得競争が起こりますが、人材派遣会社は医師を1人紹介するのに年俸の25%を取ります。これがさらに経営を圧迫するのではないかと考えられます」

榎本:「経営的に見ても、現場にいろいろな負担が生じるというのは、おっしゃる通りだと思います。厚生労働省としては、現場の地域医療の提供体制に悪影響を及ぼさないようにすることが大命題だと思っております。そのためには、新しい規制のあり方をどうするか、慎重に考えていく必要があります。とは言え、いろいろな取り組みがそれほど進んでいない状況にあります。そういった部分をご検討いただいて、医師の取り合いにならないような体制を作っていきたいと考えています」

服部智任(ジャパンメディカルアライアンス海老名総合病院病院長):「労働の目的は付加価値を生むためですが、我々にとって付加価値とは何かと考えることがあります。病院長の私が考える付加価値と、現場のスタッフが考える付加価値、患者さんが考える付加価値が一致させることが重要だと思います。そこで、タスクシフティングするといっても、どこをすればよいのか、どこを削減したらよいのか、なかなか判断できません。付加価値は地域によっても違うと思います。そのあたりについて、ご意見はありますか」

榎本:「どのような方向で付加価値を生み出していくのか、経営者側と現場の医師や看護師たちが、価値観を共有していることが大切だと思います。患者さんはサービスを利用する立場で、求めるものは千差万別です。しかし、医療機関の方向性と患者さんの求める方向性が合っていれば、医療機関の評判や患者数に影響するのではないかと思います。患者さんが求めるのは、医療の安全や質だと思いますが、それをどう確保していくのかが問題です。それを事業体として実現していくためには、働く人たちが喜んで働くことができ、元気に健康に仕事に従事できることが求められているという気がします」

中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長):「外科系の人たちには、若い頃の5年から10年くらいは、しっかり夜勤もやり、昼間の手術や外来もやって、早く一人前の医師になりたいと考える人が多いと思います。私が最も心配しているのは、今の働き方改革を実施することで、一人前の医師になるまでの時間が長くなってしまうことです。それにより、医師の必要人数が増えるはずですが、医師の数は現在のままでいいのでしょうか」

榎本:「若い医師の技術をどう育成していくのかは大きな課題です。そういった懸念が検討会でも出ていました。若い医師の育成には経験値をどう上げるかが重要で、そのためには時間をかけなければいけません。症例数を増やし、いろいろなところで発表し、カンファレンスを経験し、といったことが必要になります。そういったことも、これから検討していく上で、考えていかなければならない課題であると思っています」

荏原太(すこやか高田中央病院院長):「主治医・副主治医制のお話がありましたが、私は2年ほどデンマークで医療に携わった経験があります。日本人の患者を日本に運ぶときに、そのお手伝いをしたのですが、その患者の主治医が、『私の担当は5時までなので、その後は別の医師に聞いて』と言ったときに、強い違和感を覚えました。主治医・副主治医制をとっていたデンマークでは、医師の偏在がどんどん進み、バルト三国からへき地医療を担う医師を雇い入れている状況になっています。主治医・副主治医制を導入すると、日本式医療は崩壊します。厚生労働省は、外国の医師を補充することまで考えて、主治医・副主治医制の話をしているのでしょうか」

榎本:「労働時間の上限を設定すると、トータルで必要となる医師数が増えるのではないか、ということだと思います。そういったご指摘はこれまでにもあったのですが、タスクシフティングを行い、医師でなくてもできる仕事を事務職や看護職にやらせるということが進むと、それほど大きなニーズの増加にはならないのではないか、というふうにも考えています。外国人医師を入れるということを厚生労働省として考えているかについては、今のところ考えていません。今ある仕組みのなかで、どう仕事をシェアしながら進めていくことができるか、ということを考えていきたいと思います」

加納宣康(沖縄徳洲会千葉徳洲会病院病院長):「私の長年の教育方法は、『24時間、365日、休みがあったら損と思え!』というものです。今の世の中を見ていると、厚生労働省が心配して、働くな、働くなと言わなくても、自然に働く時間は減っていくと思います。それよりも、1人でも多くの手術をして、1時間でも長く働いて、患者さんをたくさん診て、自分の進歩につなげる、という気持ちを持たせるようにするほうが大切です。今は働き過ぎだと言っていますが、そのうち逆の慌て方をしなければならない時代がくると思います」

尾尻:「先ほど、短期間で一人前にするという話もありましたが、フランスの料理界で似たような問題がありました。シェフの残業時間を規制する法律ができたのですが、それによって、フランスの食のレベルが大きく低下してしまったのです。フランスはそれを後悔して法律を変えています。短期間で一人前にするというのは、大切かなと思います」

関川浩二(石心会第二川崎幸クリニック院長):「クリニックの院長との兼任で、川崎幸病院の外科の顧問をやっています。川崎幸病院の若い医師たちは、外科や救急をやりたくて応募してきます。ところが、今回の専門医制度のために、基幹病院となり得ない私どもの病院では、せっかく若い医師たちが来ているのに、継続した教育ができません。救急や外科で頑張ろうという病院が、制度がネックとなって、医師数を確保できなくなるということもあります。働き方改革だけでなく、専門医制度も関係しているということを認識していただきたいと思います」

榎本:「専門医制度は地域の医療供給体制とも密接に関わる部分があります。ここに関しては、厚生労働省も大きな関心を持ちながらやっていかなければならないと思っています。病院で働きながら、資格をうまく取りにくい部分があるということを念頭に置きながら、今後も考えていきたいと思います」

飯塚正史(東京都顧問 都政改革本部特別顧問):「勤務医の負担軽減計画に対して、厚生労働省として最も具体的なアクションを起こしているのは、保険局の勤務医の負担軽減計画に関する施設基準だと思います。勤務医の負担軽減計画をきちんと作っていない病院、計画だけで実行に移していな病院については、20の施設基準を全部否定するという非常に画期的なものです。榎本さんは現在医政局にいるので、今回のお話には施設基準の説明がありません。保険局の施設基準によって診療報酬を加算するといっている施設基準の内容が、非常に希薄です。月に1回会議をしなさい、議長を決めなさい、議事録を残しなさい、といったことです。これを見た人は、厚生労働省のスタンスはこんなものだ、適当にやっておけばよい、と思うでしょう。本音と建て前の微妙なところですが、できるだけ建て前に近づけること、医政局と保険局が一緒になって動かしていくという舵取りが必要なのだろうと思います」

榎本:「今回の診療報酬改定の中でも、施設基準について今後どうしていくのか、常勤要件をどうするのか、といったことも含めて議論がなされ、今後、具体的に整理されたものが出てくるのではないかと思っております。今回の診療報酬改定自体は、この検討会の方向が具体的にこうだと出ている状況ではないので、今の段階で、できる範囲で取り組むということになっています。本格的には、次の32年改定の中で具体的にどうしていくのかということを、検討会の議論と併せて整理していかなければならないと考えております」

高久史麿(地域医療振興会会長):「数年前、アメリカでレジデントの事件があり、その当時はずいぶん議論されましたが、その後のことがわかりません。参考になると思いますので、どのように落ち着いたのか、教えていただければと思います」

榎本:「アメリカで、救急外来を受診した患者を、過労と睡眠不足だったレジデントが対応し、死亡するという事件がありました。長時間労働が医療の質の低下につながっていたのではないか、ということで議論になったのですが、最終的には、インターンやレジデントが連続して働くことについて、制約を設けるべきという話になりました。現在、アメリカの卒後医学教育認定評議会から基準が出されています。週あたりの最長労働時間は80時間、宿直の頻度は3日に1回まで、シフト間のインターバルは8時間以上、院内での連続夜間勤務は6晩まで、強制的な非番の日を週あたり1日。そういった基準が作られ、現在はそれに則って仕事が行われています」


 

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