日本の医療の未来を考える会

第52回 なぜ日本のワクチン開発は遅れたのか 国内外の研究開発動向から考える(荒木裕人氏)

第52回 なぜ日本のワクチン開発は遅れたのか 国内外の研究開発動向から考える(荒木裕人氏)
新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから1年半ほどが経過した。国内外では様々な研究が進み、診断法も、治療法も、予防法であるワクチンの開発も大きく進んできた。日本ではファイザー社とモデルナ社のワクチン接種が進んでいるが、国産のワクチンはまだ開発途上にある。なぜ国産ワクチンの開発は遅れてしまったのだろうか。6月23日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、内閣府健康・医療戦略推進事務局参事官の荒木裕人氏に、新型コロナウイルス感染症に関する国内外の研究開発動向を解説して頂いた。そこから多くの問題点が見えてきた。内閣府では「ワクチン開発・生産体制強化戦略」をまとめ、問題の解決に取り組んでいく事になるという。

三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師)「本日は我が国のワクチン開発について、これからの国民の健康や医療についての講演があります。それを参考にしていただく事で、臨床の現場で、研究の現場で、医薬品産業の現場で、大いに寄与出来る事を期待しています」

尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)「昨年、日本政府は新型コロナに関する研究開発等に2000億円の予算を計上しました。アメリカに比べて少ないとの意見もありますが、日本でこれだけの予算を付けたのは立派だと思います。それでもなぜ国産ワクチンが遅れたのか、分析して頂きます」

新型コロナウイルス感染症に関する
国内外の研究開発動向について

■流行等の全般状況

 新型コロナウイルスに感染しても多くは軽症から無症状ですが、数パーセントは致死的な経過をたどります。海外と国内では致死率も重症化率も違い、その原因がどこにあるのかに関心が持たれました。人種によって致死率が違うというような疫学的なデータも出ています。

 最近の研究としては、デルタ株等の変異株に対してワクチンが有効なのかが、関心を集めるテーマになっています。変異株については、感染力の増大が懸念されています。日本国内でも、従来株から変異株にかなり置き換わっています。また、10年前では考えられなかった事ですが、それぞれの変異株について、どのような変異があり、それがどのように感染力や重症化に影響するのか、というデータも世界中から集まってきています。

 国内の流行状況は、2021年6月13日時点で、新型コロナウイルス感染症の検査陽性者数は77万人、死亡者数は1万4000人に達しています。流行が始まった当初から言われてきたように、検査をしっかり行う事は重要です。検査をする事で封じ込めも可能になります。また、流行の動向を知るためにも、それに対する医療体制を整備していくのにも、どの程度の感染率かを知る必要があります。

■世界の研究開発動向

 新型コロナウイルス感染症の診断法では、多くのPCR検査、抗原検査、抗体検査が開発・承認されています。FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認数ですが、PCR検査は350種類を超える検査が承認されています。抗原検査は少なめで30程度ですが、抗体検査も200近い検査が承認されています。まずは検査が必要という事で、開発が進んだものと考えられます。

 治療に関しては、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の「COVID-19治療ガイドライン」があり、21年4月にも改訂版が出ています。この中の治療管理はかなり詳しく、軽症者、中等症者、人工呼吸が必要な人に対して、どのような治療が推奨されるかが解説されています。

 治療法の研究開発動向を見ていくと、中和抗体の臨床開発をベンチャー企業が主導して行っています。先行しているのはアメリカです。EUA(緊急使用許可)という制度もあり、治験をある程度行った上で緊急承認する事が出来ます。この枠組みはワクチンの承認でも使われましたが、治療薬の承認でも使われています。EUAは非常にフレキシブルな制度で、既に解除したものもあります。アメリカはこのような制度をうまく利用しています。中和抗体の臨床開発は、ベンチャー企業が中心です。米、欧、中国、韓国、シンガポール、インドが主導的に実施しています。

 治療薬開発に関しては、ドラッグ・リポジショニング(DR、既存薬再開発)による新規治療薬の探索が多いのが特徴です。新型コロナウイルス感染症の臨床経過を踏まえ、それに対応出来る薬を、うまくDRで使う研究が進められてきました。

 ワクチンの研究開発については、WHO(世界保健機関)によると、286品目のワクチン候補が出ています。その中で研究開発が進み、21年5月末の段階では、102品目で臨床試験が実施されています。そして、既に11品目が各国で承認されています。日本のワクチンは含まれていません。ロシアでも出来て、中国でも出来ているのに、なぜ日本で出来なかったのか。しっかり反省した上で、今後何をすべきなのか、戦略を作りました。最後に紹介します。

 ワクチンの承認状況を見ると、例えばファイザーのワクチンは世界30カ国以上で承認されています。ロシアのワクチンは、ロシアと中東、中南米の限られた国で承認されています。中国のワクチンも、中国以外はアフリカとアジアの一部、中南米等で承認されています。

■国内の研究開発動向

 かなり多くの研究開発を行っていますが、多くがゴールまで来ていないと指摘されると、その通りです。治療薬としては「レムデシビル」が20年5月に特例承認となり、「バリシチニブ」はレムデシビルとの併用が21年4月に承認されています。それ以外に、「イベルメクチン」のような日本発の薬も含め、研究が進んでいます。

 ワクチンについては、ファイザー製ワクチンが21年2月に、モデルナとアストラゼネカのワクチンがそれぞれ21年5月に承認されました。日本では7品目のワクチンの開発が進められています。この7品目については、臨床治験がフェーズ1/2、あるいはフェーズ2/3に進んでいるものもあります。また、様々なモダリティでしっかり対応出来ています。組み替えタンパクワクチンであれば塩野義が進んでいますし、mRNAワクチンでは第一三共が、DNAワクチンではアンジェスが、不活化ワクチンではKMバイオロジクスが開発に取り組んでいます。

 診断法の研究開発は、日本でも大きく進みました。21年5月現在、53種類の製品が承認済みです。また、重症化判定に資する診断法の研究開発も進んでいます。

■これまでの取り組みと成果等

 令和元年末から令和2年度にかけて、様々な研究開発予算を頂きました。総額1930億円と、2000億円近い予算です。この内AMED(日本医療研究開発機構)経費が約1400億円となっています。

 最も大きいのがワクチン開発の総計600億円で、100億円プラス500億円の基金という形で積ませて頂きました。令和3年度も引き続きこの基金を用いて研究開発を進めて頂いています。実用化支援(医療研究開発革新基盤創成事業/CiCLE)で380億円が計上されています。これは成功したら返してもらう貸付金で、ワクチンや医薬品開発等で使って頂いています。

 AMEDの研究開発については、治療法開発、ワクチン開発、診断法・検査機器開発と共に、分子疫学・病態解明の研究も進めています。また、研究を支える基盤整備も進めています。国際連携として、アジア地域に対する治験ネットワークの構築等も進めています。

 このように約2000億円の予算を組んで研究開発を進めてきましたが、ワクチンの開発はどうして進まなかったのでしょうか。ワクチンを国内で開発・生産出来る力を持つ事は、国民の健康保持への寄与はもとより、外交や安全保障の観点からも極めて重要です。我が国においてワクチン開発を滞らせた要因を明らかにし、その解決に向けて国を挙げて取り組む必要があります。そこで、政府が一体となって必要な体制を再構築し、長期継続的に取り組む国家戦略として「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を作成しました。

 何が悪かったのかについては、次のような課題が挙げられています。「研究機関の機能、人材、産学連携の不足」「戦略的な研究費配分の不足」「輸入ワクチンを含め迅速で予見可能性を高める薬事承認の在り方」「数万人規模の第Ⅲ相試験の実施困難性」「ワクチン製造設備投資のリスク」「ベンチャー企業、リスクマネー供給主体の不足」「ワクチン開発・生産を担う国内産業の脆弱性」「企業による研究開発投資の回収見通しの困難性」こうした課題がある事を踏まえて、次の①〜⑨に示した「ワクチン開発・生産体制を構築するのに必要な政策」を実施していきます。

①世界トップレベルの研究開発拠点形成〈フラッグシップ拠点を形成〉

②戦略性を持った研究費のファンディング機能の強化〈先進的研究開発センターをAMEDに新設・機能強化〉

③治験環境の整備・拡充〈国内外治験の充実・迅速化〉

④薬事承認プロセスの迅速化と基準整備

⑤ワクチン製造拠点の整備〈平時にも緊急時にも活用できる製造設備の整備〉

⑥創薬ベンチャーの育成〈創薬ベンチャーエコシステム全体の底上げ〉

⑦ワクチン開発・製造産業の育成・振興

⑧国際協調の推進

⑨ワクチン開発の前提としてのモニタリング体制の強化

 また、目の前にある新型コロナウイルス感染症への対応としては、次の事を実施します。第Ⅲ相試験の被験者確保の困難性等に対応するため、薬事承認はICMRA(薬事規制当局国際連携組織)の議論を踏まえ、コンセンサスを先取りし、検証試験を開始し、速やかに完了出来るよう支援します。国産ワクチンの検証試験加速のため、臨床研究中核病院の機能拡充に加え、臨床試験受託機関等も活用します。

 このような国の戦略を作りましたので、戦略に基づいて、しっかり実行していく事が重要です。そのためには、一定程度の大きな予算も必要になるので、来年度の要求に向けて頑張っているところです。

尾尻「ワクチンの到着が遅れましたが、これについてはどうお考えですか」

荒木「直接は厚生労働省が担当していますが、どの企業のワクチンがものになるのか、早い段階でしっかりと情報を集め、ファイザーとモデルナのワクチンを選び出して、かなり前の段階で交渉を始めていました。はずれを引く可能性もあった事を考えると、しっかりしたワクチンを確保出来た事は、よく頑張ったのではないかと個人的には思っています。特に国民の分を超えて確保出来、日本で作ったアストラゼネカのワクチンを、台湾やベトナムに出せるようになっているのも、良かったと思っています」

土屋了介・ときわ会グループ顧問「フランスのパスツール研究所やドイツのコッホ研究所の話が出ましたが、昔日本にも伝染病研究所がありました。北里先生が作ったのを文部省の役人が追い出してしまい、戦後は残った伝染病研究所を文部省が東大医科学研究所に変えてしまいました。当時はまだ結核が盛んだったわけですが、その時代に伝染病研究所をなくしたという行政の間違いが、現在に及んでいるように思えます。その後、感染症研究所が作られましたが、管轄は厚生労働省です。欧米であれば、アカデミアと臨床がくっついていますが、日本ではそうなっていません。感染症研究所がヘッドクォーターになっているのが間違いなのではないですか」

荒木「白金の東大医科学研究所のある所に、かつて伝染病研究所があり、それが戦後、予防衛生研究所となり、感染症研究所へと移って行きました。感染症研究所も、いろいろな感染症に対する疫学的データですとか、基礎的なところもやっています。しかし、ご指摘の通り、ワクチンや治療薬に繋げる部分は、アカデミアではなく、行政機関の組織になってしまっているという認識はあります。東大医科学研究所も感染症に強い所ですので、そういう強みを融合させながら、目に見える結果をしっかりと出すべきだと思っています」

荏原太・すこやか高田中央病院院長「コロナとの戦いを戦争に例えると、内閣府は大本営だろうと考えています。防衛省の業務でのLINE使用が問題になりましたが、日本の最も重要なヘルスケアの情報を営利企業に渡す事や、個人情報を渡す事のリスクを分かっているのかと考えたくなります。防衛省でLINEを使うことを誰が決めたのかは分からないかもしれませんが、そのリスクについて議論はされているのですか」

荒木「コロナに関する臨床情報の付いた情報は、研究の観点からは宝の山と言える非常に重要な情報です。そういう情報を、しっかりデータベースとして集積する事が大事です。そこで、国立国際医療研究センターと感染症研究所で、データバンク事業として進めていますが、その際にも、個人情報をどうするか、しっかり対処していく必要があると考えています」

石渡勇・石渡産婦人科病院院長「ファイザーのワクチンの治験には、多くの妊産婦が入っていた事が後になって分かりました。その人達のデータを解析したところ、妊娠中にワクチンを接

種しても、そのために有害事象は起きない事が明らかになっています。むしろ、メリットの方が大きいという事で、外国では妊産婦への接種が推奨されています。日本でも日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本産婦人科感染症学会が共同で、6月17日に妊婦さんに向けた注意書きを発表しました。妊娠中にワクチンを接種する事による有害事象はないと明言しています。ワクチンを打つ産婦人科医は多くなく、内科の先生が打つ事が多いと思いますが、接種を希望する妊婦さんがいたら、積極的に進めて頂きたいと思います」

荒木「専門の先生からそう言っていただくと、妊婦さんも安心出来ます。また、接種する内科の先生にとっても自信になると思います」

篠原裕希・篠原湘南クリニックグループ理事長「病院で個人接種と集団接種をやっていますが、医療従事者であっても、妊娠している場合は、接種しないという人が結構多いようです。子宮頸がんワクチンの負のイメージが未だに影響しています。一般の方より、医療従事者の方が影響は大きいのではないかと思います。学会が接種を推奨しているという話を、大きく発信して頂きたいと思います。もう1つお聞きしたいのは、かつて日本はワクチン大国と呼ばれましたが、今後立ち直る体力が日本の企業にあるとお考えですか」

荒木「しっかりと正しい情報を発信しなければと思っております。ワクチンの開発・製造に関しては、この10年ほどはワクチン危機もあって、開発に踏み出す日本の製薬企業はほとんどありませんでした。今後、やる気を出してくれる企業があると思いますが、体力が持つかどうかという問題があります。世界に目を向けると、世界のワクチン市場の9割を4社が占めるという寡占状態になっています。そこに割り込んで行くのは、なかなか難しいわけです。日本の製薬企業にはまだぎりぎり体力が残っていると考えていますが、M&A(合併・買収)が必要との声もあります」

関川浩司・石心会第二川崎幸クリニック院長「ワクチン接種の効果はデータで示されていますが、どのくらい効果が持続するかに関しては、明確な情報がありません。来年以降の接種計画などはどうなっているのでしょうか」

荒木「昨年接種した人の抗体がまだ残っているという話があったり、1カ月くらいすると抗体が徐々に落ちてくるという話もあったりします。論文も様々出ているようです。ただ、次年度の接種も必要になるだろうという事で、日本でも来年度を見据えて検討していると聞いています。変異株の事も考えに入れ、次年度、次々年度の事も考えていく必要があると考えています」

原澤茂・埼玉県済生会川口総合病院名誉院長「コロナ関連の空床補償は今年度も11月頃まで半年分を見ていると聞いています。今年度は医療機関に対する制度としてのコロナ対策は続くのかなと思うのですが、第5波、第6波が来ないとも限りません。次年度の診療報酬にも絡むと思いますが、次年度の考え方を教えてください」

荒木「内閣府ではありますが、私は研究開発部門ですので、医療提供体制や、そこに保険でどう対応するのかという事につきましては、情報が入っていない事もありまして、お答えする事が出来ません。昨年からの経緯も含めて、何らかの対応は国民の方々からの要望として出てくるのかなと思っております。それをどう受け止め、どう反映させるかについては、厚生労働省を中心として考えてもらう必要があると思っています」

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