日本の医療の未来を考える会

第71回 iPSによる網膜再生医療の現状
治療の実現に必要な新たな仕組み
(株式会社ビジョンケア代表取締役 髙橋政代氏)

第71回 iPSによる網膜再生医療の現状治療の実現に必要な新たな仕組み(株式会社ビジョンケア代表取締役 髙橋政代氏)
山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所名誉所長が2006年にiPS細胞を発表して以降、再生医療は着実に成果を挙げて来た。理化学研究所等は14年、難病の加齢黄斑変性の患者に本人のiPS細胞から作製した網膜細胞を移植する世界初の手術を臨床研究として実施した。今やiPS細胞から作った網膜細胞の移植手術は、治療として確立しつつある。このiPS細胞による網膜細胞の再生医療をリードして来た眼科医で株式会社ビジョンケア代表取締役の髙橋政代氏に、再生医療の現状や今後について講演して頂いた。
挨拶

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)
本日は髙橋政代先生にiPS細胞を活用した先進的な医療技術についてお話を伺います。最近はリモート手術など高度な医療技術が発展していますが、再生医療の様な先進的な高度医療には、自由診療の在り方という日本の医療制度の課題も関わって来ます。自由診療の問題は20年以上議論され、未だに結論が出ていませんが、極めて大きな問題点で解決に努めなくてはなりません。今後も髙橋先生には、独自の研究を進め、医療に貢献して頂きたいと願っています。

古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員)
私が11年前に科学技術政策担当大臣を務めていた正にその頃、山中伸弥先生がノーベル賞を受賞されました。そのiPS細胞を使った再生医療で、世界初の網膜細胞の移植手術を実施されたのが髙橋先生でした。今日は、その後の再生医療の進展についてのお話を大変楽しみにしています。iPS細胞による再生医療は、世界で日本が先頭を走って行ける分野であり、先頭を行かなければならない分野だと思っています。iPS細胞を活用した再生医療を更に進めて行く為に、本日は学ばせて頂きます。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)
最近、海外の研究所や大学教授から「近頃は日本のドクターがやって来ない」と心配するメールが届きます。今年6月に大阪大学の熊ノ郷淳教授を取材した際も「最近の若い先生は海外志向が低い」と心配されていました。本日の講師の髙橋政代先生はそうした風潮と一線を画し、海外経験も豊富で、自ら立ち上げた会社で世界を目指しています。今年はドバイで開かれた国際的な医学会議に招聘され、講演もされました。正に世界が先生の研究に注目をしている証左です。


■臨床試験から見えて来た治験の課題

世界初のiPS細胞治療が行われたのは14年9月12日。この時、私はインタビューで「これが始まりです」と話しました。眼科医として、患者を治療する事が出来て初めて成功だという思いが有り、「これを標準治療にするにはどうしたら良いのだろう」と考えていたのを覚えています。それから今迄考え続け、自分なりに答えも見えて来ました。

脳と繋がっている中枢神経である網膜は、一旦悪くなると細胞が再生せず、これ迄治療法は有りませんでした。これに対し、我々の網膜再生医療は、網膜の中で光を受け取る視細胞と、それをメンテナンスする網膜色素上皮細胞(RPE細胞)の2種類を対象としています。視細胞やRPE細胞の有る部分は2種類の細胞だけで出来ていて、この2種類の細胞を再生させれば治療が可能になります。只、注意が必要だったのは病名です。実は網膜色素上皮の病気は遺伝子毎に病名が変わる為、病名毎に治験をしていては埒が明かない。これには苦い経験が有り、加齢黄斑変性の新生血管によく効く抗VEGF薬は、加齢黄斑変性で承認された為、近視性黄斑新生血管には使えないという状態が長く続いてしまったのです。

医師から見れば近視性にも効く筈ですが、病名が違う為、使える様になる迄7年掛かりました。その間、多くの人が治療されずに視力低下を来しました。この反省から、今回は網膜色素上皮の再生で治せる病気は全て網膜色素上皮不全症と考えて良いのではないかと、細胞から見た新しい疾患概念を提案しました。眼科学会で、約20大学からなる「iPS細胞由来網膜色素上皮移植研究会」を開催し、「病名で分けるのは、今の時代にそぐわない」と話し合っています。

14年の1例目について説明すると、患者本人のiPS細胞からRPE細胞を分化誘導しましたが、ポイントは純化したという点です。この細胞は、これ迄転移性の腫瘍になったという報告が1例も無い大人しい細胞で、最初のiPS細胞を使った再生医療は、これにすべきだと最初から考えていました。iPS細胞はどんどん増えていく為、当時はがん細胞と一緒だと見る向きも多く、「危険だ」と止める人も多かった。しかし、我々はRPE細胞の特性を熟知しており、「こうやって使えばiPS細胞は安全だ」といったところをお見せ出来たのではないかと思います。

その後、日本ではRPE細胞だけでなく、心臓や角膜等10以上のiPS細胞を使った臨床試験が行われて来ました。網膜や脊髄は体性幹細胞を採取出来ず、再生医療としては初めての試みとなる為、臨床研究による開発となりました。研究開発の過程で治験の問題点も明らかになりました。治験は製品を作り売る為の方法で、治療法を開発する方法だとは思えない部分が有ります。つまり、細胞のリスクばかりが強調され治療方法等はあまり問題にならない。しかし、加齢黄斑変性の患者は70代、80代が殆どで、医師から言えば、免疫抑制剤や手術リスクの方が心配です。それなのに、治験では免疫抑制剤や手術のリスクは問題にならず、細胞の安全性ばかりが議論され、(現在は変化していますが)10年前には低分子化合物と同様の考えで安全の為に多額の費用を掛けて検査しなければなりませんでした。もう1つの問題は、保険点数は製品にしか付かず、治療準備等の医療には点数が付かない点です。

1回目の臨床試験の結果は、我々の予想した通りの結果でした。iPS細胞は危険だと言われる中、世界中から注目される治療だった為、絶対に成功させなければならなかった。成功というのは、患者が効き目を実感出来、喜ぶという事でなければなりません。そこで、自家細胞から作製した細胞シート移植という最も困難なスタイルを試みました。又、再生医療に取り組む為には眼科専門病院が必須だと考え、神戸市にお願いして、市立中央市民病院と先端医療センター病院の両眼科部門を統合し、17年に公立初の眼の専門病院として神戸アイセンター病院を開設して頂きました。

■医師に報いる為に先進医療を選択

細胞はシートで機能するのですが、手術の際、切開する部分は小さい方が良いという事で、2回目の臨床試験では網膜の小さな穴からバラバラの細胞を注入し、眼球内でシートを作ろうとしました。これは動物実験では上手く行きましたが、患者の場合は思う様にコントロール出来ませんでした。そこで、紐状の細胞を編み出したところ、小さな穴から注入出来、中で広がってシート状になる事で上手く行きました。これは最も優れた剤形だと思います。バラバラの細胞を注入する方法でも細胞は生着し、視力を維持する事が出来たので、効果が無かった訳ではありませんが、臨床チームとしては紐方式を採用しました。治験では、一度決めた剤形を変える事は難しいのですが、当時は世界初の試みだった為、テストと実装を繰り返すアジャイル型の開発としました。

視細胞の移植は更に難しく、網膜色素上皮とは違って神経ネットワークに組み込まれないといけません。本当に出来るのか、と万代道子医師が8年以上掛けて、1つずつ証明して来ました。その中で分かったのは、シナプスが形成される際、元から有る患者の細胞の方から手を伸ばしているという事です。つまり、変性した視細胞以外のニューロンに変性が及んでいると移植しても効果は無く、移植では患者を選ぶ必要が有ります。

再生医療といっても、視力が劇的に回復する訳ではなく、病気の進行を止め、失明を防ぐのが主な目的です。RPE細胞の移植手術では7年後も視力は落ち着き、移植した部分も正常に機能している事を確認しました。視細胞の移植でも、安全性が確認されています。これでRPE細胞と視細胞が手に入り、安全性が確認出来ましたので、次は効果を判定する臨床試験ですが、我々は先進医療を目指した臨床研究を行う事にしました。

先進医療を選んだ理由は、承認まで医療者が関わる事が出来る為です。従来の治験では、承認後に初めて医師が製品を手にし、あれこれ議論が始まります。しかしその結論が出るのは10年後です。又、先程も述べた通り、治験では製品には保険が下りますが、病院には行き渡らず、赤字が発生する可能性が有ります。再生医療では治療の前後の検査等にも時間が掛かり、そこで収支を合わせる事が出来ないと、医師はただ働きになってしまいます。医師の努力に報いる事が出来る様、先進医療で十分な額が病院側に入る方法を考えました。

■「八方良し理論」で新たな自由診療の形を

再生医療は薬と違い、手術を用いた外科系の治療です。点滴で行う細胞治療は薬物治療と似ていますが、細胞の移植になると、局所の手術が必要です。低分子創薬では、最終製品が内服薬なり注射薬なり、治療に直結しますが、細胞治療の場合は、細胞が出来たからといって治療が出来る訳ではありません。この違いは医療側から見れば分かりますが、製薬会社ではあまり意識されていません。又、低分子創薬の方法で治療開発を進めると、医療費が高額になり、公的保険で出来るのかという問題も生じます。再生医療は既存の「治験」「承認」「保険収載」という流れでは開発は難しいのです。この仕組みはそろそろ限界に来ていると思います。我々は、医師が会社をも経営し、責任を持って自分達でやり遂げたいと考えて来ました。今の医療システムでは、再生医療は絶対に標準治療にならない。その問題を解決する為には、先進医療として治療を開発し、自由診療で医療を提供する事だと考えています。

安全性確保法で登録された自由診療の中には明確なエビデンスが無いものも有ります。一方で、iPS細胞の再生医療でシビアな事を数多く求められて来ました。その大きなギャップを近づける様に、エビデンスの無い自由診療には線引きが必要だと厚労省には申し入れているのですが。

又、再生医療の現状として、治験が終わってもビジネスとして成立しない場合も有ります。そうなると患者に医療が届かない。又一律の保険点数の中で頑張っている能力の高い医師が苦境に立たされているという現状を何とかしなければなりません。そこで私は、これらの問題を解決する方法として「八方良し理論」を提唱しています。それは「エビデンスのある自由診療」という、新たな高度医療を設ける事です。そこに民間の互助的保険を付ける事により、イノベーティブな治療を賄う財源を確保出来、頑張っている医師に相応の対価が支払われる様に出来ます。民間保険会社の先進医療特約の様な仕組みが活用出来れば、自由診療の高額な医療費でも、患者は保険金で賄えます。線引き自体は学会主体で行います。この案は、膵島移植を保険収載した京都大学の穴澤貴行先生やがんの治療開発に取り組む藤田医科大学の佐谷秀行先生の賛同も得て、昨年9月にはセミナーも開催し、大変な反響が有りました。因みに「八方良し理論」の“八方”とは、財務省、厚労省、経産省、研究医、大学や基幹病院、患者、製薬企業、保険会社の8つです。民間保険を導入して先進医療を進めるという考えについては、国には概ね了承頂いています。研究医や大学病院は収入が確保出来、患者も海外で行われている有効な治療が受けられる。製薬会社も、適正価格を設定出来る。残るは保険会社だけというところまで来ました。勿論、商品として成り立つ保険特約を開発しなければなりませんが、前向きな保険会社も有ります。今後、学会と保険会社で話し合い、特約の条件が設定出来れば、全ての利害関係者から了承を得た事になります。後は、各自が勝手に高額な価格を設定する事が無い様、一定の料金設定も必要です。難しいですが、経済学の専門家とも相談しながら調査・検討を進めています。

今後、神戸アイセンターは、東京の自由診療の病院と組み、インバウンドの治療と共に海外に輸出する病院モデルを作る取り組みを行います。製品を販売するだけではなく、全てのノウハウをまとめた病院モデルを輸出したい。米国は当面FDAモデルの製品しか受け付けないでしょうから通常の方法で、一方で目下注目しているのは中東です。ヨーロッパのハブにもなり、最先端の医療の受け入れにも積極的です。海外患者との接点準備の1つとして、完全自由診療でオンラインによる遠隔診療専門の神戸iクリニックを開設しました。更にAIに臨床経験をを移行すれば、医師自身が移動しなくても再生医療輸出が出来ると考えています。

講演採録

■臨床試験から見えて来た治験の課題

世界初のiPS細胞治療が行われたのは14年9月12日。この時、私はインタビューで「これが始まりです」と話しました。眼科医として、患者を治療する事が出来て初めて成功だという思いが有り、「これを標準治療にするにはどうしたら良いのだろう」と考えていたのを覚えています。それから今迄考え続け、自分なりに答えも見えて来ました。

脳と繋がっている中枢神経である網膜は、一旦悪くなると細胞が再生せず、これ迄治療法は有りませんでした。これに対し、我々の網膜再生医療は、網膜の中で光を受け取る視細胞と、それをメンテナンスする網膜色素上皮細胞(RPE細胞)の2種類を対象としています。視細胞やRPE細胞の有る部分は2種類の細胞だけで出来ていて、この2種類の細胞を再生させれば治療が可能になります。只、注意が必要だったのは病名です。実は網膜色素上皮の病気は遺伝子毎に病名が変わる為、病名毎に治験をしていては埒が明かない。これには苦い経験が有り、加齢黄斑変性の新生血管によく効く抗VEGF薬は、加齢黄斑変性で承認された為、近視性黄斑新生血管には使えないという状態が長く続いてしまったのです。

医師から見れば近視性にも効く筈ですが、病名が違う為、使える様になる迄7年掛かりました。その間、多くの人が治療されずに視力低下を来しました。この反省から、今回は網膜色素上皮の再生で治せる病気は全て網膜色素上皮不全症と考えて良いのではないかと、細胞から見た新しい疾患概念を提案しました。眼科学会で、約20大学からなる「iPS細胞由来網膜色素上皮移植研究会」を開催し、「病名で分けるのは、今の時代にそぐわない」と話し合っています。

14年の1例目について説明すると、患者本人のiPS細胞からRPE細胞を分化誘導しましたが、ポイントは純化したという点です。この細胞は、これ迄転移性の腫瘍になったという報告が1例も無い大人しい細胞で、最初のiPS細胞を使った再生医療は、これにすべきだと最初から考えていました。iPS細胞はどんどん増えていく為、当時はがん細胞と一緒だと見る向きも多く、「危険だ」と止める人も多かった。しかし、我々はRPE細胞の特性を熟知しており、「こうやって使えばiPS細胞は安全だ」といったところをお見せ出来たのではないかと思います。

その後、日本ではRPE細胞だけでなく、心臓や角膜等10以上のiPS細胞を使った臨床試験が行われて来ました。網膜や脊髄は体性幹細胞を採取出来ず、再生医療としては初めての試みとなる為、臨床研究による開発となりました。研究開発の過程で治験の問題点も明らかになりました。治験は製品を作り売る為の方法で、治療法を開発する方法だとは思えない部分が有ります。つまり、細胞のリスクばかりが強調され治療方法等はあまり問題にならない。しかし、加齢黄斑変性の患者は70代、80代が殆どで、医師から言えば、免疫抑制剤や手術リスクの方が心配です。それなのに、治験では免疫抑制剤や手術のリスクは問題にならず、細胞の安全性ばかりが議論され、(現在は変化していますが)10年前には低分子化合物と同様の考えで安全の為に多額の費用を掛けて検査しなければなりませんでした。もう1つの問題は、保険点数は製品にしか付かず、治療準備等の医療には点数が付かない点です。

1回目の臨床試験の結果は、我々の予想した通りの結果でした。iPS細胞は危険だと言われる中、世界中から注目される治療だった為、絶対に成功させなければならなかった。成功というのは、患者が効き目を実感出来、喜ぶという事でなければなりません。そこで、自家細胞から作製した細胞シート移植という最も困難なスタイルを試みました。又、再生医療に取り組む為には眼科専門病院が必須だと考え、神戸市にお願いして、市立中央市民病院と先端医療センター病院の両眼科部門を統合し、17年に公立初の眼の専門病院として神戸アイセンター病院を開設して頂きました。

■医師に報いる為に先進医療を選択

細胞はシートで機能するのですが、手術の際、切開する部分は小さい方が良いという事で、2回目の臨床試験では網膜の小さな穴からバラバラの細胞を注入し、眼球内でシートを作ろうとしました。これは動物実験では上手く行きましたが、患者の場合は思う様にコントロール出来ませんでした。そこで、紐状の細胞を編み出したところ、小さな穴から注入出来、中で広がってシート状になる事で上手く行きました。これは最も優れた剤形だと思います。バラバラの細胞を注入する方法でも細胞は生着し、視力を維持する事が出来たので、効果が無かった訳ではありませんが、臨床チームとしては紐方式を採用しました。治験では、一度決めた剤形を変える事は難しいのですが、当時は世界初の試みだった為、テストと実装を繰り返すアジャイル型の開発としました。

視細胞の移植は更に難しく、網膜色素上皮とは違って神経ネットワークに組み込まれないといけません。本当に出来るのか、と万代道子医師が8年以上掛けて、1つずつ証明して来ました。その中で分かったのは、シナプスが形成される際、元から有る患者の細胞の方から手を伸ばしているという事です。つまり、変性した視細胞以外のニューロンに変性が及んでいると移植しても効果は無く、移植では患者を選ぶ必要が有ります。

再生医療といっても、視力が劇的に回復する訳ではなく、病気の進行を止め、失明を防ぐのが主な目的です。RPE細胞の移植手術では7年後も視力は落ち着き、移植した部分も正常に機能している事を確認しました。視細胞の移植でも、安全性が確認されています。これでRPE細胞と視細胞が手に入り、安全性が確認出来ましたので、次は効果を判定する臨床試験ですが、我々は先進医療を目指した臨床研究を行う事にしました。

先進医療を選んだ理由は、承認まで医療者が関わる事が出来る為です。従来の治験では、承認後に初めて医師が製品を手にし、あれこれ議論が始まります。しかしその結論が出るのは10年後です。又、先程も述べた通り、治験では製品には保険が下りますが、病院には行き渡らず、赤字が発生する可能性が有ります。再生医療では治療の前後の検査等にも時間が掛かり、そこで収支を合わせる事が出来ないと、医師はただ働きになってしまいます。医師の努力に報いる事が出来る様、先進医療で十分な額が病院側に入る方法を考えました。

■「八方良し理論」で新たな自由診療の形を

再生医療は薬と違い、手術を用いた外科系の治療です。点滴で行う細胞治療は薬物治療と似ていますが、細胞の移植になると、局所の手術が必要です。低分子創薬では、最終製品が内服薬なり注射薬なり、治療に直結しますが、細胞治療の場合は、細胞が出来たからといって治療が出来る訳ではありません。この違いは医療側から見れば分かりますが、製薬会社ではあまり意識されていません。又、低分子創薬の方法で治療開発を進めると、医療費が高額になり、公的保険で出来るのかという問題も生じます。再生医療は既存の「治験」「承認」「保険収載」という流れでは開発は難しいのです。この仕組みはそろそろ限界に来ていると思います。我々は、医師が会社をも経営し、責任を持って自分達でやり遂げたいと考えて来ました。今の医療システムでは、再生医療は絶対に標準治療にならない。その問題を解決する為には、先進医療として治療を開発し、自由診療で医療を提供する事だと考えています。

安全性確保法で登録された自由診療の中には明確なエビデンスが無いものも有ります。一方で、iPS細胞の再生医療でシビアな事を数多く求められて来ました。その大きなギャップを近づける様に、エビデンスの無い自由診療には線引きが必要だと厚労省には申し入れているのですが。

又、再生医療の現状として、治験が終わってもビジネスとして成立しない場合も有ります。そうなると患者に医療が届かない。又一律の保険点数の中で頑張っている能力の高い医師が苦境に立たされているという現状を何とかしなければなりません。そこで私は、これらの問題を解決する方法として「八方良し理論」を提唱しています。それは「エビデンスのある自由診療」という、新たな高度医療を設ける事です。そこに民間の互助的保険を付ける事により、イノベーティブな治療を賄う財源を確保出来、頑張っている医師に相応の対価が支払われる様に出来ます。民間保険会社の先進医療特約の様な仕組みが活用出来れば、自由診療の高額な医療費でも、患者は保険金で賄えます。線引き自体は学会主体で行います。この案は、膵島移植を保険収載した京都大学の穴澤貴行先生やがんの治療開発に取り組む藤田医科大学の佐谷秀行先生の賛同も得て、昨年9月にはセミナーも開催し、大変な反響が有りました。因みに「八方良し理論」の“八方”とは、財務省、厚労省、経産省、研究医、大学や基幹病院、患者、製薬企業、保険会社の8つです。民間保険を導入して先進医療を進めるという考えについては、国には概ね了承頂いています。研究医や大学病院は収入が確保出来、患者も海外で行われている有効な治療が受けられる。製薬会社も、適正価格を設定出来る。残るは保険会社だけというところまで来ました。勿論、商品として成り立つ保険特約を開発しなければなりませんが、前向きな保険会社も有ります。今後、学会と保険会社で話し合い、特約の条件が設定出来れば、全ての利害関係者から了承を得た事になります。後は、各自が勝手に高額な価格を設定する事が無い様、一定の料金設定も必要です。難しいですが、経済学の専門家とも相談しながら調査・検討を進めています。

今後、神戸アイセンターは、東京の自由診療の病院と組み、インバウンドの治療と共に海外に輸出する病院モデルを作る取り組みを行います。製品を販売するだけではなく、全てのノウハウをまとめた病院モデルを輸出したい。米国は当面FDAモデルの製品しか受け付けないでしょうから通常の方法で、一方で目下注目しているのは中東です。ヨーロッパのハブにもなり、最先端の医療の受け入れにも積極的です。海外患者との接点準備の1つとして、完全自由診療でオンラインによる遠隔診療専門の神戸iクリニックを開設しました。更にAIに臨床経験をを移行すれば、医師自身が移動しなくても再生医療輸出が出来ると考えています。

質疑応答

尾尻 再生医療はいつ頃、治療として確立するのでしょうか。

髙橋 当時は、再生医療の実験段階から注目されていた為、報道された後の外来が辛かったですね。通常は臨床の段階で発表されるのに、iPS細胞という事も有り、基礎研究の段階から注目されてしまいました。全国から新聞を握り締めて大勢の患者が来院されましたが、最初の頃は「未だ動物実験の段階だ」と説明すると、患者は泣きながら帰って行きました。早く何とかしなければ、という思いで続けて来て、今では「あなたは何年後には治療出来る」「残念ながら、あなたには当て嵌らない」等と明確に答えられる様になりました。現場の感覚で言えば、網膜色素上皮の移植は既に「治療」という感覚で、視細胞移植も5年後位には治療と呼べるでしょう。

土屋了介・公益財団法人ときわ会顧問 最近は特許を取得し、研究施設を整備したり研究費を確保したりする先生も増え、山中先生も特許を取得しました。iPS細胞の研究では特許の効果が研究面等に現れているのでしょうか。

髙橋 日本は研究力が低下していると言われますが、それは今迄お金の話をして来なかったのが一因だと思います。ライセンスを持たなければ、ビジネスを進める上で話になりません。最近読んだビジネス書には、「ギブアンドテイク」がビジネスでは良いと思われているが、データを見ると「ギバー」が一番成功している。しかも“賢いギバー”は大成功するが、賢くないギバーは底辺であると書かれていました。我々医師は正にギバーであり、日本のアカデミーも賢いギバーにならなければいけません。

荏原太・医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 先進的な医療の分野では、海外からのオファーも多いと思います。それでも日本に留まる理由と、再生医療を進めるに当たり、学会と製薬業界とのコンビネーションの必要性をお聞かせ下さい。

髙橋 日本の医療は、依然として世界から信頼が厚いです。中国の患者もオンラインで診療していますが、「中国の医療は全然信用出来ないから、どんな治療でも良いので日本で受診したい」という人が大勢います。それ程信頼を得ている日本の医療を、利用しない手は無く、それを世界に届けたいと思っています。その際に、産学連携は非常に重要です。しかし、現状はアカデミア側が企業を下に見ている様な気がして、その関係は確かにおかしい。互いが対等な関係にならないといけません。モチベーションはES細胞で味わった悔しい経験が源となっています。霊長類のES細胞で治療出来る事を我々が最初に論文として発表しましたが、ES細胞による網膜色素上皮の治験は米国が先でした。当時の日本にはES細胞を巡る議論が有り、開発を進められなかった。その悔しさからiPS細胞が発表された時は、絶対に我々が最初にやろうと決意しました。

高松研・学校法人東邦大学学長 視細胞には3種類有るとの事ですが、分化はどの様になっており、その後のネットワークはどの程度の回復が期待出来るのでしょうか。又、患者を髙橋先生にご紹介するにはどの様にすれば良いのでしょう。

髙橋 3種類の視細胞は全て分化して行きます。周辺部の網膜では桿体が優位で、15%位が錐体となります。シナプス形成についても仔細な動物実験での検査法を開発して視細胞移植後のシナプス形成を世界で初めて証明していますが、正直な所、多くは完全にノーマルな反応ではなく、未熟な反応に留まっています。光や形が見える様になる迄は期待出来るという状況です。オンライン診療は、まだ宣伝をしていませんので患者は少ないです。自由診療の為、診察料は5万5000円で、主治医の紹介は必要ありません。データも携帯電話のカメラで撮影したものでも、プリントアウトしたものでも構いません。希望される患者には神戸iクリニックをご紹介下さい。

石渡勇・医療法人石渡会石渡産婦人科病院院長 iPS細胞を使った再生医療は、今後世界を席巻して行くだろうと思っていますが、国の経済的なバックアップは本当に期待出来るのでしょうか。

髙橋 カリフォルニアの10分の1であるとはいえ、国の支援は既に十分で、最近はiPSに偏り過ぎだと批判される程です。今後は国ばかりに頼ってはいられないと会社を作り、米国の資本も取り込む為に米国に拠点を作りました。しかし、突然国の政策で保険点数を半額にされたらビジネスにはなりません。

深尾立・独立行政法人労働者健康安全機構千葉労災病院名誉院長 40年前に脳死移植が議論された頃、著名な医事評論家が「危険な事は全部外国でやっているのを見て、安全を見極めたら日本で取り入れる。これが賢いやり方だ」と言っているのを聞き、非常に驚きました。そうした風潮が有る中で最先端医療に取り組まれている事に敬意を表します。又、医療保険を使うとの事ですが、既に病気の人も保険を利用する事が出来るのでしょうか。

髙橋 リスクを取らないというところで、日本は経済的に負けているのではないかと思っています。しかし、医師は普段から責任を負って仕事をしているので胆力が有る。現在日本で再生医療が上手く進んでいるのは、医師達が自ら責任を持って開発しているからだと思います。製薬会社はリスクを正確に理解出来ず、責任も取れない事からゼロリスクに向かってしまいがちです。PMDAも分からない事に対しての責任は取れないのだろうと思います。しかし、医療保険の先進医療特約は順調に成功している様で、各社は積極的に商品化をしています。病気の人でも入れる先進医療特約も有ると聞いていますが、私も未だあまり詳しくありませんので、今後保険会社と相談して進めて行こうと考えています。

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