2018年9月26日(水)、16:30~18:00、衆議院第二議員会館の多目的会議室にて、「日本の医療の未来を考える会」の第27回勉強会を開催いたしました。詳細は、月刊誌『集中』2018年11月号にて、事後報告記事を掲載いたします。
まず、当会主催者代表の尾尻佳津典より、挨拶させていただきました。
「平田直先生の著書に、地震は防ぐことができないが、震災を小さくすることはできる、という趣旨の言葉があり、大変勉強になりました。また、厚生労働省の高崎洋介室長の部署では、医療機関の耐震性について調査し公表していますが、多くの病院の耐震性が不明だというのに驚いた記憶があります」
続いて、当会国会議員団会長の原田義昭・衆議院議員からご挨拶いただきました。
「『災害は忘れた頃にやってくる』と言ったのは寺田寅彦先生です。先生は『災害は正しく恐れる』とも言っています。むやみに怖がるのも、あなどるのもよくない。震災について考えるとき、正しく恐れるためには、しっかり勉強しておく必要があります」
今回の講演は、東京大学地震研究所地震予知研究センターセンター長の平田直氏による『地震予測の現状と想定される被害』、厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室室長の高崎洋介氏による『医療機関における震災のリスクマネジメントに関わる厚生労働省の取組』と題するものでした。以下はその要約です。
『地震予測の現状と想定される被害』講師・平田直氏
■科学的知見から得られる大規模地震災害の予測
「地震」と「震災」は区別する必要があります。地震とは、地下で強い力が岩石に加わり、岩石がずれるように破壊される自然現象です。地震が発生すると、地表が強く揺れる地震動が起きたり、海底が動いて津波が発生したりします。そこに多くの人が住んでいると震災が発生します。震災は社会経済現象です。
地震がどこで発生し、どのような社会があったかによって、発生する災害は違ってきます。東日本大震災では大きな津波が発生し、2万人余りの死者・行方不明者が出ました。約9割の方が溺死です。関東大震災では10万人以上が犠牲になり、約9割が火災により亡くなっています。阪神淡路大震災では6000人余りが犠牲になり、その8割5分は建物の倒壊などによる圧死でした。
日本では、明治時代からの120年間で、1000人以上の死者・行方不明者を出した大震災が12回起きています。等間隔で起きているわけではありませんが、10年に1回ほどの割合で起きているのです。
地震調査研究推進本部という国の機関が、地震の発生する可能性の予測と、強い揺れになる可能性の予測を行い、「確率論的地震動予測地図」を作って発表しています。今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を示したものです。震度6弱というのは、普通の人が立っているのが困難で、耐震化されていない木造家屋が倒壊するような強さです。このような揺れが、日本中どこでも起こる可能性があります。
また、揺れやすさマップも作られています。M(マグニチュード)6.8の地震、つまり神戸や熊本で起きたような地震が発生したときに、地面がどの程度揺れるかを示したものです。首都圏、名古屋、大阪といった大都市は震度が大きいことがわかります。大都市は平地にできますが、堆積岩でできている平地は、火山岩に比べて軟らかく、揺れやすいのです。
■南海トラフ巨大地震や首都圏直下型地震で想定される被害
南海トラフ地震については、7世紀くらいから現在までに、7~8回くらい大きな地震が起きています。M8~9の東北で起きたような地震が起きる可能性が高いことがわかっています。発生確率は今後30年間で80~90%です。
首都直下地震は、想定されているのは、神戸や熊本で起きたようなM7程度の地震です。M7の地震は、世界的に見れば非常に大きな地震ですが、日本では普通にときどき起きている地震です。M7以上の地震が日本でどのくらい起きているかを調べると、この150年間に200回余り起きています。1年に1回くらいは、日本及びその周辺で起きているのです。それが首都直下で起きると、大きな震災となります。関東だけでも、最近の100年でM7程度の地震が5回起きています。江戸時代からの200年では8回起きています。
この地震が首都直下で起きたらどうなるでしょうか。内閣府の中央防災会議は、地震の発生しそうな場所を19か所仮定し、どこで起きると最も被害が大きいかを調べました。その結果、首都南部直下で起きたときに大きな被害になることがわかりました。ここでM7.3の地震が起きると、震度6弱以上になる面積が一都三県の約3割を占めます。この3割の地域で、耐震化されていない木造家屋が倒壊します。その結果、最悪のシナリオでは、死者が2万3000人になると想定されています。61万棟の家屋が全壊・焼失し、負傷者数は最大で12万3000人となります。これら被害想定の数字を小さくするために、都道府県や市町村に対策をお願いしています。
家屋の全壊や焼失がどこで起こるかというと、山手線の外側で環状7号線の内側あたりです。東京都は防災都市づくり推進計画を作成し、木造家屋が密集して狭い道路がある地域を整備地域とし、都や区はここを重点的に整備することになっています。東京都の資料によれば、23区の面積の約10%が整備地域で、人口の約20%がここに住んでいます。
首都直下地震が起きると、消防能力を超える火災が同時多発的に発生し、火災は2日間続きます。停電も起きます。湾岸の火力発電所が被災すれば電力供給量が半減し、これが1週間以上続きます。帰宅困難者は、東日本大震災のときで500~600万人でしたが、940万人になると予想されています。避難者は720万人。経済被害は100兆円弱で、ほぼ国家予算に近い金額となります。
■災害軽減のための対策
災害軽減のために効果が明らかなのは、建物を耐震化することです。首都圏の耐震化率は約90%ですが、これを100%にすると、首都直下地震で倒壊したり消失したりする家屋数も、死亡者数も、ほぼ1割~1割5分程度にまで減らすことができます。
南海トラフ地震については、従来は地震予知による防災体制が取られてきました。東海地震が起きるという警戒宣言が出ると、例えば新幹線を止め、病院の外来を閉めると決められていたのです。しかし昨年12月に中央防災会議のワーキンググループから、地震予知による防災体制はとらない、ということが発表されました。現在は、国は地震の発生する可能性が高まったということを知らせ、あとは自主的に考えてもらう体制になっています。新幹線を止めたり、病院の外来を閉めたりはしないので、それぞれの事業者が判断し、安全と考えれば事業を継続し、危険だと考えれば対策をとってくださいということです。「規制」から「自主」へと変わってきたのです。これで震災を軽減するためには、防災リテラシーを高めていく必要があると考えられています。
『医療機関における震災のリスクマネジメントに関わる厚生労働省の取組』講師・高崎洋介氏
■リスクマネジメントの全体像
厚生労働省では、災害医療に関しては、災害拠点病院などを整備する「モノ」、DMAT(災害派遣医療チーム)などを整備する「ヒト」、災害時情報網などのシステムを整備する「コト」について重点的に取り組んでいます。また、防災に関しては都道府県の取組も重要で、安全で質が高く効率的な医療供給体制を確保するためには、都道府県が中心となって施策を企画立案して実行し、国は都道府県の取組を支援することになっています。
災害医療に関しては、災害時に多数発生する傷病者、被災した医療機関の入院患者等に対して、地域内外の医療資源を活用して医療を提供できる体制を整備しておく必要があります。また、災害においては、時間の経過に伴ってフェーズが変わっていくので、フェーズに対応した医療を供給できることも大切です。初期の48時間くらいまでは、災害に特化した医療チームであるDMATが活動し、急性期から亜急性期に至る過程では、日赤救護班やJMATなどの医療救護班が活動します。また精神医療についてはDPATが、保健公衆衛生については他県の保健所からの支援を受けます。急性期のさまざまなニーズには、被災した地域内のリソースでは対応しきれないので、地域外のチームによる援助を受けて医療を供給します。ただ、その時期を乗り切った後は、なるべく早く被災地域の自治体へと移管していくことが大切です。
■ヒト(人的資源)
DMATは、災害の急性期に活動できる機動性を持つトレーニングを受けた医療チームです。平成17年から研修事業を開始し、現在では約1600チームが研修済です。1チームは、医師1人、看護師2人、業務調整員1人の4人が基本。災害が発生すると都道府県から要請が出され、すぐに駆けつけます。熊本地震では500チーム弱、約2000人が派遣されました。東日本大震災のときは、400チーム弱、2000人弱が派遣されました。DMATの隊員養成に関しては、毎年予算を増額しており、隊員数は順調に増えてきています。
災害時には、数百チームのDMATが一気に被災地に入るため、隊員をニーズの高いところに効率よく配置することも大切です。そのため、都道府県において災害医療コーディネーターの研修が行われています。災害医療コーディネーターは、もともとその地域で活動している医療従事者に委嘱することが期待されています。
■モノ(医療施設等)
日本には災害拠点病院が700ほどあります。災害時に多発する重篤な救急患者の救命医療を行うことを期待されている病院です。重症傷病者の受け入れ機能、DMATの派遣機能、DMATの受け入れ機能などの他、設備の堅牢性なども求められています。耐震化、自家発電装置、食糧飲料水の備蓄など、災害に強いことが必要です。
病院の耐震化は年々進んできていますが、災害拠点病院でも1割程度、病院全体では3割程度に未耐震の建物があります。そこで、耐震整備を進めるための各種補助事業を行っています。また、建物の耐震化以外に、自家発電設備、受水槽、備蓄倉庫、ヘリポートなどについても、基幹病院や災害拠点病院には補助事業を行っています。
■コト(情報、計画)
災害に立ち向かっていくため、システムの強化にも取り組んでいます。
1つはBCP(事業継続計画)です。災害時に重要な業務が中断せず、万一中断した場合でも、なるべく早く事業を復旧させるための経営戦略のことです。それにはさまざまな準備が必要になります。
厚生労働省は、東日本大震災のあった平成23年に、災害医療等のあり方に関する検討会を開き、東日本大震災の教訓を災害医療に役立てるという観点で議論していただきました。その結論は、医療機関が自ら被災することを想定して防災マニュアルを作成する、ということでした。BCPとしての性格を有する長期的な対応が整備されることは少ないと考えられるため、震災の経験を踏まえ、長期的な対応も想定して各病院が作成することが望ましいとされたのです。そこで、BCPの策定が努力義務となりました。ところが、その後もBCPの策定があまり進まなかったため、熊本地震以降、災害拠点病院においてはBCPの策定が義務化されています。
もう1つのシステムがEMIS(広域災害・救急医療情報システム)で、災害時に有益なツールであるとして期待されている情報システムです。災害時に医療機関が自らの被災情報を入力することで、行政が医療機関の状況をいち早く知ることができるため、必要な支援を早く受けられるようになります。災害時におけるEMISは、①医療機関の被害状況を把握する機能、➁DMATなどの派遣要請を調整する機能、➂患者の受け入れや搬送を調整する機能を発揮します。被災状況は刻一刻と変化するので、電話連絡では、次につながるまで何が起きているのかわかりません。EMISに入力することが迅速な支援につながります。
■南海トラフ地震・首都直下地震
南海トラフ地震はこれまでの大震災に比べても、圧倒的に被害が大きくなることが予想されています。もし起きた場合には、医療に限らず、救急や消防などとの協働が必要となります。また、災害時には、保険診療とは別に、災害処方箋などを使用する災害医療が提供されます。これは必要ですが、地元の住民が早く日常に戻るためには、保険診療で医療が提供されるようになることも重要です。なるべく早く地元のリソースにバトンタッチしていくことが大切なのです。
南海トラフ地震と首都直下地震が起きた場合の医療活動の計画がまとめられています。南海トラフ地震は広範囲に影響が及ぶため、被災した地域内の医療リソースでは対応しきれません。首都直下地震については、全国の災害拠点病院の2割が首都圏に存在するので、被災地内の医療資源を十分に活用することも求められています。
質疑応答では次のような発言がありました。
尾尻:「耐震化のための予算が約32億円となっていますが、これは年間予算ですか。ずいぶん少ないように思いますが」
高崎:「年間予算です。補助事業ですので、このような予算になっています」
加納宣康(医療法人沖縄徳洲会千葉徳洲会病院院長):「EMISの説明を聞きましたが、実際に災害が起きたときに、現場で情報を入力するまでに時間がかかりそうな気がします。すぐに入力するのは難しいのでは?」
高崎:「熊本地震では8割の医療機関が入力しています。代行入力という方法があり、EMISのアカウントのある人が、電話などで病院の被災状況を確認し、その人が入力するのです。実際に医療機関が入力できたのは、熊本では2割でした。今年の北海道の地震では、停電になったこともあり、代行入力がけっこう多かったのが事実です。EMISを入力すれば行政が助けてくれるという意識の醸成を進めることが、EMISの入力を促すインセンティブになるのではないかと思います」
荏原太(医療法人すこやか高田中央病院院長):「災害協力病院になっているのですが、神奈川県で訓練を受けていまして、災害発生から30分以内に入力することを目標にしています。災害時を想定し、衛星電話なども使って入力できるようにしています。実際に行ったことはありませんが、普段から訓練を行っておくことが、EMISの活用につながるのではないかと思います」
田邉一成(東京女子医科大学病院病院長):「5年後くらいに病院の新築を検討しています。大学病院など高度な医療を行っている病院は、全体の20~25%ほどが関東地区にあるため、首都圏で震災が起きた場合には、患者の搬出を考えるのではなく、地域内の拠点病院で治療を行う、という考えでよいのでしょうか。というのも、新しい病院は、停電時に通常電力の100~130%程の非常電力を供給できるようにする予定です。災害が起きてたくさんの患者がくることを考えると、自家発電が50~60%程度では対応できないと考えるからです」
高崎:「関東地区における災害拠点病院として、大きな病院にはそのような役割が期待されています。災害時には中心的な役割を担っていただくことをお願いしたいと思います」
庄古和久(東京女子医科大学東医療センター救急医療科部長):「普段からDMATの訓練をしていますが、重症患者を域外に出す訓練ばかりしています。搬出した場合、域外の病院に着くまでに、3~4時間かかることがわかっています。重症患者の命を保って、域外の安全な病院まで行くことは実際には困難です。域内で何とかしなければいけません。DMATの活動が始まったときには、建物の倒壊や火災などによって、域内の病院が機能しなくなることを前提に計画が立てられています。しかし、災害拠点病院の耐震性はかなり向上していますし、いろいろな面で地震に強くなっています。重症患者は域内の病院で安定化させ、それから域外に搬送するように方針を変えるべきだと思います。もう1点、首都圏の病院に勤務する医師は、病院から離れたところに住んでいる方が多く、災害時になかなか集まることができません。役所の災害関係者はすぐに集まれる場所に住むということがあるようですが、災害拠点病院の医師に関しては、なるべく短時間で集まれるように、近くに住む人にインセンティブを与えるなど、域内の病院をうまく機能させるための仕組みを作るとよいのではないでしょうか」
高崎:「広域搬送が逆に患者の命に影響を及ぼす可能性があることは、ご指摘の通りでしょう。いろいろなパターンを想定し、域内の医療資源を有効に活用することも考えていく必要あると思います。住まいに関しては、行政でも災害に関わる者は、23区内や30分以内といった範囲が決められています。そういった人的な体制を整えていくことも検討してまいりたいと思います」
土屋了介(公益財団ときわ会顧問):「私の経験では、病院は耐震より免震がいいようです。東日本大震災のとき、私はがん研にいましたが、免震構造の病院ではボトル1本倒れませんでした。その後、神奈川県立病院機構に行きましたら、耐震構造なので建物は問題なかったらしいのですが、中はぐしゃぐしゃになったそうです。お金がかかっても免震構造にしておくべきだと思います。もう1つ、EMISに関してですが、災害が起きたときにスマホから自動的に発信できるとか、GPSを使って発生源が把握できるとか、そういった対策も考えるよいのではないでしょうか」
高崎:「最近は、建て替えなくても免震構造をインストールできる技術があるそうです。そのような技術についても、今後の施策として考えていきたいと思います。EMISについては、GPSでマップに表示されるとか、IoTを活用するとか、最新の技術を駆使することで、入力者の負担を減らしたり、得られた情報をより有効に利用したりできるようにしていく必要があると考えています」
原田:「地震の予知は、ある時期盛んに行われていたと思いますが、地震予知に頼った防災体制はとらないことになりました。予知が難しいので諦めるということなのですか」
平田:「私の専門は地震予知の研究で、この研究は現在も続けられています。しかし、防災情報として使うには、地震学を基礎とした統計学による確率論的な予測のほうが実用的である、という考えが主流です。以前のやり方は、3日後くらいに地震が起きることを予知し、それを前提として新幹線を止めたり、病院の外来を閉めたりする、というものでした。これは社会的負担が大きすぎるということで、もう少しあいまいな情報でリスクを管理することにしたのです。人々に判断をゆだねるという方法です。ただ、このような変更があっても、地震予知の研究や観測は続けられています」
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