日本の医療の未来を考える会

第63回 ウクライナ紛争を解決する糸口とは 鍵を握るプーチンの思考を読み解く
(東京大学先端科学技術研究センター講師 小泉悠先生)

第63回 ウクライナ紛争を解決する糸口とは 鍵を握るプーチンの思考を読み解く(東京大学先端科学技術研究センター講師 小泉悠先生)

2022年2月にロシアがウクライナに侵攻してから約10カ月。ロシアは短期間で首都キーウ(キエフ)を占領し、ゼレンスキー大統領を捕縛する予定だったとされるが、西側諸国によるウクライナ支援も有って戦闘は長期化している。既にロシアは北部侵攻を断念し、一度は占領した南部や東部の地域でもウクライナの奪還を許すなど苦戦が続いているが、依然としてウクライナへの攻撃は続いている。ウクライナ侵攻について、ロシアのプーチン大統領はどの様に考えているのか、そして停戦の糸口は見出せるのか。ロシアの軍事戦略等に詳しい東京大学先端科学技術研究センター講師の小泉悠先生に講演頂いた。


原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):国会議員時代、ウクライナのコルスンスキー大使とは何度もお会いしました。彼にはよく「日本は北方領土の事を忘れてはならない」と言われましたが、ロシアは北方領土と同じ様に、全くの正当性も合理性も無くウクライナを侵略しました。これは国際法違反であり、西側諸国はロシアの暴挙を抑える為に行動しなければなりません。戦争を終わらせるには、プーチン大統領が考えを改めるか、彼を排除するしか有りません。プーチンは核兵器の使用をちらつかせていますが、このままでは核兵器を持てば、どんな悪辣な事も許されるという事になり兼ねないと懸念しています。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院厚生労働委員長、元内閣府副大臣、衆議院議員、医師):コンテナを利用した緊急時の医療施設の普及に「コンテナ議連」の一員として取り組んでいますが、議連では今、コンテナ医療ユニットをウクライナでの医療支援に活用出来ないかと考えています。様々な法律の制約も在りますが、防衛省や厚生労働省等と調整や検討を進めている所です。日本も国際社会の一員として、出来る事は全て取り組んで行かなくてはなりません。又、医療界ではかかりつけ医の機能や医師の働き方改革に関する議論が行われています。働き方改革を進めて地域医療は現在の水準を保てるのかという懸念も在ります。ぜひ医師の皆さんや現場の意見を聞かせて頂きたいと思っています。

和田 政宗氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):今年4月から不妊治療の保険適用が実現しましたが、これによって治療を受ける人が着実に増加し、若い人の割合も増えています。保険適用を契機に若い内に治療を始めた方が良いという意識が広まった結果だと感じています。又、国民皆歯科検診が政府の骨太の方針に盛り込まれる事になりました。歯周病の防止で心臓や脳の疾患、早産を防止出来るというエビデンスも積み上がっており、将来の介護費や医療費の負担抑制にも繋がると期待出来ます。医療費を抑制出来れば、経済対策や国防費の捻出に財源を充てられます。国民皆歯科検診は国や国民にとってもメリットが大きく、推進に向けて取り組みを強化して行きます。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):2012年に経産省の外郭団体や警察関係者ら数人とモスクワに行き、政府関係者や医学関係者に会って来ましたが、その中に若き研究者の小泉先生が居ました。それ以来、情報交換をさせて頂いています。白夜の中でウオッカを飲みながら、小泉先生の通訳でロシアの厚労省幹部と日露医療連携の話で盛り上がりました。彼の母校であるモスクワ大学の医学部長や厚労大臣と面談をしましたが、モスクワ大学の歴史とその雄壮さにただただ感動しました。赤の広場は観光客で賑わっていました。戦争で得るものは無いと知る事が大事です。今、最も知りたいのはプーチンの頭の中です。

講演採録

ロシア・ウクライナ戦争と日本の安全保障

■時代遅れの古いスタイルの戦争

私は丁度プーチンが大統領に就任した2000年に大学に入学しました。当時の国際関係論の授業の雰囲気は第2次世界大戦の様な大規模な戦争は、現代の世界では起こりにくいというものでした。

核抑止力が利き、世界は相互依存で結び付いているし、国際法的にも侵略戦争は出来ない。「大きな戦争が起こる可能性はゼロでは無いが、軍事ばかりを考えた国際関係論研究は古い」と言われた事も有ります。

ロシアの国土は広く、軍は5つの軍管区に分かれています。毎年秋に大演習を行うのですが、そこでは戦車を500両投入しての戦車戦とか、敵に制圧射撃を行った上で橋を架けるとか、第2次世界大戦で行われた様な戦闘の演習が続きます。私の様な軍事オタクには興味深いのですが、その一方で「今の時代にこんな戦闘をするのだろうか」という思いも有りました。ところが昨年2月24日、本当に古典的なスタイルの戦争が始まりました。

何故この様な事になったのかと考えると、12年にプーチンが大統領に復帰した辺りから潮目が変わった様な気がします。

プーチンは当時のロシアの憲法に従って2期8年大統領を務めた後、首相に退きました。そこで辞めておけば、プーチンは名君でした。ロシアを立て直し、経済が良くなって国際的な地位も向上させた。ところが、12年にプーチンは大統領に復帰してしまう。その頃から世界が新しいフェーズに入った感が有ります。

それは米国にも要因が有って、リーマンショック等で経済的に大きく国力を落とした結果、米国が世界のあらゆる事に責任を持つのはうんざりだという考えが国内で生まれていました。一方、ロシアや中国、インドが国力を付けて、しかもロシアや中国は今迄とは違う別の秩序を作りたいと考え始めた。

12年にプーチンが大統領に復帰した時に、米国のオバマ政権はそれを歓迎しませんでした。だからプーチンはオバマが大嫌いなんです。因みに当時の副大統領は今のバイデン大統領でした。

プーチンが大統領に復帰する直前の下院選挙では、大規模な不正が在ったという疑惑に対してロシア国民が抗議デモを展開したのですが、プーチンはあれも米国の陰謀だと見ている様です。米国がロシアのリベラル派を焚き付け、金をばら撒いて大規模デモを引き起こした。俺の権力復帰を妨害するのが目的だったに違いないと考えました。

当時の駐露米大使はマイケル・マクフォールというロシア研究者で、大使時代の事を色々と書き残しています。それを読むと、プーチンの被害妄想は凄まじい。マクフォールが米国務長官とプーチンに会った時には、いきなりプーチンが「お前の国の大使館が、俺を権力から引き摺り下ろす為に陰謀を巡らしている」と言ったそうです。

そうしたエピソードを読んで行くと、プーチンや中国の習近平らの権力志向には、米国中心ではない新しい世界を作るという壮大な地政学的な野望の一方で、俺の権力を脅かされたくないという割と矮小な理由も窺われます。

今はロシア国防省の日刊機関紙『赤い星』や軍事史学会の機関誌『軍事思想』等もお金さえ出せば手に入るので、私はロシアの軍関係の刊行物は大体読んでいます。それらによると、15年前位迄は意識の高い将校等が、「情報戦と経済封鎖とサイバー戦を組み合わせて敵国を崩壊させる方法は在る」といった武力に頼らない戦い方の論文等も書いていました。

しかし、現実のウクライナ侵攻は戦車や装甲車を主力とした火力の戦いでした。古い戦い方で、何だか80年前の独ソ戦を目の当たりにした様でした。人類は戦争をある程度は止められますが、究極的には止められない。やはり戦争は、根本的には野蛮で残虐なものだという事を、今回の戦争で改めて確認させられた気がします。

■「ウクライナは本来ロシアの一部」

何故、極めて古典的な大戦争をプーチンは始めたのでしょうか。

その兆候は2021年7月にプーチンが書いた論文に表れています。プーチンはよく政策に関する論文を発表しているのですが、その時の論文はいつもと違って、歴史について語っていました。ウクライナやベラルーシを含めた、旧ソ連西部の歴史です。

ロシア人やウクライナ人、ベラルーシ人は元々同じルーシ民族です。それが歴史の中で分かれて行き、ソ連が成立した時は、それぞれの共和国が出来た。ソ連は15の共和国による連邦国家で、各共和国には独自の外務省も在りました。

プーチンは、それを過ちだったとしています。別の共和国にした為に、本来1つだったルーシ民族がバラバラになってしまったというのです。

プーチンの考えでは、本来同じルーシ民族が別々の国になってはいけない。それなのにウクライナ政府は米国の手先になり下がり、政治も経済も軍事も全て米国に握られている。だから、ウクライナの真の主権を取り戻さなければいけない等と主張しています。

ここで言う真の主権とは、独立した主権国家という意味ではなく、ロシアとのパートナーシップによる独立です。つまり、ウクライナはロシアと一体にならなければ、真の主権を得られないというのがプーチンの結論です。

強い力を持ち、自発的に意見を言え、決定権を持っていなければ主権国家ではないという考え方はロシアでは珍しいものではなく、プーチンが特別な訳ではありません。だから、プーチンの論文の内容はロシア人らしいものなのですが、それを文章にしてしまった事には驚きました。プーチンが内輪の会合で口にした放言なら「よくある話だよ」で終わりますが、大統領の署名で論文を発表したとなると話が違います。ウクライナという独立国のアイデンティティーを公然と否定した事になります。

「それは言い過ぎではないのか」と思っていたら、秋以降、どんどん軍が東部に集結し始めた。年が明けると極東の部隊も西部地域に集結し始めて、こんな大規模な演習は見た事が無い、ただの脅しではないと思っている内に、本当に戦闘を始めてしまったというのが、私の目から見た侵攻迄の流れです。

■戦争を無駄骨に終わらせる為の貢献を

何故プーチンがウクライナに侵攻しなければならなかったのか、私は理解に苦しみます。昨年7月の彼の論文を読めば、何をしたいのかは分かる。ウクライナをロシアの支配下に置き、ルーシ民族を統一したい。しかし、それは極めて抽象的な目標で、達成した所で1円の得にもならない。

戦争を起こせば、戦費は嵩み、米国からは経済制裁を食らい、多くの国民も死ぬ。上手く行かなれば、国民の支持も失い兼ねない。一方で戦いが上手く行った所で、民族主義的な満足しか得られない。そんな事を本当にするのだろうかと疑問に感じます。

一応、プーチンは、ゼレンスキー政権はネオナチだとか、核兵器や生物兵器を作ろうとしている等と理由を挙げていますが、客観的に確認出来る証拠は無い。確かに内務省にネオナチに繋がる勢力は存在していて、危険ではあるのですが、別にゼレンスキー政権にネオナチ的な傾向が在る訳ではありません。議会でも2019年の選挙で、ネオナチ政党は支持を得られず全滅しています。

又、ウクライナ東部のロシア系住民を虐殺しているとも主張していて、実際に14年にクリミア紛争が起きて以降、多くの住民が戦闘の巻き添えとなって死亡しています。しかし、その数は年々減っていて、21年は25人と過去最低でした。しかも半数は地雷による死者です。

ウクライナがNATOに加盟すると、モスクワ迄5、6分でミサイルが届いてしまうので非常に危険だともプーチンは言っています。しかし、モスクワ迄の距離ならバルト3国も近いし、ウクライナ侵攻を受けてスウェーデンやフィンランドもNATOに入りました。

フィンランドとの間には1300キロに及ぶ国境線が在り、近くには原潜基地となる軍港も在ります。しかし、これ迄フィンランドは中立国だったので、国境警備に人員を割く必要が無かった。ウクライナのNATO加盟がロシアにとって脅威なら、フィンランドの加盟は更に脅威となる筈です。

ところが、プーチンは記者会見で「何の問題も無い」と答えています。その理由を「スウェーデンやフィンランドに、米軍の大規模な戦闘部隊や軍事インフラが置かれたら、それには対応するが、現実にそうなってないので大丈夫だ」と説明しました。これは、1997年にロシアとNATOが結んだ「NATO・ロシア基本文書」に基づく見解で、NATOは加盟国が拡大しても、新たな加盟国への戦力配備は制限するという約束が在ります。プーチンは、その合意が守られるのであれば問題無いと極めて冷静な反応を示していて、ウクライナに対する反応とは大違いです。

農業や重工業が盛んなウクライナの資源や産業を手に入れたかったという見方も出来ます。しかし、現状は農地が戦場となって、燃料が無い為に作付けも出来ない。工業地帯や都市は破壊され、国民の4分の1は家を捨てて国内や国外に逃れています。プーチンは豊かなウクライナを手に入れるどころか、破壊している様にしか見えません。

そう考えると、結局戦争の目的は、抽象的で曖昧なプーチンの民族主義的な野望しかでしかない気がします。その真相はプーチンの権力が倒れた後にしか分からないでしょう。

最後に、日本がこの戦争にどう向き合うべきなのかをお話しします。日本は戦闘地域である国に武器を送らないというのが国是です。しかし、せめて避難民に対する貢献が出来ないものでしょうか。避難先でのシェルターの運営やウクライナで凍えている人々の為に、多額の資金援助が出来るのではないかと思います。

ウクライナは今、各国からの軍事支援や経済支援を受けていますが、少しでも自立する国にして行かなければ、周辺の国が支援疲れしてしまいます。万が一、支援を辞めてしまう国が出てしまうと、ウクライナは持ち堪えられなくなってしまうかもしれない。

日本も地雷除去等の人道支援は出来る筈です。もっと日本からこんな事が出来ますよ、とウクライナに積極的に提案する事も必要でしょう。

今回の戦争は、「大国が核戦力を笠に侵略をしたが、結局、大損しただけだ」という結果で終わらせなければならない。その為に日本も出来るだけの支援をする必要が有ると思います。

質疑応答

尾尻 以前ロシアを訪問した際には、ロシア人は「北方領土は大した話ではない」と言っていました。現在、ロシア側から見た北方領土問題はどうなっているのでしょうか。

小泉 その話を聞かれたのは、モスクワ等ロシア西部の人からだと思います。ウラル山脈の西側と東側でロシア人の意識は全く違います。西側のロシア人は極東に興味は殆ど無く、北方領土にも関心は有りません。2020年にロシアが憲法を改正して「領土の割譲禁止」を盛り込みましたが、実は割譲禁止を言い出したのはサハリン州の議員です。極東のロシア人は、北方領土を日本に奪われるのではないかと非常に恐れています。ロシアで取材している日本の記者に聞くと、憲法改正後、ロシア人は北方領土について口が重くなったそうです。中には当局から「領土に関する取材は憲法違反に当たる」と警告されたという話も在り、非常に解決が難しくなったと言わざるを得ない。当面、ロシアは動かないという前提で対応するしか在りません。

本間之夫・日本赤十字社医療センター院長 日本人はあまりロシア人と交流する機会が無い。ロシア人はどのような気質の人達なのでしょうか。

小泉 ロシア人は政府など公的な機関が行う事や情報は殆ど信じていません。権力者が作ったものは、彼らが自分達の為に都合良く作ったもので、我々の為に機能していないと思っています。一方で、友人や知人の言う事は信じて頼りにするという傾向が有ります。抽象的な社会全体の事に対する関心よりも、具体的な自分の家族や友人の事を真っ先に考えるというところがあると思います。日本人とは異なる倫理観や価値観の国民性ですが、民間レベルで対話を続けて行く事が必要だと思います。

原澤茂・社会福祉法人恩賜財団済生会支部埼玉県済生会川口総合病院支部長 プーチンが大統領を辞めない限り戦争は終わらないのではないか。

小泉ウクライナはロシアの一部でありロシアの属国になるべきだとプーチンが本当に考えているのであれば、双方の妥協は難しいでしょう。プーチンが「ウクライナを支配下に置く事は無理だ」と諦める迄戦闘が続く事になります。西側諸国では、経済的な苦しさからウクライナ支援への疑問の声も上がっていますが、ウクライナを見捨ててしまう事は国際的に禍根を残します。確かに、戦争の支援を続ける事は容易ではなく、米軍が欧州や中東で備蓄している弾薬も減って来ていると言われます。このままでは紛争が泥沼化し、ウクライナの人道危機が長く続く可能性も在る。米国が戦車や戦闘機をウクライナに供与すれば、ロシアを占領区から追い出せる筈です。米国はロシアの核使用を懸念しているのでしょうが、戦争を早期に終わらせるにはバイデン大統領の決断が必要です。プーチンの野望はウクライナの占領に在る以上、交渉による妥協は難しいでしょう。ウクライナがもう少し勝利を重ねて優位に立たないと停戦交渉の環境が整わないと思います。

炭山嘉伸・学校法人東邦大学理事長 私達には北朝鮮の金正恩の考え方も全く理解出来ないのですが、ロシアと北朝鮮の関係をどう見ていますか。

小泉 ロシアと北朝鮮はそれほど仲が良くなかったのですが、今は国際社会から締め出された国同士で接近しつつある様に見えます。ロシア側は、勤勉な北朝鮮の国民を労働力として高く評価していますし、北朝鮮側としてはロシアからエネルギーが欲しい。勿論、出来る事ならこっそり武器も欲しいでしょうし、ロシアも砲弾等が欲しいのが本音。今は利害が一致しているから接近していますが、互いに一蓮托生という気持ちは無いし、同床異夢というところだと思います。ただ、ロシアから見て北朝鮮は、プーチンが考える主権国家となりつつあるのかも知れません。核を保有し、米国や中国には依存せずに自分達で安全保障体制を築こうとしている。何を考えているのかよく分からない国だけれど、天晴な国だという感覚を持っている様な気がします。

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