日本の医療の未来を考える会

第59回 医療過誤の事件化を防ぐ対応策とは 心情を理解して正確な情報の提供を(井上清成先生)

第59回 医療過誤の事件化を防ぐ対応策とは 心情を理解して正確な情報の提供を(井上清成先生)
医療現場では患者や家族とのトラブルが避けられない時が有る。特に患者が亡くなった時は、如何に医師が手を尽くしても、家族から「何故助からなかったのか」と責められる事も珍しくない。難しい症例や特異な状況が在ったケースでは、医療体制に問題が在るのではないか、医師に重大な過失が在ったのではないか、とマスコミに大きく取り上げられ、社会問題に迄発展した事も過去には有る。もし医療事故が起きた時、病院や医師は解決に向けてどう対応すべきなのか、又、医療過誤の疑いを持たれない様にするにはどうすべきなのか。医療トラブルに詳しく、弊誌創刊時から「経営に活かす法律の知恵袋」を連載されている弁護士の井上清成先生に講演して頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):井上先生は『集中』が創刊された2008年から法律に関する連載を続けておられます。法律の中でも医療は特に難しい分野です。医師や病院側もしっかり勉強して行く事が大切です。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(元内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師):日本は欧米諸国に比べ死因究明の体制が遅れていると言われています。自民党では死亡検証の問題に取り組んでいます。死因究明は不慮死の予防が目的であり、しっかり取り組んで行きたいと思います。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(自民党衆議院議員):医療過誤には様々な要因が有りますが、対策の1つとして医療の労働環境の整備が求められています。自己犠牲的な長時間労働の抑止や、医療事務の改善や働き方の見直し等にも取り組む必要が有ります。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):医療に携わっている以上、医療過誤の問題は避けられません。更にこれからは医療界も労働法への対応が求められます。この様な時こそ、法律を知っていれば、強い味方になる筈です。

講演採録

医療過誤における医療機関の対応について

■医療過誤が大きく報道される理由とは

最初に2016年に乳腺外科医が準強制わいせつ容疑で逮捕、起訴された事件を取り上げます。刑事裁判は1審の東京地裁で無罪となりましたが、2審の東京高裁で逆転有罪となり、上告審の最高裁は今年2月、医師の唾液とされる付着物のDNA鑑定についての審理が尽くされていないとして、有罪判決を破棄して高裁へ審理を差し戻しました。今後、高裁で差し戻し審が行われますから、細かな論点については差し控えますが、本来は手術直後の覚醒時の譫妄が有ったかどうかが争点となる所、一般的な術後譫妄の話として捉えられて裁判が進んだ事に問題が有り、それが高裁で判断が覆った原因になったと感じています。

裁判官は決して医療の専門家では有りませんから、医療の専門家とは認識にずれが生じたのだと思います。又、この様な刑事事件で無罪を主張する時に難しいのは、被害者の主張にあまり反論すると、「被害者を責め過ぎではないか」「加害者を守りたいが為に被害者を攻撃しているのではないか」と言われ兼ねない点です。今回は「被害者は譫妄で幻覚を見た」という主張ですから、被害者への配慮も欠いてはならないという所に難しさが有ります。

最高裁判決では、譫妄の可能性が有るとした上で、決め手はDNAに有るとしました。しかし最高裁では鑑定結果について判断する事なく、再検討を高裁に委ねました。実はここが、私から見て今後の裁判で心配な部分です。弁護方針として覚醒時の譫妄の可能性を突き詰めれば、DNA鑑定の結果を待たずに勝てるのではないか、無罪を勝ち取れるのではないかという考え方も有ります。ただ、今回弁護団は「譫妄の可能性が有り得る」という事が認められたので十分ではないかと考え、後はDNA鑑定の正当性に絞って争うという方針に決めた様です。この辺りは専門家同士でも議論が分かれる所です。

この裁判は医療過誤の事案ではありませんでしたが、仮に医師が逮捕され、大きく報道されてしまうと、例え無罪を主張していたとしても本人は表に出られなくなり、職を失う等して生活にも支障が出ます。こうした事が起きない様対策を講じる事が大切です。

最近は、術後死亡率の高さが取り沙汰された、嘗ての群馬大学病院事件の様な形で医療過誤が大きくマスコミに取り上げられる事も減って来ましたが、昨年、石川県の市立輪島病院での医療事故が大きな話題となりました。次にこの案件について背景を説明したいと思います。

私も公立病院の顧問弁護士をしていますが、こうした医療事故が起きた時に先ず考えるのは、「出来れば公表しない。公表して報道されるにしても、イメージが悪くならない様にする」という点です。隠すのではなく、事案をしっかり調査して原因を解明し、今後の医療の改善に役立てられれば、それ以上大きく取り上げられる事は無いのではないかと考えます。出来るだけ病院や医師へのダメージを緩和するのが私達弁護士の仕事だからです。

今回の輪島の医療事故は、産科の医師が常位胎盤早期剥離に気付かず、処置が遅れた為に新生児が死亡したという事案です。医療事故は21年6月に起きましたが、今年の5月6日に病院が公表して謝罪しています。この事故が大々的に報道された要因をインターネットで検索した所、様々な背景が報道されている事が分かりました。1つ目は、分娩を担当した医師が、周辺の2市2町で唯一の産科医だったという事です。能登半島の奥能登と呼ばれる地域ですが、そこに産科医が1人しか居なかった。

こうした話を聞くと、私は06年の福島県立大野病院事件を思い出します。帝王切開手術で妊婦が死亡した事を巡り、主治医が業務上過失致死で逮捕されるという大変ショッキングな事件でした。

産科医が不足しているのは、何も奥能登の地域だけに限られる訳では無く、全国的な問題です。大野病院事件でも、産科の医師が病院に1人しか居ないという背景が取り上げられましたが、今回の事件でも、産科医が足りないという点がクローズアップされてしまいました。

他にも、担当医が途中で有休を取得したとか、助産師との関係が良くなく、助産師から医師に異変が伝えられなかったという事も有った様です。こうした事が現代の医療現場の問題として切り取られ、報道されてしまったのが今回の特徴です。

病院が発表したお詫びの文書を見ると、医師が常位胎盤早期剥離を見逃し、早産だと判断してしまった様です。言わば「医師の見立て違い」で、薬剤の投与も不適切だった。その点を見れば、「医療過誤」「医療事故」と言われても仕方が無い面は有るでしょう。ただ、特異な事案という訳では無く、残念ながら分娩では起こり得る事案です。それならば、産科医が少ないとか、有給取得とか、事故と直接関係の無い部分は切り捨てて純粋に医療の問題に絞って再発防止策を講じ公表すべきだったと思います。

今回の事案は、他の病院との連携が上手く行かず、助産師との情報交換も十分では無かったという側面が有りますから、他院との連携やチーム医療の体制を見直し、ルールを作るという事で良かった。そこに、産科医不足とか有給休暇とか、現代社会を反映しているかの様な要素が有ったから、メディアに大きく取り上げられてしまったのです。

公立病院の場合、民間病院と違い医療過誤が疑われる事案が発生すれば、公表しなければなりません。そのような場合でも、公表内容を純粋に医療の問題に絞れば、メディアの報道によって事態をコントロール出来なくなるという事も起こりにくくなります。

■「異状死体」への誤解から生じた混乱

私は『集中』で150回を超える連載を続けています。なぜ1人の弁護士がこんなに長期に渡って続ける事が出来るのか。それは医療界で法律を巡るトラブルが後を絶たないからです。トラブルが多い原因は、法律と医療が馴染んでいない事に有ります。しかし、民法、刑事訴訟法、労働法、これらを遵守していて果たして医療が出来るのか。法律と医療の現状には「ずれ」が有ります。その「ずれ」に、医療界は揺さ振られているのです。医療過誤を刑事事件に発展させない為には、警察の介入を防ぐ事が重要です。警察が介入すると、患者や家族に不信感を抱かせ、民事訴訟にも発展しかねません。

警察が捜査に乗り出す切っ掛けとして最も多いのが医師法21条に基づく届け出です。21条の条文には「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届けなければならない」と有りますが、この条文の解釈を、医療界は長い間、勘違いしていました。それにより、医療現場は警察の介入を招き、大きく混乱させられる事になったのです。

この勘違いとは、条文中の「異状」を「異状死亡」と解釈してしまった事です。誰が言い出したのかは分かりませんが、医師であれば、「異状死亡」と聞けば、殆どの人が医療過誤を想起します。そして、医療過誤が在れば、警察に届けなくてはならないと思い込んでしまった。それだけでなく、死因が分からない「死因不詳」の場合も「異状死亡」だという事になり、「死因不詳」の場合も警察に届ける様になった。しかし、「死因不詳」には様々なケースが有ります。例えば、治療や手術中に容体が急変して、救急病院に搬送する事になったが、到着した時には死亡していたというケースもそうです。そんな場合、受け入れ先の病院は死亡確認をしただけなので、死亡に至った原因が分からない。そこで、「死因不詳」となり、「念の為、警察に届けておこう」という事になってしまいます。その結果、全国で異状死亡の届け出が急増してしまいました。

しかし、法律の条文をよく読むとそこには「死体」としか書いていない。つまり、届けなくてはならないのは、「異状死亡」ではなく、「異状死体」なのです。異状死体といえば、切断されていたり、刃物が刺さっていたりした死体の事でしょう。医療過誤で「異状死体」になるという事は、まず起こりません。私共がこうした、所謂「異状死体説」を主張する様になると、ようやく異状死の届け出数も激減しました。しかし、こうした誤解は10年以上も続き、医療界を混乱させ続けました。今でも異状死体説に「それはおかしい」と言う人はいます。厚生労働省の中にもいます。しかし、これについては厚生労働省の大坪寛子・大臣官房審議官が医療安全推進室長だった頃、或る講演会で「外表異状」という表現を使って異状死体説を支持しました。その為、「外表異状は大坪審議官が言った事ですよ。講演のビデオも有ります」と言うと、厚労省の担当職員も黙ってしまいます。

■家族に追及されても曖昧な説明は厳禁

さて、こうして死因が分からない「死因不詳」も警察に届ける必要は無いとなったのですが、死亡診断書をどうすればいいのか、という問題は残ります。実際、「死亡診断書に何と書けば良いのでしょうか」と相談を受ける事も有ります。しかし、分からない事は分からないと書くしかない。でも医者の立場としては、それでは収まりが悪い。

特に、手術途中での搬送や入院患者の搬送のケースでは、搬送先の病院に着いた時には既に心肺停止で、死亡確認するしかなかったという場合もあります。すると、分かるのは死亡確認の時間だけで、搬送先の病院でも「死因不詳」と死亡診断書に書くしかない。そして「死因不詳だから警察に届けておこう」となります。ですが、これは搬送元の病院が搬送先にその後の患者の容体を聞き、「それでは、こちらで死亡診断書を作成します」と言えば良いだけです。搬送前の患者の容体は搬送元の病院が一番分かっているのですから、その後の状況が分かれば死亡診断書を作成するのは難しくない。

ところが、実際にこうした事をしている病院は殆ど有りません。何故やらないのかと不思議に思っていた所、厚労省も死亡診断書の記入マニュアルで「医師が患者の死亡に立ち会えなかった場合」という特例措置を設けていました。その内容は、「患者の診療を行ってきた医師は、最終の診察後24時間以内に患者が死亡した場合、死亡に立ち会っていた別の医師から死亡状況について聴取出来れば、死亡後に診察しなくても死亡診断書を交付出来る」というものです。全てのケースに適用される訳では有りませんが、これで「死因不詳」の診断書もかなり減らせる筈です。又、警察の無用な介入も防ぐ事が出来るでしょう。

一方、死因が明確ではない時は、遺族への説明にも注意が必要です。遺族が患者の死亡に納得していない時は、医師らに「どうして死んだのか」と説明を求めて詰め寄る事も有ります。しかし、その場凌ぎの曖昧な説明をしてはいけません。特に「取り敢えず、一刻も早く説明をしておこう。間違っていれば後から訂正すれば良い」と考えるのは間違いです。

説明を受けた側の頭には、最初に聞いた事が残ります。後から訂正しようとしても、「どうして話が変わるんだ」となり、聞いては貰えません。勿論、相手は録音していると考えた方が良いでしょう。私が担当した裁判でも、遺族側が10年後にいきなり録音音声を持ち出して「先生はあの時、こう言ったじゃないか」と主張した事が有ります。一度間違った事を言えば、ずっと言われ続け、訂正しても受け入れられません。それが原因で裁判に負ける事も有ります。

ですから、私は病院には、どんなに罵倒されようとも「我慢して下さい」とお願いしています。何としてでも時間を稼ぎ、その間に記録をきちんと作成しチェックして、病院内で方針を決めて間違いの無い説明を遺族に行う事が必要です。マスコミに報道資料提供をしなければならない場合も同様です。

この時に大切なのは、弁護士にも相談しながら事を進める事です。病院が作製する説明文書やマスコミ向けの文書は、弁護士の目から見ると論理の組み立てが悪い事が有ります。作成のし直しで対応の方向性が変わると大変ですから、早めに弁護士に相談しましょう。

そして、病院内で意思統一を図る時は、院内検証委員会を開いて調査や検証を行うのが有効です。院内検証委員会の活動は、医療事故調査委員会と変わりません。医療事故調査制度に基づくのが医療事故調査員会、それ以外が院内検証委員会と考えて良いでしょう。

医療事故が起これば、院内検証委員会でしっかり事案を調査・検証し、その結論に基づいて患者や家族に自信を持って説明します。賠償に応じる際も自信を持って交渉に臨み、裁判になっても堂々と主張する事が大切です。しかし、医療事故の問題は、出来れば訴訟ではなく話し合いで解決するのが望ましい形です。その為に「診療関係調整調停」という方法も在ります。実は、これは離婚の際の夫婦関係調整調停をアレンジした私の造語ですが、今では裁判所でも使われる一般的な言葉となりました。こうした方法も活用して、出来るだけ話し合いでの解決を図って下さい。

質疑応答

尾尻 医師法21条の「異状死」の解釈が間違っていたとの事でした。間違った解釈にも拘らず、どうして医療界全体の混乱を引き起こしたのでしょうか。

井上 医師は職業柄、何でも一刻も早く対応しなければならないと考えがちです。早期対応は怪我や病気の治療では大切な事ですが、医療事故の様なトラブルは、じっくり対応を検討して、最善の方法を考える事が大切です。それなのに「異状死」となると、一刻を争って直ぐにそのまま対応してしまう。そうした医療界の体質が原因だったと思います。一方で警察は、異状死の届け出を、病院が自分達のミスを認めて自首して来たかの様に受け止めてしまった。「ひとつ医療過誤事件を立件してやろう」となり、異状死の届け出が在ると全て捜査する事になってしまったという面も有ります。

篠原裕希・医療法人篠原湘南クリニック理事長 医療事故が起きた時に、医者や病院にとって1番怖いのは判決結果ではなく報道のされ方だと思います。

井上 報道が過熱すると、冷静な議論が吹き飛んでしまいます。群馬大学病院事件で言えば、最終的に刑事事件として立件はされておらず、民事訴訟になった案件も無い。全てマスコミの報道によって問題が有るとされたのです。マスコミの報道に火が付くと、「誠実に話せば何とかなる」という考えでは対応し切れません。又、最近ではSNSを通じて事案が拡散する事も増えました。マスコミの報道やSNSによる拡散にどう対応していくのか、しっかり対策を講じておく必要が有ります。

荏原千登里・医療法人すこやか高田中央病院副院長 県立大野病院事件は本当に衝撃的でした。しかし、出産の際に亡くなる方はどうしても出てしまう。家族は100%大丈夫だと思っていますが、実際には一定の死亡事故は起こり得る。そこのギャップを難しく感じています。

井上 「予期しなかった死亡」という言葉の捉え方に、遺族側と医師や病院の間には相当のギャップが有ります。病気が進行して亡くなり「やはりダメだったか」と遺族が受け止められるケースと、それ迄健康だった人が亡くなるケースでは、遺族の心情は大きく異なります。特に妊産婦の死亡は最もショッキングです。若くて健康で、これから出産をして幸せになる筈の人が、突然亡くなった訳です。遺族は、まさか母親が亡くなるとは予想もしていません。医療事故が起きた場合、医師は医療の質を問題にしがちですが、遺族は「亡くなる筈の無い人が死亡した」と考えています。そうした遺族側の心情を踏まえて対応する事が必要です。

土屋了介・公益財団法人ときわ会顧問 「異状死」が法律用語ではないのであれば、法医学会のガイドラインが問題だったのではないでしょうか。未だに東京都は異状死の報告を求めています。

井上 「異状死」は法律用語ではありません。しかし、法医学会が考え方の1つとしてガイドラインを示す事が問題なのではなく、それを一律に適用しようとした所に問題が有ったのだと思います。東京都が今もその様な報告を求めているのであれば、是正が必要でしょう。

荏原太・医療法人すこやか 高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 今後、ガイドラインを根拠にして、裁判所が判断を下すケースは増えて行くのでしょうか。

井上 残念ながら、裁判所はガイドラインに基づいて判断する傾向にあり、再発防止策もそのままガイドラインとして証拠採用されるケースも有ります。ただ、最近は警察や検察が医療事故に介入する事も減り、捜査が行われても大抵は不起訴です。ですからガイドラインに基づいて刑事事件になる事は有りません。その分、民事裁判では重視される傾向にあり、過去の判例迄もがガイドライン化している様な実情も有ります。

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