日本の医療の未来を考える会

第48回 新型コロナワクチンの開発競争により 幕を開けた「ワクチン新時代」(石井健 教授)

第48回 新型コロナワクチンの開発競争により 幕を開けた「ワクチン新時代」(石井健 教授)
この1年余り、世界各国で新型コロナワクチンの開発が進められてきた。どんなに急いでも数年はかかると見られていたが、わずか1年ほどで完成し、既に世界中で接種事業が展開されている。なぜこんな短期間でのワクチン開発が可能だったのだろうか。また、mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン等、新しいタイプのワクチンが登場してきたのも、新型コロナワクチンの特徴だ。2月24日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、ワクチンの基礎研究を専門とし、新型コロナワクチンの開発にも携わっている東京大学医科学研究所感染・免疫部門ワクチン科学分野教授の石井健氏を講師に迎え、新時代のワクチン開発について語って頂いた。

原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「昨年は丸々1年間、コロナとの戦いが続きました。いよいよワクチン接種が始まりましたが、これが順調に進んでいくことが大切で、国会でもしっかり議論されています。本日は石井先生に、ワクチンについての専門的なお話をして頂きます」

三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師)「新型コロナのワクチンは輸入に頼っている事もあって、まだ医療従事者への接種が始まったばかりという状況で、申し訳なく思っています。コロナ禍が続きますが、政府が先頭に立って、地域医療の安定のために取り組んでいきます」

コロナ禍でのワクチン開発
その破壊的イノベーションの課題と展望

■たった1年でワクチン開発に成功

石井健 この1年の新型コロナワクチンの研究開発は、まさに破壊的イノベーションと言えるものでした。破壊するだけでなく、今後ここから新しいものがたくさん生まれてくる状況になっています。ワクチン開発には普通なら10〜15年はかかります。基礎研究から始まり、非臨床試験、第1相・第2相・第3相の臨床試験があり、審査があって、承認後に生産体制を整備する必要があるからです。新型コロナワクチンでは、この課程を1年でやり遂げた会社がいくつかあります。あまりにも速いので、やるべき事をスキップしている印象がありますが、そうではなく、直列で順にやる事を並列で同時に行っていたのです。そのためには、人、金、物がものすごく必要になりますが、アメリカ、イギリス、中国、ロシアがそれをやり遂げました。それぞれ少なくとも1〜2兆円が投じられています。

 世界中で進むワクチン開発ですが、現在、数十社が百数十種類のワクチンの臨床試験を行っています。ワクチンの種類も多く、ウイルスベクター、DNA、RNA、組み換えたんぱく等、多種多様なタイプのワクチン開発が進んでいます。開発競争で1等賞を取ったのが、ファイザー=ビオンテックです。ゴールまで行き着けず途中で開発が止まったり、中止になったりするワクチンもあります。

 アストラゼネカがオックスフォード大学と開発したのは、ウイルスベクターワクチンです。チンパンジーのアデノウイルスに抗原を入れたものを使っています。モデルナが開発したのはmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン。ファイザー=ビオンテックもmRNAワクチンです。スプートニクというロシアのワクチンは、ウイルスベクターワクチンで、ヒトのアデノウイルスを使っています。

 ロシアのワクチンなんて信用出来るのかと思っている人がいるかもしれませんが、専門家の間では、ロシアはしっかりしたものを作るだろうと考えられていました。1960年代に日本はソ連(当時)のポリオワクチンを緊急輸入し特例承認した歴史があります。

 私はワクチンの基礎研究者ですが、ベストなワクチンはどれかとよく聞かれます。一番大事なのは正しい情報です。正しい情報が伝わる事が、接種事業を成功させる事に繋がります。そのために教育に力を入れる必要があります。人生のあらゆる局面で正しい情報を入手し、リスク・ベネフィット比を自分自身で把握し、自己責任で判断し行動出来る能力を、幼少時からしっかりと教育する事が必要です。石井健

■30年間研究が続けられていた

 新しいタイプのワクチンとして注目を集めているmRNAワクチンについて、簡単に説明しておきます。DNAの情報を写し取ったmRNAは、その情報に従ってたんぱくを合成する、という生物学における基本原理を使ったワクチンです。つまり、新型コロナウイルスのスパイクたんぱくをコードするmRNAを、何らかの方法で筋肉内に投与すると、そのmRNAが細胞の中に入ってたんぱく質を合成します。それが新型コロナウイルスのスパイクたんぱくと同じものなので、それを敵だと捉えて、体はそれに対する免疫を起こすのです。

 mRNAワクチンは新しい技術ではありません。mRNAを筋肉に入れるとたんぱくが合成され、免疫が出来ると最初に分かったのは1990年です。その頃はmRNAを体内に入れる技術はなかったので、mRNAの元となるDNAを入れる研究も行われてきました。DNAワクチンとmRNAワクチンは、決して新しい技術ではなく、30年かけてゆっくり開発が進められてきたものなのです。

 私はかつてアメリカのFDA(米国食品医薬品局)に留学していたのですが、その頃はDNAワクチンの開発が大流行でした。しかし、次々と臨床試験が行われたものの、全部失敗に終わりました。安全性に問題があったわけではなく、あまり効かなかったからです。一方、mRNAワクチンはすぐには開発されませんでした。壊れやすいmRNAは、リポソームという脂質に包んで投与するのですが、この脂質が強い免疫を起こすため、副作用が強くて薬にならなかったのです。しばらく開発が進みませんでした。現代のワクチン開発では、特にDDS(ドラッグデリバリーシステム)の発展が急激です。mRNAワクチンの成功の秘訣は、ウイルスのような小さな粒子に、mRNAを詰められるようになった事でした。

 ワクチンの種類によって特徴に違いがあります。生産速度はDNAワクチンとmRNAワクチンはとても速く、生ワクチンや不活化ワクチンは、ニワトリの卵や哺乳類の細胞培養が必要なので時間がかかります。免疫誘導能力は、mRNAワクチンは強いのですが、DNAワクチンはやや弱く、不活化ワクチンは更に弱くアジュバントの添付が必要です。生ワクチンは強いが、ワクチンそのものによる副作用があります。安全性に関して、mRNAワクチンはよく分かっていませんでしたが、既に1億人以上に接種されているので、疑念が払拭されつつあります。しかし、数年たってから起こる副作用については、何が起こるのか誰にも分らないと言う状況です。

■未知の病原体に対応するための戦略

 私がアメリカにいた1999年当時、アメリカ政府は翌2000年に炭疽菌等によるバイオテロが起きると真剣に考えていました。私達は、それに対応するには、すぐに生産出来るDNAワクチンと自然免疫を活性化させるアジュバントの組み合わせがベストであると提言しました。バイオテロとは、人工的な感染症のアウトブレイクであると考える事が出来ます。そのため、感染症に対するワクチンは国防に関わる重要な役割も担っているのです。また、バイオテロの対策を考える事は、未知の感染症対策として有効である事も明らかになってきました。

 未知の感染病原体の出現やバイオテロのような場合に役立つのが、モックアップ(模擬)ワクチンという方法です。実際の抗原によく似た抗原を用いてモックアップワクチンを作っておき、ヒトに接種出来るようにしておきます。そして未知の感染症が流行し始めたら、流行株の抗原を用いてワクチンを製造するのです。この方法なら1週間で何万人分ものワクチンを作る事が可能です。

 私は2015年にこの方法を厚労省に提案したところ、少し予算が付いたので、第一三共のサポートを受け、MERSに対するmRNAワクチンの開発を始めました。研究は順調で、ジカ熱ウイルスやパンデミックのインフルエンザウイルスに対するmRNAワクチンのプロトタイプも出来ていました。しかし、この先は企業とタイアップして作るようにと言われ、予算をカットされたのです。それが2018年。その翌年に現れたのが新型コロナウイルスでした。現在起きている状況は、本当は予防出来ていたと思うと悔しい思いでいっぱいです。

■日本でもワクチン開発が進んでいる

石井健 新型コロナウイルスに対するワクチン開発を、私達は2020年2月中旬に始めました。東京大学医科学研究所の河岡義裕先生、四柳宏先生、それに私の3人が組み、第一三共さんのサポートを受けて、mRNAワクチンの開発を進めています。データを出す事は出来ませんが、前臨床でも、サルの実験でも素晴らしいデータが揃っていて、ファイザーやモデルナのワクチンに劣る事はありません。3月中に臨床試験が始まります。

 現代のワクチン産業は、いろいろな分野の技術の複合体になっています。疾患研究が必要で、ヒト免疫研究が必要で、更に医療機関に臨床試験のプロがいる事が必要です。こうした事を出来る人が集まったデザインチームを作らないと、ワクチン開発は無理だと言われています。日本では、複雑な開発のプロセスをシンプルかつ迅速に進めるイノベーションが希求されています。抗原も、生体内デリバリーも、アジュバントも、それぞれの技術は日本も世界最高レベルに達しています。ただ、それらを組み合わせて製剤にする事が出来ていないのです。回り道ですが教育に力を入れ、日本はワクチン輸出国を目指すべきだと考えています。


尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「海外では副反応は前向きに捉えられているのに、日本では良くないイメージで語られています。正しい知識の普及が必要では?」

石井「副反応は厚労省の造語で、良くないイメージにならないように作ったのだそうです。発熱、腫れ、痛みといった症状は、副反応ではなく、ワクチンによって免疫が起こる時の主反応です。それを知っておいてもらう事は大切だと思います」

益田宗孝・横浜市立大学医学部長「日本の新しいワクチンの開発には臨床試験が必要ですが、既にファイザーのワクチン接種が始まっています。この状況では臨床試験の参加者がいなくなるのではないかと思うのですが」

石井「おっしゃる通りです。いい薬が出た後の治験は困難を極め、そのワクチンが普及していない所で治験を行う事が必要になります。日本のワクチンなら、海外で治験を行います。そこで感染症が流行っていれば有効性を証明出来ますが、流行っていなければ有効性が出ません。また、既に良いワクチンがあるのに、有効性の明らかでないワクチンを打つ事に倫理的な問題も生じてきます。そもそも半分にプラセボを打つ第3相試験を3〜4万人を対象に行う事自体、倫理的に問題だと私は思っています。第3相試験を行わずに承認する手立てを作り、普及してからしっかり安全性を見極める方がコストもかからず効果的だと思います。イギリスでは、コントロール・インフェクション・スタディが行われています。人為的に感染させてワクチンの効果を調べる方法です。少ない人数で正確に有効性を出す事が出来ます。良い治療薬がないと行えない試験ですが、新型コロナは緊急性によって倫理委員会を通っています」

北原俊彦・ジャパンメディカルアライアンス海老名総合病院医師「院内のワクチン担当リーダーを務めていますが、当院の接種率は100%に届きそうもありません。医療従事者の接種率を上げるには何が必要ですか」

石井「正確な情報が必要です。副作用報告は紙ではなく、オンラインで、オンゴーイングで、オンタイムで知らせるシステムが必要だという事を、私は厚労省や感染研やPMDA(医薬品医療機器総合機構)の方と話してきました。いろいろな所でそうしたシステムが立ち上がってきています。災害時のようにSNSで拡散させる方法もありますが、フェイクの情報が拡散してしまうと取り返しがつきません。接種率を上げていくのは地道な作業になると思います」

井関ユウ・国際医療福祉機構代表理事「ワクチンの承認に関して、今回のPMDAの働きについて、どうお考えですか」

石井「PMDAはファイザーに対して、日本人を対象にした300人前後の治験を要請しました。これで数カ月の遅れが生じています。平時ならば安全を期すための作業として問題ありませんが、今回に限っては少し問題があったかなと思います」

荏原太・すこやか高田中央病院院長「1回接種でいいじゃないか、という話が出てくると思いますが、それについては?」

石井「専門家達の間でも議論されていますが、皆さんが合意しているのは、2回でないと駄目だという事です。1回でも少し抗体が出ますが、2回目でその10倍以上になります。上がると数年は効果が持続すると言われていますが、1回だと多分数カ月でしょう。2回打つと、抗体の質も上がり変異株に対する防御も問題なくなると思います」

井手口直子・帝京平成大学薬学部教授「既に感染した人も接種した方がいいのですか」

石井「した方がいいです。抗体価を見てからという考え方もあるのですが、今回の場合は接種した方がいいと思います。既に感染した人は1回接種でも十分な抗体価が出る、という報告もあります。そういう論文がいくつも出てくれば、既に感染した人は1回接種になる可能性もあります」

高野靖悟・神奈川県厚生農業協同組合連合会理事長「臓器移植して免疫抑制剤を服用している人には打った方がいいですか」

石井「おそらくワクチンは有効で、接種した方がいいのではないかと考えられます。ただ、感染リスクとワクチンのリスクによるリスク・ベネフィット比は、疾患によって変わる可能性があります。誰にでも打つという事ではなく、ケースバイケースで考えた方がいいと思います」

村上聡・アボットジャパン診断薬・機器事業部学術情報室「効果判定のために中和抗体を測る事について、どうお考えですか」

石井「中和抗体価が非常に重要で、ダイレクトに中和能を示すので抗ウイルス作用が分かります。ただ、ワクチンを打った時に感染防御や発症予防の働きをするのは、中和抗体だけではありません。一番大事なのはT細胞で、ウイルス感染で効果を発揮します。これからは、おそらく抗体価だけでなく、他のファクターによってワクチンの有効性を臨床上で見ていく必要があると思います」

関川浩司・石心会第二川崎クリニック院長「当院も接種率は100%になりません。理由を聞いてみると、長期的な作用が分からないから、という事でした。長期的な作用はどうなのでしょう?」

石井「mRNAワクチンの予測される副作用として、いろいろな情報が出ていますが、エビデンスのはっきりしているものはありません。ただ、長期的に何らかのリスクがあるとしても、今の感染状況では、接種しないリスクの方が大きいはずです」

江崎真我・幸有会理事長「長期的な副作用として、ADE(抗体依存性感染増強)を心配する人がいますが、どうなのでしょう?」

石井「新型コロナの兄弟に当たるSARSやMERSのワクチンによる感染実験で、ADEに類似する事象が起きているという動物実験のデータがあります。あと、デングウイルスのワクチンで、臨床上も類似の状況が見られています。そのため、臨床試験では非常に細かく見られています。ファイザーのワクチンは既に1億人ほどに打たれていますが、私が知る限りADEの報告はありません」

岡本由美・岡本病院院長「3週間空けて2回目を接種する事になっていますが、もっと空いてしまう可能性が高そうです。どのくらいまで空けても大丈夫ですか」

石井「2回目の接種が遅くなれば、1回しか打っていない期間が長くなるので、感染のリスクはやや高まります。しかし、間隔が2カ月空いても4カ月空いても、2回目を接種すると一気に免疫が戻ってくるので、免疫をつけるという点では変わりません。半年〜1年ほど空いても多分大丈です」

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