日本の医療の未来を考える会

第45回 新型コロナウイルス感染症に 自衛隊中央病院はどう対処したのか(上部泰秀 先生)

第45回 新型コロナウイルス感染症に 自衛隊中央病院はどう対処したのか(上部泰秀 先生)
危険な地域への国際派遣を担う自衛隊は感染症対策が必須だ。その経験を期待され、自衛隊中央病院は政府チャーター機による中国・武漢からの帰国者やクルーズ船の乗員乗客等新型コロナウイルス感染症患者を受け入れ、治療を行った。その後の市中感染期においては、地域の患者を受け入れる事で地域医療に貢献した。これらの活動を通じて院内感染防止に取り組み、陽性者は出ていないという。自衛隊中央病院はコロナウイルス感染症にどう立ち向かったのか。7月22日に衆議院第二議員会館で開かれた勉強会では、上部泰秀病院長に講演をお願いした。

原田義昭 集中出版原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「第2波の到来と言われています。その中にあっても、国民生活と経済が両立出来るように、しっかり対応していかなければなりません。コロナ騒動を一段落させ、この難しい時代を皆様と共に乗り切っていきたいと思っています」

三ツ林裕巳三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員、医師)「1次補正、2次補正で国として大きな予算を組みました。しかし、医療崩壊は始まっていて、医療機関を支える必要があります。それは国がやらなければならない事だと思っています。それによって、危機を乗り越えていかなければなりません」

新型コロナウイルス感染症
対処の概要について

■自衛隊中央病院について

 まず自衛隊中央病院の概要と取り組みについて説明いたします。
当院の任務には、一般の病院と同じような「平素の任務」と、自衛隊病院特有の「各種事態等の任務」があります。病院が開設されたのは昭和31年(1956年)で、既に64年の歴史があります。平成5年(93年)に保険医療機関の指定を受け、地域の方々の診療を開始しました。平成21年(2009年)に現在の病院に建て替えられています。平成22年(10年)から一般の救急患者の受け入れを開始し、平成28年(16年)には2次救急医療機関の指定を受けました。平成29年(17年)には第1種感染症指定医療機関として東京都の指定を受け、現在に至っています。

 当院には、医師約110名、歯科医師約10名、看護師約340名、薬剤師約25名等が勤務しています。自衛隊病院の特性として企画室があり、部隊経験の豊富な自衛官で構成されています。この企画室が、病院の事業計画の策定や、教育・訓練に関する事項を受け持っています。不測事態対応のプロが、病院を運営していると言えます。

 病院は地上10階、地下2階の建物で、屋上は大型ヘリコプターが発着出来るヘリポートとなっています。8階には感染症病室があり、エボラ出血熱などの1類感染症対応病床が2床、新型コロナウイルス感染症、SARS、結核等の2類感染症対応病床が8床あります。1類対応病室は、汚染された空気が外に出ないように3段階の陰圧が施されています。また、感染症病室のある西病棟感染症翼には専用のエレベーターがあり、他の患者と交差しない動線が確保されています。

 有事、大規模災害の際は、病床数を拡張する事が可能です。外来待合室の椅子をベッドとして活用し、空きスペースに簡易ベッドを展開します。このようにして診療態勢を確保し、24時間態勢で救急医療を実施します。ライフラインは3〜5日分、診療に必要な医薬品は1週間分、一般の消耗品は2〜3週間分保有しています。個人防護衣等は自衛隊の備蓄から配分されます。

 当院は、一般の病院と同様に臨床教育や地域医療に関わると共に、自衛隊病院の特性として、隊員の健康管理の他、戦傷医療対処能力や感染症対処能力の向上にも取り組んでいます。医師・看護師の臨床研修も充実を図っています。生涯研修の推進の他、自衛隊病院の特性として、救急救命治療や感染症対処の能力向上、そして自衛官マインドの醸成を重視しています。

 診療基盤を充実・強化するため、救急医療に積極的に取り組んでいます。2次救急医療機関の指定以降、患者は大幅に増加しました。現在、救急車の受け入れ台数は年間6000台、救急患者数は1万人を超えています。災害対処能力の向上にも取り組んでいます。1人でも多くの国民を助けるため、発災後3日間の活動を重視しつつ長期にも対応する、というのが災害対処の基本的な考え方です。

 また、感染症対処能力の向上にも取り組んでいます。国際平和協力活動の拡大等に伴い、新興・再興感染症への対処能力の必要性が増大しており、前述した陰圧式感染症病床を開設しています。平成26年(14年)に西アフリカでエボラ出血熱が流行し、1類感染症対応が喫緊の課題となりました。それを機に第1種感染症医療機関の指定に向けた態勢整備を開始、平成29年(17年)に東京都から指定を受けました。現在まで年1回以上、継続的に感染症患者受け入れ訓練を行っています。

■感染拡大防止に係る災害派遣活動

 まず政府チャーター機による武漢からの法人輸送が行われ、続いてクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応が必要となりました。その後、市中感染期へと移行していきます。

 自衛隊中央病院は第1種感染症指定医療機関として、1月初旬の中国での原因不明肺炎の報道から情報収集を開始しています。1月27日以降、武漢からの帰国者の受け入れを想定した準備を開始しました。

 政府チャーター機内での検疫支援の看護官派遣は、1月28日夕方に厚生労働省から防衛省を経て当院に依頼があったのですが、翌29日の13時には派遣する事が出来ました。また、チャーター機での帰国に伴い、東京都からの要請で、1月30日に有症患者5名を受け入れました。

上部泰秀 集中出版 乗員・乗客3711人のクルーズ船でも患者が発生し、大きな問題となりました。この前例のない危機に対応するため、まず病院の方針を定めました。「病院は、隊員・家族・地域医療への影響を考慮しつつ、新型コロナウイルス感染症患者の最大限の受け入れを実施する。この際、長期の活動、院内感染防止、医療事故防止、そして医療情報システムの換装に留意する」としました。ちょうど2月の終わりに、病院の医療情報システムの換装をする事になっていたので、円滑に更新出来るように注意しました。

 こうして始まった新型コロナウイルス感染症の「感染拡大防止に係る災害派遣活動」では、1月30日〜3月16日の期間、第2種非常勤務態勢を取りました。各部署に当直を置き、夜間も各部署の機能が発揮出来る勤務態勢です。この期間中に対応した陽性患者は、クルーズ船関係が109名、チャーター機による帰国者が11名、屋形船等保健所からの紹介が8名で、計128名です。当院では入院患者のPCR検査が出来る態勢を整え、計518件のPCR検査を行ってきました。災害派遣活動を終了する際、防衛省の災害派遣活動従事者は全員PCR検査を受けるようにと指示があり、私を含め関係者全員がPCR検査を受けたのですが、幸いにも全員が陰性という結果でした。

 この災害派遣活動では、患者の増加に伴って段階的に感染症病床を拡張する構想を立てていましたが、実際の患者受け入れは、見積もりを上回る速さでした。そこで、構想通りに収容部分を拡張させると共に、1室1名の基準を1室数名も可に変更し、受け入れ態勢を再構築しました。これにより、最大で100名を超える受け入れが可能になりました。

 病院では活動開始と同時に指揮所が開設され、継続的に指揮を執りました。ここで開かれる作戦会議は病院の意思決定をするための会議で、問題点の共有・整理・解決に極めて重要でした。

 院内感染を防止するため、一般患者や職員の動線と感染症患者の動線を、可能な限り区別しました。また、感染症患者対応要員も専従化しました。更に、個人防護の徹底、病院施設の特性に応じたゾーニングの徹底も行っています。

 この活動を遂行するためには、マンパワーの支援が必要でした。全国各地の自衛隊病院や部隊から支援を受けて活動しました。特に看護師17名の支援により、夜勤の連続をなくし、休養日も確保する事が出来ました。また、支援看護師は市中感染期においては、それぞれの病院で患者対応の第一線で活動しています。当院での勤務が、トレーニングになったと考えています。
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■市中感染期の対応

上部泰秀 集中出版 東京都は感染者の急激な増加に伴い、感染症指定医療機関に、重篤・重症患者用病床を5床、中等症患者用病床を40床確保するように要請しました。当院は都の要請に基づいて、中等症以上の患者の受け入れ態勢を確立する方針で調整を開始しました。市中感染期には、全国の自衛隊病院からの支援を受ける事が出来ませんでした。各地で患者が発生していたためです。

 当初、挿管患者は1〜2名でしたが、4人に増え、それが続く事態になりました。更に酸素吸入を必要とする患者が10人近くなると、医師・看護師の負担は相当なものになります。更なる集約を図って患者対応をする、という方向に進まざるを得ませんでした。そのような中にあっても、計画的に戦力回復を行って蓄積した疲労の軽減を図ってきました。戦力回復とは連休の事で、交替で5連休を取れるようにしました。

 職員に対するメンタルヘルスケアも行っています。精神科医官や心理職隊員でメンタルサポートチームを編成し、病棟等の活動現場への巡回、カンファレンスへの参加、メンタルヘルス教育、ポスター掲示による情報提供等の活動を実施しました。また、全職員に対して、精神的疲労度を確認するための「メンタルヘルスチェック(K10)」や、不安やストレスを確認するための「メンタルヘルスアンケート」を実施しています。

 今回の新型コロナウイルス感染症への対処から、院内感染防止・医療事故防止には、次のような事が重要であると考えられました。直接的には、平素の取り組み(教育・訓練、マインドの醸成)、各種会議やミーティングの徹底、現場確認・指導・徹底(各級担当者から病院長まで)が有効だったと考えています。間接的には、情報の共有(各種会議、掲示物等)、余裕を持った勤務態勢の確保と休養、必要な資器材の補給・整備、心身の健康管理、が有効だったと考えています。

 当院はクルーズ船からの患者を受け入れる事により、感染症対処初期の医療崩壊を防止し、市中感染期においては、地域の患者を受け入れる事で、地域医療に貢献出来たものと考えています。
集中出版

質疑応答

土屋了介土屋了介・ときわ会グループ顧問「クルーズ船での活動では、自衛隊員の防御態勢が非常にしっかりしていたのに、厚労省の検疫官はマスクだけで、非常にちぐはぐに感じました。クルーズ船の活動全体の指揮はどうなっていたのですか」

上部「私はその場におりませんでしたので、正確にお答えする事は出来ません。後日、自衛隊関係者から聞いたところでは、自衛隊の中では当初から危険性を考え、感染症防止を重視して臨んだと聞いています」

関川浩司関川浩司・石心会第二川崎幸クリニック院長「症状のある職員には積極的にPCR検査を行ったという事ですが、どのような場合に検査を行ったのでしょうか。また、PCR検査の結果が出るまでは自宅待機ですか。家族についても調査しているそうですが、家族にもPCR検査を行うのですか」

上部「病院の近くに住んでいる職員については、病院に来る事が出来るのでPCR検査を検討します。公共交通機関を使って通勤している職員は、まず自宅待機としています。PCR検査が行えるようになるまでは自宅待機が基本でした。6月に態勢が整ってきたため、7月以降は、有症者については積極的に検査しています。家族については、家族が陽性になった場合は濃厚接触者の対応ですが、家族が濃厚接触者の場合は、その結果が出るまで自宅待機としています」

松岡健 集中出版松岡健・葵会医療統括局長「コロナとの戦いは戦争だと思っています。これに勝つためには自衛隊だけでは難しい。自衛隊中央病院では教育をきちっとやっていますが、これを民間に広げていくような事をやっているのでしょうか」

上部「コロナとの戦いで我々が組織として出来る事は、今回のような経験によって得た知見を共有する事だと思っています。ホームページで我々が得た知見を情報として発信させていただいています」

荏原太 集中出版荏原太・すこやか高田中央病院院長「私は新型コロナウイルス感染症の患者さんの呼吸管理に、ネーザルハイフローセラピー(高流量酸素療法)が有効ではないかと考えていました。人工呼吸器による管理をなるべく少なくするのに、役立つのではないかと思います。ただ、感染リスクの問題等から一般病床では使えない等、賛否両論があるようです。自衛隊中央病院ではどうしているのでしょうか」

上部「通常の酸素投与に始まり、そのうちネーザルハイフロー等になり、更に進むと挿管して人工呼吸器での呼吸管理へと進んでいきます。出来ればネーザルハイフロー等を使用した呼吸管理で済ませたいと考えています。というのは、挿管してしまいますと、それ自体危険性が高いわけですが、更に飛沫を飛ばしてしまうという問題も生じてくるからです。いずれにしても、その患者さんの状態に合わせた治療を選択してきました。ネーザルハイフローは一般病床では問題があるとの事ですが、当院の場合、独立した感染症病床での治療となるため、その問題はありませんでした」

本間之夫 集中出版本間之夫・日本赤十字社医療センター院長「情報の収集・共有・発信が重要だという話がありました。発信に関してはどのような事をされているのでしょうか。また、コロナ対応は経営的に大変だと思うのですが、自衛隊中央病院では経営の事は考えなくて済むのですか」

上部「組織外向けの発信は、ホームページやメディアの取材に応えるという形で行っています。組織内向けの発信も丁寧に行っています。当院で行っている事が、全国の自衛隊で共有されるように、毎日の作戦会議、モーニングレポート、イブニングレポート等の資料を、各自衛隊病院や自衛隊の衛生部等に発信し、情報の共有を図っています。資金に関しては、自衛隊中央病院は防衛省の予算で運営されています。保険診療の点数で行っているわけではなく、防衛省の教育訓練費から予算が出ていますので、資金的には問題がないわけです。しかも、自衛隊が備蓄していますガウン等の防護衣やマスク等を使用しますので、それも常に潤沢にある状況です」

尾尻佳津典 集中出版尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「監督官庁の防衛省と厚生労働省の関係はどうなっているのですか」

上部「我々の組織の管理者は防衛大臣です。防衛省の中にマネジメントを行う部署があるのですが、そこには大臣官房衛生官というポジションがあり、厚生労働省から出向してきた方が務めています。これが厚労行政とうまく連携しながら対応するための体制であるとご理解ください」

片山隆市 集中出版片山隆市・美誠会足立北病院医師「感染症の防護のためにマスクが使われますが、一般には布マスク等も広く使われています。また、3密の場ならともかく、郊外の人との距離がとれる場所でもマスクをしなければいけないという風潮になっています。マスクについてどうお考えですか」

上部「当院では、感染の危険性が高いところではN95マスクを使用し、それ以外の場所ではサージカルマスクを使う事になっています。自分の置かれている環境によって使い分けています。状況に合わせて、自分の身を守っていく事が大切ではないかと思います。布マスクやウレタン素材のマスク等でも、飛沫を飛ばさないという事に関しては、ある程度の役割を果たしていると考えてよいのではないかと思います。ただ、病院内の感染管理という事なら、N95マスクやサージカルマスクをTPOに合わせて使う事が求められていると考えています」

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