日本の医療の未来を考える会

第55回 医療界で女性が活躍出来る社会を目指して 多様性時代の医師の働き方を考える(野村恭子 教授)

第55回 医療界で女性が活躍出来る社会を目指して 多様性時代の医師の働き方を考える(野村恭子 教授)

世界的に見て極めて低水準とされる日本のジェンダーにおける格差を取り除き、時代の流れに足並みを揃えるべく、政府主導による男女共同参画が進められている。性別格差が根強く残る医療界において、とりわけ「女性管理職比率3割」の実現に向け、キャリア育成、就労継続の為の施策、関連法規や制度の整備、文化的価値観からの脱却等、乗り越えるべき課題は多い。同時に、厚生労働省により医師の働き方改革が進められている様に、全ての医師が働き易い労働環境を実現する為の包括的な対策の推進が求められる。1月26日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、医療界におけるジェンダー平等について、秋田大学大学院医学系研究科衛生学・公衆衛生学講座教授の野村恭子先生に講演頂いた。


原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):男女平等と言われ始めてから長いのですが、いかにそれを実質化するのかと言われて来ました。女性の医師や医療関係者はどんなにご苦労されている事かと思います。若い皆さん、特に女性の皆さんがめげずに頑張っておられる事に心から敬意を表します。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(元内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師):男女共同参画では選択的夫婦別氏制度の議論が激しくなっていますが、本質は女性が活躍出来る社会を構築する事です。地域医療構想、医師偏在対策、医師の働き方改革を三位一体で進めていますが、これからの医療において女性がいかに働き易い環境を作るかは大変重要です。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(自民党衆議院議員):ジェンダーの問題は、どの分野においても恐らく切実であると思いますが、労働力の観点からモノを言うのは禁じ手だと思っています。日本が世界の中で先進国である為に大事な政策です。結果を残し、完結する為に、汗を流さなければなりません。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):ジェンダーは日本が大変遅れている部分です。日本のジェンダー・ギャップ指数は120位という低評価になっていますが、それは海外からの投資が入らない事にも繋がりますので、ジェンダーについて勉強する事は重要で、それが国益に沿う事になると考えます。

医療界におけるジェンダー平等の推進
■日本の医師統計・調査に見る性差

厚労省の2018年の統計によると、全国の医師数は32万7210人、その内女性は7万1758人にまで増加しました。これは医師全体における22%を占める割合ですが、新興国30カ国で見ると、韓国と並ぶ最低レベルです。

毎年世界経済フォーラムから発表されているジェンダー・ギャップ指数は、21年で156カ国中120位になっています。これは4つの指標から算出されるもので、日本は教育と健康の2つの指標は点数が高い一方で、男女の賃金差や政治家、企業経営者、管理職といった責任の有る地位に就く女性の割合が極めて低い事が、ジェンダー・ギャップ指数が伸びない要因となっています。

そこで政府は「202030(にいまるにいまるさんまる)」と言って、20年迄に女性管理職の比率を30%に引き上げる事を目標として来ましたが、これが達成困難となり30年迄先送りになっています。こうした状況は、女性医師の将来のキャリアに大きな影響を与えています。

診療科別の割合を見ると、女性医師が多い診療科は皮膚科や眼科、耳鼻科、麻酔科といったオンオフの切り替えが比較的スムーズに出来る診療科に偏在しています。

年代別の割合では、例えば産婦人科では20代は女性が75%を占めていますが、女性が子供を産み育てる20代後半から30代、40代になると、女性医師は現場を離れて行きます。医学部は6年制なので新卒で24歳。卒後10年以内に一度でも離職する割合が、9割程度である事が確認されています。

09年に行った全国私立医科大学合同調査では、常勤で働いている女性は7割に過ぎないという事が分かりました。こうした事が、男性医師の働きを1とすると、女性は0.7と言われる事に繋がっています。

その後、厚労省が17年に行った「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」では、20〜30代では常勤の女性より男性の方が就労時間が長い事が分かり、この10年間で女性医師の働き方は殆ど変わっていないと愕然としました。状況は殆ど改善されていません。

そうした中、18年の東京医大の医学部入学試験での差別事件が起きました。現役と1浪、2浪男子は20点加算、3浪男子は10点加算、4浪男子と女子は0点と加点に傾斜を付けていたという大変残念な事件でした。

■性別格差による就労・キャリアへの影響

何故、女性は働き続けないのか? と疑問を持たれるかも知れませんが、いくつか理由が有ります。先ず、女性医師側に、自分の子供は自分の手で育てたい、家事に参画したいという性別役割分業意識が有る事です。日本外科学会のデータベースをお借りした調査では、外科医の収入に与える子供の数の影響を解析した所、男性では子供の数が増えるほど収入が上がり、女性では子供が増えるほど収入が顕著に下がるという事が明らかになりました。これは子供が増える事で女性医師が就労、診療機会を控えている事が示唆される結果です。

続いて、女性差別とも形容出来る性別格差の問題です。前述の全国私立医科大学合同調査では、「性別のために有給ポスト獲得、昇進人事、終身雇用の機会が得られなかった経験がありますか」という問いに、「あった」と回答した割合は、男性の23名(3%)に対し、女性が332名(21%)と、有意に女性がその様な経験をしている事が明らかになっています。この時に不利益を受けた相手とその職位について調査した所、男性の上司と男性の患者が多く、ハラスメントの要素も影響している事が考えられました。

又、女性は男性に比べて性別格差を強く認識している事が分かりました。こういった認識が強い女性医師は、強くない医師に比べてパートタイムになる確率が40%増すという解析結果を示しています。ここから、正当に評価されないのであればフルタイムワーカーをやめて家庭に入り、家族の為に働くという方向にキャリアをドライブしてしまうのではないかと推察しました。

もう1つ重要な因子として、医学会にロールモデルが居ない事が挙げられます。医学会の管理職における女性医師の割合を見ると、全国の医学部長の内女性の割合は2.5%、教授職が2.6%位です。学会の評議員は5%を超えて来ていますが、日本医師会の常任理事は1人、理事も1人だけです。このようにロールモデルが極端に少ない事で、若い女性医師の自信への影響が懸念されます。

その一方で、米国では女性医師(内科医)が担当した入院患者は、男性医師が担当するよりも死亡率が低い事が報告されています。米国では医学部の半数以上を女性が占めていますので、医師という職業は状況が変われば男性より女性の方が適していると言えるかも知れません。特に、女性医師は相談がし易いという点から産科、婦人科、乳腺外科、泌尿器科で求められています。

トップジャーナルのNature誌では、同じ能力の有る男性に比べて女性は賃金が低い、昇進や研究費獲得の機会が少ないという問題が提起されています。又Lancet誌では、女性は研究に対する関心が少ないとする一方で、研究よりも教育に関心が有り、ロールモデルの欠如、経済的な事情やワークライフバランスへの懸念が研究への参入を遅らせている、女性は性差別やアンコンシャス・バイアスに晒されているという研究結果が発表されています。

■継続就労に繋げるための環境整備を

女性医師の就労は、結婚・出産・子育て等のライフイベントに大きく影響を受けています。年代別グラフのフルタイムワーカーの人数を点で結ぶと、M字の形が現れます。谷の部分は女性が子供を産み育てる時期と一致します。M字カーブは日本と韓国のみで見られ、北欧等の欧米の先進国とのコントラストが顕著になっています。

その理由としては、女性医師が安心して勤務出来る状況ではない事が考えられます。全国の大学病院における保育施設は拡充されつつありますが、夜間保育や24時間保育の割合は3割にも満たない等、課題を抱えています。

又、女性医師の継続的な活用を考えるに当たり、最も大きな問題は医師を取り巻く劣悪な労働環境です。特に労働時間については、深刻な問題を抱えています。全国私立医科大学合同調査では、出産を経験した女性医師の3分の1強が妊娠中又は出産時に何らかの異常が有ったと答えています。週当たりの労働時間が長い程、切迫流産や早産のリスクが上がる事が分かりました。産後休暇は義務化されていますが、産前休暇は義務化されていません。エビデンスに基づいて、女性の妊娠・育児関連法規を積極的に変えて行く必要が有るでしょう。

私の研究によると、結婚・出産・育児・介護等のライフイベントに遭遇した時に、1度でも女性医師が常勤を離職する確率は52%です。1回常勤を辞めるとフルタイムに戻る確率は30%と言われています。女性医師は医療界では少数派ですので診療科では1人か2人。その為、孤立し易く、フルタイムワーカーを辞める事で仲間とのネットワークを失い、情報収集力が低下し、知識をアップデートしにくいという状況に陥ってしまいます。労働基準法等の法の整備を行いながら、女性医師がライフイベントに遭遇する際、退職ではなく、継続就労に繋げられるようサポートする事も重要です。

産婦人科の例では、施設の集約化、当直翌日帰宅、複数医師主治医制の導入、育児支援体制の見直し、子育ての為のポスト増設、院内保育所の整備、医学生と研修医を対象とした産婦人科医の育成等の対策を講じた事により、勤務9年目でドロップアウトする女性医師の割合が大幅に減少しました。

一般企業では、「健康経営」という概念が出て来ています。従業員の健康に投資する事で企業の業績を向上させるという考え方です。経済産業省では、女性の健康保持・増進に向けた取り組み等を行っている企業に対し、優良法人の称号を与え発信しています。医療界も、こうした時期に来ているのでしょう。

【質疑応答】

尾尻:ジェンダーにはこうあるべきだと言うルールが存在するのでしょうか。

野村:ルールではありませんが、時代の要請に応じて、国も医療界も、ジェンダーの問題に真摯に取り組まなければならない時が来ているのだと思います。

有馬牧子・昭和大学医学部医学教育学講座講師:お示し頂いた研究論文で、評価されないとパートタイムになるというお話が有りましたが、続けたいにも拘わらずパートタイムを選んでいるのでしょうか。

野村:これは平均年齢42歳位の方に、今の状況を回答してもらい、過去に遡って妊娠・出産をきっかけに辞めたか辞めなかったかを問うたものですので、続けたかったかどうかの途中関係については分かりません。今の時点の状態をアウトカム、過去のライフイベントをエクスポージャーにして統計解析しました。

有馬:自己評価の低さにはアンコンシャス・バイアスも有ると思いますので、キャリア教育や、組織の制度作りとそれを使える雰囲気作り、ダイバーシティについて考える機会等が有ると良いのではないかと思います。

野村:キャリア教育にアンコンシャス・バイアスという観点を取り入れる事は、我々からも積極的に働き掛けて行きたいと思います。

坂元晴香・東京女子医科大学国際環境・熱帯医学講座准教授:女子医学生が学生時代に希望する診療科は実はマイナー科ではなく、ポリクリや初期研修の間に変わってしまうという事で、環境がそうさせているというのは非常に重い事実だと思っています。女性医師の結婚相手は男性医師が多いとされていますが、男子医師の方が長時間労働をして子育てに関わらない結果として、女性医師がそれを一身に負っているのが現状ですので、20代、30代の男性の働き方が変わらないと女性の働き方も変わらないのではないでしょうか。

野村:男性医師の働き方を変える点については賛成です。最近は男性医学生でもワークライフバランスや家族の大切さに重きを置く学生が増えて来ているので、若い世代に期待したいと思っています。

本間之夫・日本赤十字社医療センター院長:最近JAMAにも似た様な論文が出ていて、アメリカなので日本より進んでいると思いますが、女性に対する研究費の額が小さいのでもっと欲しい、女性が学会で発表する機会が少ないからもっと機会を与えよ、という様に一方的に主張されている印象を受けました。男性側のメリットは無いのでしょうか。

野村:権利を主張する女性医師というのは沢山います。男性も女性が働き易い職場を整える事で、全ての医師が働き易い職場を作る事が出来ます。健康経営の考え方を取り入れると、病院全体の収益が上がったり、ブランド力が上がったり、地域住民の評判が上がります。現在は性別に拘わらず、過酷な労働に耐えられない状況になっています。過労死という言葉は無くすべきで、個人の私生活を犠牲にしてまで没頭するという時代を変えないといけません。女性に特化するのではなく、性別を超えた視点で取り組まないといけないと思います。

石渡勇・石渡産婦人科病院院長:働き方改革が2024年に始まりますが、産婦人科の状況をお話すると、分娩の47%を担っているのが産科診療所です。特に九州地方では70%のお産を産科診療所が担っていますが、その内上級の医師は1.6人。どうしてやって行けるかと言うと、大学や病院等の先生方が当直や外勤で来て下さって何とかやっている状況です。働き方改革が行われるとこれが出来なくなってしまい、地域のお産を担っている産科診療所が立ち行かなくなるという心配が出てくると思います。これを解決する策として、横浜市立病院の様に女性が働き易い環境を作る事によって、ドロップアウトが減り、男性医師も楽になり、外に出易くなるのではと希望を持っています。ただ、960時間の縛りが有ると出来なくなります。産婦人科は45歳を境として、それより若い世代は女性医師が多く、特に25〜30歳は60%以上が女性。そういった方達が働き易い環境を作れば、改善する道が有るかと思いました。

野村:私も効果検証の結果を見て、環境の整備をすれば着実に効果が出るという一筋の希望の光を見ました。クリニックの医師が支えているのは存じ上げませんでした。これからは皆で学会や医師会等を引き込みながら、環境を整備していきたいと思います。

山本修一・地域医療機能推進機構理事:アカデミアで女性が生き残らないのは1つに無駄に長い勤務時間が有ります。これは働き方改革のターゲットになっているので、改革されると良いと思います。もう1つに、研究業績や手術件数等の時間を掛けないと稼げないものがプロモーションの評価になっている事ですが、これはもっとファストに出来るのではないかと考えています。別の問題で、JCHOに57の病院が有りますが、女性が院長を務めているのは1つしか有りません。副院長でも殆ど有りません。唯一女性が院長をしている病院を訪れた所、雰囲気がとても良く、女性がリーダーをするとここまで変わるのかと感じました。管理職の予備軍となる所に女性が居ないのは、M字カーブやアンコンシャス・バイアスの問題が有るのかと思いますが、女性向けのリーダーシップ研修をして引き上げる等の方法は無いのでしょうか。

野村:私自身は、『先行投資』という方法を取っています。素質が有る方達ですので、チャンスを与えれば期待に応えてくれる人は沢山居るのではないかと思っています。勿論、研修も重要で今日頂いた意見を積極的に取り入れてコンテンツを整理して行きたいと思います。

大久保ゆかり・東京医科大学皮膚科学分野教授:入試での男女差別という大変ショッキングな出来事から、評議員や理事の間で女性3割を目指そうという事で活動を行い、これを達成しました。意思決定機関に女性が居る事で、多様な意見が生まれ、今迄に出てこなかった意見が取り入れられるようになりました。但し、現場の教授、准教授、講師クラスの中で女性を増やすのは至難の業です。内閣府が男性育休に力を入れている事に望みを持っています。医学会では『クオータ制』を積極的に取り入れ、教授会等のアカデミアでは少し時間は掛かりますが、若い方に続けてもらえるように女性枠を設ける等でサポートをするシステムを作るしか、今は無いと思っています。

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