日本の医療の未来を考える会

第68回 人口減少への対応を迫られる日本 課題解決のモデル国となるには(一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長 河合雅司氏)

第68回 人口減少への対応を迫られる日本 課題解決のモデル国となるには(一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長 河合雅司氏)
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計によると、日本の人口は今後減少を続け、およそ50年後には8700万人となる。政府は「異次元の少子化対策」を打ち出しているが、既に出産適齢期を迎える女性が減少しており、今から少子化に歯止めを掛ける事は出来ない。人口減少社会の到来に向けて、日本は何に備え、どの様な社会を構築して行けば良いのだろうか。働き手の減少による医療崩壊への不安も拭えない。一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長の河合雅司氏に、人口減少の時代を迎えた日本の将来の姿や医療界が取り組むべき課題や対策について講演して頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)先日の広島サミットはウクライナのゼレンスキー・大統領の訪日もあり、大きな成果を上げる事が出来ました。ウクライナ問題がどう決着するかは分かりませんが、その後には必ず台湾有事が切迫した課題となります。今回のサミットでも台湾有事への備えが話し合われた筈です。今の日本は経済、外交の他、少子化の問題を始め、医療・福祉の分野でも課題が山積しています。今回のサミットだけでなく、そうした課題にも岸田文雄・首相はよく取り組んでいます。皆様からもご意見をお聞かせ頂き、サポートして頂けたらと思います。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院厚生労働委員長、元内閣府副大臣、医師)今後、2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、40年に向けて労働者人口が急激に落ち込む事が確実視されています。そうした超高齢社会を迎える中で、国は地域医療構想や医師の地域偏在対策、医師の働き方改革等に取り組んでいます。人口が減少して行く中で、如何に人材を確保して地域の医療を守って行くのか、これは大変難しい課題です。本日の講演で人口減少問題への理解を一層深め、皆様と共に今後の医療の在り方について考え、国に課題の解決を訴えて参ります。

古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員)先日、超党派の国会議員で「人口減少時代を乗り切る戦略を考える議員連盟」を立ち上げ、自民党の野田聖子議員に会長に就任頂き、私が幹事長を務め、本日ご講演の河合先生には特別顧問になって頂きました。異次元の少子化対策も重要ですが、目の前で深刻化する人口減少の問題に戦略的に対応して行かなければなりません。日本の医療には、国民の命と健康を守り、世界の人達を支える力が有ると思います。皆さんと日本の優れた医療を世界に広めて行く活動にも取り組んで参ります。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員)人口が減少して行くと医療の偏在が起こると指摘されています。それは、私の地元である北海道では既に顕著となっており、喫緊の課題です。医療機関が減少して行く地域で、果たして地域包括システムを機能させられるのか。かなり難しいのではないかと思っています。今、外国人技能実習制度の見直しが検討されていますが、北海道では外国人の就労者が居なければ経済が回らない所まで来ています。外国人労働者受け入れを実情に合わせた制度に設計していく事も大きな課題です。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)恐らく数年の内に、労働者不足という問題が日本の医療界を襲います。医療の世界で人手不足は致命傷となる可能性が有り、医療DXやAIの導入で出遅れた医療機関は生き残れないのではないでしょうか。今日は人口減少がもたらす様々な問題について河合先生に講演頂きます。先生の著書『未来の年表』を読み進めて行く内に、人口減少問題の恐ろしさを知り、日本の未来が不安になりました。しかし最後に処方箋が紹介され、「まだ日本が生き残るチャンスは有る」と感じたのを覚えています。

講演議事録
■人口減少で社会の底が抜ける

社会には、経済や外交、環境など様々な問題が有りますが、人口問題はこれらと同列では考えられない根本的な問題です。言わば社会の底が抜けて行くという話です。例えれば、人口とはテーブルであり、経済や人権、教育など様々な政策課題はその上に載る料理です。勿論、医療の在り方、今後の病院経営という問題も同じです。それぞれの料理を美味しくすべく各分野の専門家が工夫を凝らしていますが、テーブルが崩れてしまったら、せっかくの料理も台無しです。日本は正に、テーブルの脚が朽ち始めているという状況です。

先日、社人研が最新の将来人口推計を公表しました。2070年の日本の総人口は8700万人程に減少するとの内容でしたが、かなり甘い見通しです。出生数がこの先10年ほど横這いで推移するという前提ですし、外国人が毎年16万4000人ずつ増える見込みになっている。実際は、もっと早いスピードで人口は減って行く筈です。しかし、そんな甘い推計でも50年後には人口が3割減り、100年先は6割減る。外国人の数が少なければ、もっと早く現在の4割の人口の国になります。

出生数は今更対策を講じても減り続けます。何故なら、それは過去の少子化のツケだからです。これまで毎年生まれて来る女の子の数は減り続けて来ました。子供を産む女性の9割弱は25〜39歳です。現在の0〜14歳の女性の数は、25〜39歳の女性の数に比べて25%も少ない。つまり25年後の出産期の年齢の女性は今よりも25%少ないという事です。ここ迄減ったのでは、異次元の少子化対策で出生率が多少上昇しても子供の数は増えません。最早、やるべき事は人口が減っても、国の経済を成長させ、社会をきちんと機能させて行く事です。医療も機能させて行く為にはどうすれば良いのかを考えなければなりません。機械化やAIで対応するという話も有りますが、機械やAIは消費も納税もせずマーケットの縮小対策とはなりません。機械に置き換える事で、人手不足の解消には多少役立つかも知れませんが、人口減少による問題の解決には役に立たない。外国人も日本人の減少規模を穴埋めする程は来ないでしょう。的の外れた政策を一生懸命やっているのが、今の政治です。人口は若い人ほど速く減って行く。働き手である20〜64歳の人口の予測を見ると、急激なスピードで減って行きます。20年には約6900万人でしたが、50年には約1800万人少ない。30代前半だけを見ると、50年迄に3割減る。30代前半は家を買ったり車を買ったり、大きな買い物をする世代です。そうした消費を支える人達が僅か30年間で3割も減ってしまう。企業の売り上げや利益が縮小すれば、その分税収も減ります。結果として、医療に回るお金も減って行くでしょう。世の中に出回るお金が減り、全ての人が影響を受ける。ですから、人口減少の問題は社会の底が抜けるという話なのです。

■医療現場の人材不足と医師の偏在が課題に

働き手世代が減ると、医療現場の働き手も減少します。今後、必要となる医療・福祉従事者の数を内閣府が予測していますが、就業者全体の数が25年、40年とどんどん減って行くのに、医療・福祉のニーズは増え、改革が進んだとしても就業者を100万人ほど増やさないと、現在の医療・福祉のレベルを保てないとしています。しかし、この分野だけに人が集まるとは考え難い。何より、誰でも医療や福祉の仕事が出来る訳ではありません。免許や資格だけで無く、適性も問われます。介護職員を例に挙げると、19年の就業者数は約211万人でしたが、40年には約70万人増やして約280万人にしなければならないと推計されています。しかし、現実の介護現場では、職員が増えるどころか、閉鎖する施設も増えて来ている。介護職員の処遇の問題もありますが、マンパワーが足りず、ニーズが増えても対応出来ないのが原因です。

又、人口減少で利用者が減ると経営の問題も生じます。財務省の資料に、人口に基づいて医療機関が存続出来る確率を推計したものが有ります。それを見ると、一般診療所であれば、エリア内の人口が5500人であれば経営が成り立つ確率は80%、3500人であれば確率は50%となっています。今後、医療・福祉サービスが成り立ち難い自治体も増えて行きます。

人口の高齢化の問題は、そのまま医師の高齢化問題にもなります。日医総研の推計では、今後65歳以上の医師が増加し、16年から36年の20年間でほぼ2倍になると推計されています。この点について、医師会や厚労省は、何処で何歳の医師が医療活動をしているのか、早急にマッピングして頂きたい。近い将来、無医村となる可能性が有る地区を把握しておかなければ、ある日突然、医師が居なくなってしまい、その地区に人が住み続けられなくなってしまいます。それだけでなく、それぞれの医療機関の中で医師等のスタッフの年齢構成がどうなっているのか、次の世代に引き継ぐ目途が立っているのかという点を押さえておかないと、医療機関そのものが存続出来ないかも知れない。

高齢者の増加もいつかはピークを迎えます。社人研の推計では43年にピークを迎えるとしています。それまで高齢者は増え続けますが、それ以降は高齢者も減少して行く。すると、患者も減少して行く事になる。今は将来の医師不足に対応する為、医学部の定員増等で医師の養成を図っていますが、いずれ医師が過剰となります。既に患者数の伸びは鈍化しているのに、診療所の数は増えています。医師が足りないエリアが有る一方で、過剰な地域が有るという医療機関の偏在も問題になるでしょう。日本では診療所の開業エリアや診療科の数をコントロール出来ない。このままだと医療機関が集中するエリアでは弱肉強食の世界となるでしょう。今の大学の医学部の定員数を維持して行くと、概ね30年頃には患者数と医師数の需給バランスが均衡すると見られます。その後は、日本全体で見ると患者不足が起こって来る。医師の偏在をどうコントロールして行くのか、医療機関同士で考えて行かなければならないのではないかと思います。

現在も都市と地方の間で、医師の偏在化が明らかですが、診療科の偏在化も起きています。例えば科を目指す学生が減っている事もあり、外科医は都市部でも足りない。一方で皮膚科の医師は多くて、東京では皮膚科医余りが既に起きています。医療機関の経営が厳しくなって行く事を見越した若い医師達は最初から整形美容など自由診療の世界に向かっています。この辺もきちんと整理した上で、この先地域の中でどれ位の患者数が見込まれ、医師の世代交代は進んで行くのかを検証する必要が有ると思います。更に医療機関は医師だけで回っている訳でなく、それ以外の仕事に携わる人も必要です。そうしたスタッフの人手不足の問題も含めて考えて行かないと、今後の地域医療をどう維持して行くのかという命題に対する答えは出ません。

■地域医療をどう守って行くか

患者が退院した後のケアも大きな課題です。政府は地域包括ケアシステムで対応して行くと言っていますが、現実の問題として、地域の中にどれだけのマンパワーが有るのか。往診や介護の訪問サービスが有ると言っても、その時間は1日の中でほんの僅かです。それ以外の時間のケアは家族が担っているのが実情です。家族も働かなければなりませんし、十分な収入を得るには親の介護に時間を費やせないという人もいます。こうした状況の中で、地域包括ケアシステムは広がりを見せていない。地域包括ケアシステムを中学校区単位で設置すると言って来ましたが、本当に出来るのかという事を考え直さなければならないと思います。私は、地域の中で医療機関を中心に高齢者の住まいを整備するといった改革をせざるを得ないと考えています。40年代初頭になると、かなり高齢者の数が増えて来る。年齢も75歳以上が多く、一人暮らしも相当増える。その頃は女性高齢者の4分の1が一人暮らしで、男性も5分の1は一人暮らしです。今の高齢者と20年後の高齢者とでは、暮らし方が大きく異なる。就職氷河期世代で、非正規雇用で長く働かざるを得なかった人の多くは、将来の年金受給額が少なく、老後資金も十分用意出来ない。そして家族も居ない一人暮らし。こうした人達を、全て医療と公的介護で支えて行こうと思えば、医療や介護に従事する人を更に増やして行かなければならない。そう考えると、やはり住まいの集約化をしながら地域医療構想を考えて行く必要が有ると思います。

一方、医療機関は患者不足の問題にも直面します。病院も一定の患者数を確保しなければ収入が増えず、収入が増えなければ医師を始めとするスタッフに満足いく水準の給料を支払えなくなる。この為、医師の東京一極集中が進みつつあります。将来的に患者不足が予想される地域の医療機関が東京圏に移転し始めている。介護施設もそうです。現時点では医療機関がしっかり整っている地域であっても、その医療機関が今後もそこに在り続けるとは限らないのです。

これは、経営者としては正しい判断です。鉄道等の公共交通機関を見ても、利用者が減った地域では、どんどんサービスが縮小している。医療機関は経営が成り立たない程に患者が減ってしまっても、そこに留まり続けなくてはならないのか。立地が難しくなった時、どの様に医療機関としての使命を果たすのか。病院を経営する医師は、いずれそうした問題への対応を迫られます。それは決して綺麗事では済まない話です。

今後人口が激減して行くと、恐らく医師の公務員化など国が管理しないと医療提供体制を維持出来ないという極端な意見も出て来るでしょう。勿論、今は考え難い事ですが、だからと言って都会と地方の間での患者や医師の偏りを放置していると、地域住民の健康は守れず、医師の収入も十分に確保出来ないという事になりかねない。今こそ、大きな改革に取り組む必要が有ります。

質疑応答

尾尻 人口減少の問題を既に解決した国は有るのでしょうか。

河合 日本は今、世界で11番目の人口大国ですが、これ程の規模の国で急激な人口減少を経験した国は嘗て有りません。韓国や中国でも少子高齢化が急激に進み、いずれは地球全体の人口が減り始めるでしょうが、先頭を行く日本が参考に出来る国は有りません。

後藤田卓志・日本大学医学部教授 医師も皆保険制度の下で収入を得ている以上、診療科選択の自由とか開業場所の自由とか言っている場合ではなく、ある程度強制力を持たせた改革が必要ではないかと思います。全て自由診療にして自由競争にするのとどちらが良いのでしょうか。

河合 皆保険制度を廃止すると、病院に行けない人が増えて、更に患者は減ります。開業に制約を持たせて、医療サービスを維持するのが現実的でしょう。医療業界の抵抗は大きいでしょうが、都会と地方の間では住民サービスの格差が広がり、地方の暮らしはコストが高くなるばかりです。いずれは人々も都市に移り住み、医療機関も都市に移って行くと思います。それを計画的に進めるか、病院の自然淘汰に任せるのかという選択だと思います。

荏原太・医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 何故政治家は無意味な少子化対策を進めるのでしょうか。又、厚労省の技官は地方へ行き、地方の医療の実態を見て、政策を立案して頂きたい。

河合 国の少子化対策は、先ず人口問題に対しての無理解がある。対策をすれば少子化が止められると思っている政治家が多いのも事実です。選挙を考えると、分かり易い対策を打ち出さないといけないという事も有るのでしょう。厚労省の技官については仰る通りです。現場で経験を積み、直ぐに現場にアクセス出来る環境を作って行かないと人口減少という激変期の課題に対応出来ない。厚労省の組織改革だけでなく、官僚の質を高めて行く事も必要です。

松岡健・医療法人社団葵会医療統括局長 私共が運営する老健施設では介護職に海外の労働者を受け入れていました。ところが新型コロナが終息後、外国人労働者が戻って来てくれません。何故でしょうか。

河合 介護職の給料が安いのも一因ですが、日本が働き先として選ばれなくなった事が一番の要因です。労働力の安い国では、コンピューター制御の最新鋭の工場が増えています。働く場所が増えれば、わざわざ日本に行く必要は無い。又、同じ様な少子高齢化の国との間で、外国人労働者の奪い合いになっていて、日本はそれに負けているという事です。

石渡勇・石渡産婦人科病院院長子供を産みたがらない、育てたがらないのには、様々な理由が有ると思いますが、今後、分娩数を増やす為にはどうすれば良いのでしょうか。

河合 母親になる年齢の女性の数が今後減少して行く事を考えると、妊娠分娩数の減少は構造的な問題です。しかし、人口問題と関係無く、安全に出産出来る環境は守って行かなくてはならない。今後の産婦人科病院は診療科を増やして行くとか、日本の医療技術を海外に普及させて行く等、如何に人口減少時代に対応して行くのかを考えないと現実的な議論になりません。

尾尻 何か抜本的な人口問題への対策は有りますか。

河合 人口が減少するのは止むを得ない事で、今から対策を始めても効果が現れるのは100年以上先です。やるべき事は人口が減っても経済を成長させる事です。そうすれば税収も確保でき医療にも回る。それには「戦略的に縮む」事です。この先、国内マーケットが縮小して、売り上げが減っても収益を増やせるビジネスモデルです。例えば、付加価値の高い商品を開発し、高くても買ってくれる客を見つけ、海外マーケットも取り込んで行く。それが、日本の将来を切り開くための希望です。医療機関も同様で、どこで戦略的に縮むのかという事が問われます。戦略性を持った縮小によって、企業の利益がむしろ増える経営モデルに変え、今よりも住み易い社会を実現する事が出来れば、日本は少子高齢問題に関する「課題解決先進国」として、世界で新たな指導的ポジションを獲得出来る筈です。

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