日本の医療の未来を考える会

第66回 医療DX令和ビジョン2030の 実現に向けて(厚生労働省大臣官房医薬産業振興・ 医療情報審議官 城 克文氏)

第66回 医療DX令和ビジョン2030の 実現に向けて(厚生労働省大臣官房医薬産業振興・ 医療情報審議官 城 克文氏)
医療分野でのデジタル化、IT化の必要性が議論される様になって久しいが、電子カルテの導入を始めとするオンライン化や医療データの活用は、海外の先進国に比べて大きく後れを取っているのが実情だ。新型コロナ下では、デジタル化の遅れによって必要なデータが迅速に収集出来ない事態も生じた。こうした反省から国は「医療DX」を推進しているが、医療現場や国民へのメリットが十分に理解されているとは言い難い。4月に医療DXの工程表が発表されるのを前に、厚生労働省大臣官房医薬産業振興・医療情報審議官の城克文氏に医療DXの考え方や今後の方針について講演して頂いた。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院厚生労働委員長、元内閣府副大臣、医師):医療関係の皆さんは、DX実現に向けて大変な苦労をされていますが、一方で医療DXが根付くのかと疑問や不安を抱いていると思います。今後の医療DXの取り組みについて、意見を聞いて行きたいと思います。

和田 政宗氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):菅義偉前首相が記者会見等で出産費用の保険適用や無償化に言及されています。病院毎、地域毎に費用が異なり、3割負担部分をどう手当するのか等の課題について、 議論に参加して参ります。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):政府はデジタルへの投資を政策の柱の1つに挙げています。特に医療は何処に居て、どういう状況であろうと、同じ医療サービスを受けられる体制を構築しなければなりません。その為に医療DXは必要です。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):医療DXを進めると、医療の質が高まると言われています。各医療機関でも、各担当者を中心に正しい知識を吸収して頂く事が大切です。本日の勉強会も、医療DXの推進に有益なものになる様期待しています。

医療DX令和ビジョン2030の実現に向けて

■医療DX推進本部が設置、工程表が今春公表

「医療DX令和ビジョン2030」の提言を自民党から頂いたのは2022年5月です。提言は、医療DXによって日本の医療分野の情報の在り方を根本から解決する事を目的としています。最初に、提言内容を基にビジョンのポイントを説明します。

先ず、大きく分けて「全国医療情報プラットフォーム」の創設、電子カルテ情報の標準化、「診療報酬改定DX」の3つの取り組みを同時並行に進めて行きます。これによって患者や国民、医療関係者、システムベンダーはそれぞれメリットを享受出来ます。患者や国民のメリットは、電子カルテの情報を自分でも見られる様になり、同じ検査を何度も受けたり、薬の重複投与をされる事を防げます。健康情報を知る事で、診察の質の向上や健康増進に役立ててもらおうと、具体的にはパーソナル・ヘルス・レコード(PHR)という形で検討が進められています。医療のリアルワールドのデータを活用出来る様になれば、新たな治療法や医療技術の開発等にも繋げられます。

医療関係者には、医療情報の共有化や医療技術の開発による医療サービスの向上は勿論、電子カルテの費用低減等コスト面でのメリットが期待出来ます。システムベンダーは現在、医療機関毎にカスタマイズしたシステムを販売していますが、全国的なプラットフォームの創設や電子カルテ情報の標準化によって、システムエンジニアの労働環境の改善や参入障壁の解消を図れます。

健康医療情報システムを構築する時の情報源となるのは電子カルテです。しかし、電子カルテの普及率は17年の調査で、一般病院は46.7%、診療所も41.6%にしか達しておらず、データの1次利用も2次利用も十分では有りません。今回のコロナ禍でも、情報収集が紙ベースとなった為、十分な医療情報を迅速に収集出来ない問題も生じました。

全国医療情報プラットフォームとは、現在のオンライン資格確認システムを発展的に拡充して、電子処方箋や予防接種、自治体健診等を含む医療情報全般を共有出来る様にするものです。オンライン資格確認システムとは、患者がどの保険に入っているのか、医療機関の窓口でマイナンバーカードから確認するシステムで、23年4月から原則義務化となります。

マイナンバーカードの活用は、登録情報を医師や薬剤師と共有出来る様にする他、同意書や承諾書も電子署名を使ってデジタル化して行くとしました。セキュリティについてですが、病院のシステムを外部システムと繋ぐ事に対する懸念を多くの人が持っています。しかし、実際のサイバー攻撃では、外部から独立していれば安全とは限らない。メンテンナンスの際は大抵、外部からアクセスをする為、そこを足掛かりに侵入される事が有りますし、関連事業者を経由して侵入された例も有る。そう考えると、接続先を限定してもリスクにさほど差は無く、対策しているかどうかが重要になります。

診療報酬改定DXは2年に1度の診療報酬改定の際のシステム改修等の負担を減らそうというもので、厚労省や審査支払機関、ベンダーが協力して診療報酬「共通算定モジュール」を作成します。これによってベンダーの負担が大きく軽減される筈です。

こうした提言の内容は22年の政府の骨太の方針に盛り込まれ、政府には総理を本部長とする医療DX推進本部が設置されました。現在、工程表作りを進めていて、23年4月中には工程表を公表する予定です。

■DXの前提となる基盤作りが現状

政府のデジタル化の流れを振り返ると、00年にIT基本法が制定され、政府のIT戦略がスタートしました。この頃はe-Japan戦略と言っていましたが、当初はデータ活用の為のデジタル化が当面の目標でした。19年に各種手続きをワンストップ化する為のデジタル化という方針も盛り込まれて、今のIT戦略が出来たのが20年です。コロナ禍で分かった事は、日本社会でデジタル化は進んでいるけれども、利便性の向上に繋がっていない事でした。日常生活や経済活動の中で何か手続きをする際に、申請のオンライン化が進んでいないから、書類を持って役所の窓口に行かなければならないとか、テレワークなのに判子を押す為に出勤しなくてはならない、といった事が多くの批判を浴びました。行政でも給付金等の申請を受け付けるのに紙の申請を処理しなければならず、迅速な支給の妨げとなりました。

医療現場でも、陽性者の報告に手間は掛かるし、情報が紙で届くので集計も捗らない。デジタル化されていれば自動化出来ていた筈のものが、出来ていなかった。震災時にも、被災者が普段服用中の薬が分からなかったので、相当苦労して探したという話も有りました。この様な問題をデジタル化で解決するのが政府の方針です。デジタル改革関連法を制定して、デジタル社会の実現に向けた基本的な枠組みを作りました。合わせて免許等の国家資格を電子化してマイナンバーで利用出来る様にマイナンバー法の改正も行いました。

22年に閣議決定されたデジタル田園都市国家構想総合戦略の中で、地方でのDXの推進が盛り込まれました。それを受けて、医療介護分野でも「医療DX」という言葉が使われる様になりました。DXは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、デジタル技術によってビジネスや社会、生活の形・スタイルを変えるという意味です。厚労省では医療DXについて、単に書類をデジタル化する、情報をデータ化するだけでなく、実際にデータを活用して医療の質を上げ、より良質な医療ケアを受けられる様にして、社会や生活の形を変える、仕事の方法を効率化したり、患者の利便性を向上させたりする事だと定義しています。

そうしたDXを実現するには、先ず情報をやり取りする基盤が必要です。自民党からも、取り組みが全く進んでいないという指摘を受けましたが、抜本的に問題を解決するには、最初に基盤作りに取り組まなくてはならないのが現状です。

■良質な医療・福祉サービス実現にDXを活用

デジタル化やIT化で社会をどう変えていくのか、という点ですが、コロナ禍前迄は4分野の目標を掲げていました。ゲノム医療の推進とAI活用、医療・介護現場での情報活用、PHRの推進、ビッグデータの活用やデータベースによる研究の活性化です。ところが、コロナ対応で多額の支出が必要になった事も有って、20年に、その中の3つのテーマに集中して取り組む事になりました。

1つ目は、全国で医療情報を確認出来る仕組みの拡大です。全国の医療機関等を繋ぎ、薬剤や手術・移植、透析に関する情報等も含めて医療情報を閲覧出来る様にする。2つ目は電子処方箋の仕組みの構築です。これにより、医療機関と薬局の連携がスムーズになり、重複投薬も防げます。3つ目は自分の保健医療情報を自分で確認し活用出来る仕組みです。先ずは健康診断や各種健診から始めようという事で、健診・検診データの標準化から取り組んでいます。

これらにはオンライン資格確認システムやマイナンバー制度のシステムを利用する事になっていまして、マイナンバーカードもかなり普及して来た事も有り、この3つに絞りました。

実際には、医療機関や薬局の窓口にマイナンバーカードを読み取るリーダーを設置して頂き、利用者がリーダーの上にカードを置くと、顔認証や暗証番号で本人確認をして、情報提供の同意も得られる仕組みです。そうしてマイナンバーカードで資格確認した人と、医療データを紐付けすれば、医療データの名寄せが簡単になります。今後は、個人の医療情報を医薬品の開発等に使う事への電子的な同意も可能にして行きたいと思っています。現在、カードリーダーの設置を義務化している対象施設の約98%がリーダー機器を申し込んでいます。設置が義務化されるのは経過措置の期間も含め9月末ですが、既に準備が完了している施設が6割弱、運用を開始した施設も約半数となりました。

電子カルテ情報の標準化は、22年春に診療情報提供書や退院時サマリー、健診結果報告等について、FHIRという国際規格によるフォーマットを作成しました。今後も、どの様なデータが必要であるかを検討して行き、有益な情報について随時、規格を作って行こうと思っています。電子カルテの推進には、FHIRへの対応に補助金を出す等の支援が必要になるかも知れません。そうした支援も検討しながら電子カルテの普及を進めて行きます。

既に電子カルテを導入している大病院等では、標準化に合わせてシステムを取り換えるのは大変ですから、現在のシステムに新たなシステムを付加して、規格に沿ったデータを出力出来る様にしてもらう方針です。この改修にも補助が必要と考えています。まだ電子カルテのシステムを導入していない中小の病院や診療所は、全体の半分くらい有ります。こうした病院は、今まで通りの方法で支障が無いので電子カルテを必要としていない。そこではただ費用が掛かるだけなので、なかなか導入が進まない。こうした医療機関向けに、極力機能を絞って診療報酬改定DXにも対応するシステムを用意して、導入をお願いしたいと思っています。購入になるのか、利用料を徴収するのか、無料で配布するのかは決まっていませんが、そうした方向で進めて行きます。実際の運用では、必要とするデータは最近のものや過去半年位のものが中心になる筈ですから、こうしたデータはクラウド上に置いて、直ぐに取得出来る様にします。

研究等で昔の画像を集めたい場合や、症状に関する特定の遺伝子を持つ人のデータを集めたい時は、即時にデータを必要とする訳では有りませんので、そうした情報が何処に在るのかが分かるインデックスだけ作成して、利用者には検索してもらう形にします。そうしないと、クラウドのデータが多くなり過ぎて、今直ぐ必要なデータにアクセスする時間が掛かる可能性が有ります。費用や実用性を考え、そうした工夫もして行きます。

電子カルテのシステムを導入して頂くのは、医療機関と自治体、個人が医療情報をオンラインでやり取りする為で、その情報のやり取りの基盤となるのが全国医療情報プラットフォームです。個人の方はマイナンバーカードで本人確認をすれば、マイナポータルを通じて自分の医療情報を受け取る事が出来、自治体ともプラットフォームを通じて健診や介護認定等に必要な情報をやり取り出来る。将来的には、生命保険会社や損害保険会社が、有料で診断書等を取得出来るシステムの付加も検討しています。

診療報酬改定DXは、通常、2年毎に診療報酬を改定します。中医協で前年の暮れ位迄に議論をして、2月上旬に中医協の答申が出ます。そして、答申内容は4月1日から施行され、5月10日には初回請求が有ります。この答申内容をシステムに反映させる為、ベンダーは中医協の議論を確認しながら、システム改修の必要性を見極め、答申と共に改修に着手します。そして、4月の施行や5月の初回請求に間に合わせなければならない。その為、この約3カ月間は、全国の病院でそれぞれが、各病院に合わせてシステムを改修することになります。

システムエンジニアの数も全国で不足していますから、「デス・マーチ」と呼ばれる程の過酷な作業になります。こうした状況を失くす為、国が共通化したモジュールを作成して、そのままシステムに移行出来る様にすれば、ベンダーやシステムエンジニアの負担も軽減されます。

■今後の見通しについて

医療機関や各自治体等では、良い医療・福祉サービスの提供の為、様々な取り組みをして頂いています。地域連携ネットワークの取り組みも進んでいますが、これらは全てDXに関わって来ます。国は、DXの基盤を整備して、基本的なサービスを提供します。その上で、地域の実情に合わせた医療・福祉の充実や、企業による創薬、大学や研究機関での臨床研究にも役立てて欲しい。そうした取り組みには、新たなアプリケーションも必要で、そこまで国が提供する訳では有りませんが、そうしたやり取りが出来る基盤は用意したい。その為にデータの規格やデータベースの作成を進めています。今後、医療DXをどの様に進めて行くかを示す工程表は4月末迄には公表する予定で、工程表に従って基盤作りを推進すると共に、どの様に活用して頂けるのかを引き続き検討して行きます。

質疑応答

原澤茂・社会福祉法人恩賜財団済生会支部埼玉県済生会支部長 現在電子カルテは4つ5つかのベンダー企業が支配し、5〜6年でシステムを更新します。400床以上の病院では、システム改良やグレードアップに1回約10億円の費用が掛かる。それに対し、政府からは何も施策は無い。もう1点、北欧のデンマークではデジタル化が進み、一般の市民はスマホやパソコン以外に通信の手段を持たないし、現金も殆ど持ち歩かないそうです。調査をすると、個人情報の扱いを含めてデンマーク国民が政府を信用している割合が圧倒的に高い。一方で、多くの日本国民は政府を信用していない。信用が無いので、マイナンバーを含め個人情報のデジタル化が進まないのだと思います。政府が国民から信用を得ないと、DXは絵に描いた餅に終わるのではないかと懸念します。

 各病院が院内システムを構築していくに従い、ベンダーロックインと言われる状況になっていました。周辺機器からシステムに取り込まれたデータが、システム内部でどの様に保存されているのか、複雑でよく分からない様なケースも有ります。それを、標準の規格でデータを出力出来る様にしなければなりません。しかし、システム一式を取り換えるのは費用も時間も掛かり現実的では無い。そこで最初は標準規格に変換して出力してもらう仕組みから始めます。将来的には、2度手間で効率が悪いので、システム更新時には標準規格に対応したシステムを選ぶ方向に持って行けたらと思っています。政府への信用については、過去に信頼を損なう様な情報管理に関する事故が起きたのは事実です。ただ、日本はデジタル化が遅れている訳ではない。デジタル化されたデータは身の回りにいくつも有るのに、それを政府が収集して活用する迄に到っていない。実際に活用する為には、データの共通性を含めて基盤整備をしなければなりません。仰る通り、法整備を含めて政府の信頼性を高めて行く事は重要で、セキュリティが担保された基盤整備をきちんと進めて行きたいと思っています。

荏原太・医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 電子カルテは基本的に共通化して、医療介護のプリンシパルは分業の形をとって頂きたい。システムのセキュリティで言えば、日本は海底ケーブルが1番細い所で5cmしか無い。光ケーブルの場所は海外にも知れられているから、有事の際、ケーブルが切断されるリスクを考えると国内にサーバーが無いと立ち行かない。その対応が有事や災害時に最も大切な事だと思います。国の主導で情報インフラの管理や防護に万全を期して欲しい。

土屋了介・公益財団法人ときわ会顧問 1番聞きたいのは、DXを進めたらこういう夢が有るという事です。患者の立場から言えば、診療が終わって受付へ行っても直ぐに会計出来ない事が多い。計算が済む迄30分程待たされてからやっと会計出来る。そうではなく、会計が直ぐに出来る、処方箋を持って薬局に行けば、直ぐに薬を受け取れる事を期待しています。又、電子カルテや電子処方箋のシステム改修費用は国が持つとはっきり言って欲しい。

 電子処方箋は、公的サービスとして1月から一部でスタートし、アプリ等で連携すれば行って直ぐ薬を受け取れる様になります。機器の導入が進んでいませんが、次第に普及して行くと思います。会計の迅速化もマイナンバーカードの活用で進んで行きますが、現状はそこ迄到っていません。そうした事が全国で出来る様にする為の基盤作りをしているのが現状です。将来どの様な事が出来る様になるのか、時期も含めて工程表等で示すつもりです。費用負担については、私の担当する分野ではないのですが、受益者負担や利用者負担という考え方が有ります。国の費用負担が必要という事になれば、誰が受益者で、誰が利用者なのかという事から、関係者で議論して行く事になると思います。

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