日本の医療の未来を考える会

第65回 不祥事や医療過誤で“炎上”を免れる 危機管理として適切な報道対応とは
(産経新聞エディトリアル・クリエイティブ室長 道丸 摩耶氏)

第65回 不祥事や医療過誤で“炎上”を免れる 危機管理として適切な報道対応とは(産経新聞エディトリアル・クリエイティブ室長 道丸 摩耶氏)
新型コロナウイルス感染症を巡っては、医療界の対応も連日大きく報道された。メディアの発信は多くの人の行動変容を促し、感染対策の一助にもなるが、時には誤った情報発信で混乱を引き起こす事も有る。過去には医療過誤を巡る報道で医療界に深刻な影響を及ぼした事も有った。医療機関はその様な報道機関とどう付き合い、万が一の事態が起きた時にはどう対応すればいいのか。医療機関の適切な報道対応について、元社会部記者で厚生労働省担当の経験もある産経新聞エディトリアル・クリエイティブ室長の道丸摩耶氏に講演して頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):国会には多くの勉強会が有りますが、何年も、また欠かさず続けている勉強会はごく少数です。「日本の医療の未来を考える会」はその数少ない勉強会であり、医療問題を民間の立場から真剣に取り上げて来ました。そして、必要ならば自民党や政府にも意見を述べ、政策を変えた事も何度か有ります。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):政治家は日々の報道と相対しながらも、記者と意見交換する機会も多く、マスコミはカウンターパートナーとして我々には欠かせない存在です。私はマスコミとの付き合いが決して上手とは言えませんが、記者の感覚は政治家にとって大変貴重なもので、今後も勉強させて頂きたいと思っています。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):企業には、広報など毎日メディアと付き合うことを仕事にしている部署がありますが、医療機関にはそうした部署はあまりありません。しかし、一度不祥事が起こると、メディアは医療機関にも大勢で押し掛けて来ます。そして、命に関わる医療機関は、より厳格な対応が求められます。医療機関も報道対応を学ぶ必要が有ります。

講演採録
“もしも”が起きた時の医療機関の報道対応
■報道のスタンスは状況と共に変化する

新聞やテレビは様々なニュースを取り上げますが、新型コロナウイルス感染症の対応に追われたこの3年間は特に医療ニュースが大きく取り上げられ続けました。普段、政治や経済、芸能等と様々な担当に分かれている記者も、この3年間は記者である以上、関心の有無を問わずこの新型コロナウイルスの話題に関わらざるを得ませんでした。

又、今回のパンデミックに関する情報発信や情報収集で、これ迄の感染症の流行時と大きく違っていたのは、SNSの存在です。例えば2009年に新型インフルエンザが世界的に流行した時は、人々は新聞やテレビ、インターネットのニュースを通じて情報を知り、情報発信する側もそうした媒体を利用していました。ところが今回は、TwitterやFacebookの普及により、誰もが情報を発信出来る様になった。その結果、誤った情報と正しい情報が混在したまま、大量に発信される事になりました。

報道のスタンスは状況の変化と共に変わります。最初の1年程は感染対策をしっかり行い、ワクチンも打って感染拡大を抑えようという論調が多く、社会全体もその様な雰囲気でした。しかし、3年も経つと、ワクチンの副反応等の影響も有り、もう打たなくて良いのではないかと考える人も増えて来ました。

マスコミの在り方は、一般の人達の意識変化に影響されます。3年前は感染対策をしよう、マスクをしようと日々呼び掛けていましたが、感染が落ち着いて来た今では、元の生活を取り戻そうと、マスクが不必要になる事を歓迎するムードになっている。報道機関は科学的な正しさを求められる一方で、社会の空気に左右される部分も大いに有るのです。

さて、話題を今回のテーマに移して行くと、実際に医療事故が起きた時、取材に当たる部署は主に社会部、地方で起きた場合は、各地に在る支局です。初動の取材は、当該医療機関のエリアを担当する記者が行い、主に病院側と患者など当事者から話を聞きます。事案の大きさによっては厚生労働省担当など医療専門の記者も加わり、専門家から意見を聞く事が有りますし、警察が捜査に乗り出しそうだという事であれば警察担当の記者も加わります。

取材方法や記事の内容は、医療事故をどうやって記者が知ったかによっても変わります。例えば、医療機関が事故について会見を開いたりリリースを出したりした場合、多くの場合、各社横並びの取材と報道になります。記者も独自情報が乏しいので、記事も病院の説明や発表内容が中心になりがちです。しかし、患者や遺族周辺から記者が情報を入手した場合、記者が持つ情報は患者の視点や感情が含まれます。勿論、患者側の情報だけで記事を書く訳ではないのですが、時には患者や家族から写真等の提供も有り「こんなに幸せそうな人がどうして」等と感情に訴える記事になる事も有ります。すると、同じ様な事故でも、読者の第一印象が大きく変わってしまう。患者や家族の無念さに読者が共感する事も起きます。

医療に携わる方達から見れば、医療には不確実性が有って、患者が亡くなる事もやむを得ない場合も有るのかも知れませんが、一般の人達は医療に信頼を寄せていて、言わば安全神話を信じている。この為「どうして亡くなったのか」という気持ちになります。報道機関はそうした“思い”に動かされている部分も有ると言う事をご理解頂ければと思います。

■取材対応で忘れてはいけない3つの原則

もし医療事故が実際に起きたら、どう対応すれば良いのか、実践的な話をして行きましょう。医療事故や不祥事はある日、突然起きるものです。日頃から会見や取材への準備をしておく事が欠かせません。

取材対応には3大原則が有ると私は考えています。1つ目は事案と取材を共に「経由」する担当者を決める、2つ目は「言って良い事」「悪い事」の原則を確認する、3つ目は記者会見を効果的に使う、です。

先ず1つ目ですが、事案と取材を共有する担当者部署を決めておく事は非常に重要です。私が経験した事例ですが、ある日の夜、医療担当記者の元に都内の大学病院で薬剤の誤投与が有ったらしいという情報が寄せられました。夜間ですから、大学の代表電話は終了していて、広報の部署にも電話は繋がらない。しかし、私は以前、大学病院を取材した事が有り、広報担当者も知っていましたので、携帯電話に直接電話をしてみました。

すると担当者は「その件は知っています」と言う。そこで、詳しく聞こうと思ったのですが、返って来たのは「今日は確認出来ないので、明日、出勤後に確認して折り返し電話する」という内容でした。これは非常に素晴らしい対応で、先ずは広報担当者が事案を把握していた事がポイントです。その上で取材に対し、そうした事案は把握しているが、詳細を調べさせて欲しいと返答したのです。

この様に、報道対応に於いては広報担当者を決めておくだけでなく、担当者に一報が必ず入る態勢作りが重要です。取材は1社だけでなく、何社も殺到する事が有ります。その時、一貫した取材対応を行う為には、窓口を限定し、取材を受ける前に事態を把握しておかなければならない。窓口がバラバラで情報も五月雨に入って来ると、メディア毎に説明内容が異なる事になり、混乱を招くからです。

又、2つ目の言って良い事と悪い事の原則も日頃から確認しておく事も非常に大切です。厳しい質問を受けて、攻撃的な反論をしたり逆ギレしてしまったりする人も中には居ます。当然ながら、プライバシーに関わる事、他人の名誉を傷付ける様な事も口にしてはいけない。特に個人の考えや見立てを言ってしまうと、それが独り歩きをして混乱の元になります。会見で「分からない」と連発される事も有りますが、記者は「事態を把握していないのか」「現場責任者なら分かるのか」と追及し、時間も長くなってしまいます。「ここ迄は把握しています。それ以上は情報を整理して改めてお知らせします」と言えば、記者も納得し易い。言えない事は、理由と共に「言えない」と伝える事が重要です。「患者から同意を得ていない」「まだ双方の言い分を聞いていない」と言えば、記者側も病院の状況や事情も理解出来ます。

3つ目の記者会見を効果的に活用する事ですが、記者会見は方法によっては良い効果も得られます。会見をすると、記者から叩かれ、頭を下げ続けなくてはならない、その様な体験はしたくないのが普通の感覚でしょう。しかし、医療事故等が起きると、会見を開いても開かなくても批判を浴びます。「ホームページで説明しています」という対応も有りますが、一方的な説明になりがちで、取材側は「隠し事が有って、会見したくないのではないか」と疑います。そうした穿った見方をされ、痛くも無い腹を探られる事になり兼ねない。それを防ぐ為にも記者会見を開いた方が良い面も有ります。

有益な会見にするには先ず、会見する人が当事者意識を持つ事が大切です。他人事の様な態度を取ると叩かれます。嘘を言わない事も大事です。分からない事は分からないと言えば良いのに、嘘を言ってしまうと、後から食い違いがった時に「どうしてあんな事を言ったのか」と執拗に追及される。「どうせ他の説明も信用出来ないのだろう」と思われてしまいます。

会見の時間が長引いてしまった時、強引に打ち切ってしまうのも良くありません。出来るだけ打ち切ったという印象を与えない様にし、後半は実務に詳しい責任者に対応を任せる等の工夫も必要です。そして、最後には今後の見通しや対応を説明します。例えば「明日以降は、この担当者が対応します」とか、「調査委員会の結論が出るのは何カ月後が目途で、改めて会見します」等と言うと、記者も納得します。

会見で、多くの記者は資料よりも、会見する人の姿勢を見ます。どの様な態度で説明するのか、事態の深刻さを理解しているのか、嘘は吐いていないか、といった事です。説明や質疑応答は非常に大事です。一方で記者にも様々なタイプの人が居ます。中には喧嘩腰の記者や、自分の見立てを主張する記者も居ますので、そういう人も居る事を知っておけば、落ち着いて会見出来るのではないかと思います。

■記者の向こうにいる「世間」を意識する

最後に4つの場面を用意して来ましたので、こうした時に会見をすべきかを考えて頂きます。1つ目は、手術中に患者が死亡したが、今年に入り同じ執刀医による死亡案件が3件目となった場合。2つ目は、研修医が匿名アカウントで患者の悪口をツイートしていた事が分かり炎上しているケース。3つ目は、病院創設者の院長が引退する事になり「会見を開き、マスコミや患者に伝えたい事が有る」と言っている。4つ目は、元患者から繰り返し誹謗中傷を受けていると噂が広がり、他の患者からも苦情や問い合わせが殺到している状況です。

正解が有る訳ではありませんが、記者の立場から1つの考え方を示しますと、1番目のケースは、当然調査をする事になりますが、もし、調査の途中に情報が外部に漏れると大変な騒ぎになります。調査前に公表をして、落ち着いた環境で調査をする方が良いと思います。

2番目は、患者の悪口を書いていた点を重く受け止める必要が有ります。もしかすると、書き込みをしていたのは、その病院に勤務する前の事かも知れませんが、先ずは会見で謝罪するのが1つの手だと思います。

3番目は、院長がどの様な話をするのか、病院側で内容をコントロール出来るかが重要です。話の内容によっては記者も興味を持つかも知れません。只、会見ではなくてインタビュー形式でじっくり話をする方が良い気もします。

4番目ですが、誹謗中傷によって業務に支障が出ているのであれば、会見を開くのも大切でしょう。誹謗中傷をする人は病院のサイトを見る事が多いので、サイトにも事情説明と病院側の見解を掲載すると良いかも知れません。

医療事故や不祥事が起きた時に取材対応まで考えるのは大変でしょう。しかし、しっかりした会見を開く事で、取材攻勢を和らげられる事も有ります。取材対応の態勢を事前に整えておいて頂きたいと思います。

新聞やテレビには決まったスケジュールが有る為、記者はとにかく結論を急ぎます。事実をしっかりと確認したい医療現場とは相性が悪い部分も有るのですが、医療に携わる立場としての考えを説明して頂ければ、折り合える事も有ると思います。記者に追い掛け回されて、不快、負担に感じられる事も有ると思いますが、記者の向こうに居る「世間」に説明し、味方に付けるとの気持ちで対応頂ければと思います。

質疑応答

尾尻 病院の不祥事や医療過誤の記事について、病院側から抗議や反論が来る事は無いのでしょうか。又、そういった時はどの様に対応をされるのですか。

道丸 医療機関に限らず、記事に対する反論や申し入れ等はよく有りますが、病院から直接ではなく、弁護士からの形が多いと思います。医療機関だけでなく、患者側の弁護士、患者団体等から「質問書」を頂く事も有ります。報道機関は情報源との信頼関係が非常に重要ですので、取材の経過や誰から聞いたのか、といった事はお答え出来ません。そこで「きちんと取材を行った結果、報道しました」という答えになると思います。以前に比べ、最近はそうした反論や質問を受ける事が多くなった様にも感じています。

深尾立・千葉ろうさい病院名誉院長 私も20年程前ですが、或る大学病院で医療事故の調査報告をした事が有ります。十分調査を尽くし、原因は何か、再発を防ぐにはどうすれば良いのかを検討し、しっかりとした調査報告書も作成して、事故の3カ月後に会見に臨みました。ところが、記者は「3カ月も経って会見とは何事か」と言う。私は「十分な調査結果に基づいた報告をすべきだと考えた」と回答したのですが「3カ月の間に、同じ様な事故が起きたらどうするのか」との事でした。私は、きちんとした調査結果が出てから発表するのが正しいと思っているのですが、記者の立場からどう思われますか。

道丸 20年前という事ですが、私共の先輩が相手を不快にさせる質問をした事については、報道機関側も反省すべき点が有ると思います。3カ月でしっかり資料を用意した上で、会見に臨んだ事は素晴らしい対応です。しかし、一般の人達の中には、事故が起きたら、その日の内に発表すべきだと考える人達が居ますし、記者もそう考えがちです。会見に来る記者の中には医療の世界を殆ど知らない記者が居る可能性も有ります。ですから「3カ月も」といった質問を受けた場合は、何が起きたのかを解明し、納得の行く説明をする迄には、この位の期間が掛かる事を説明して理解してもらうしかないと思います。こうした問題は相互理解が必要で、記者も医療への理解が必要ですが、医療機関側にも報道機関はとにかく結論を求める、せめて今後の方向性や見通しを示さなければ納得しない事をご理解頂けたらと思います。

小泉正樹・海老名総合病院副院長新聞等で訴訟に関する記事を見ると「訴状が手元に届いていないので話せない」という訴えられた側のコメントを見る事が有ります。読者が記事を読むと、疑念を抱かれるコメントの様な気がするのですが、もっと良い回答は有るのでしょうか。

道丸 訴訟になると、法廷の場で主張を戦わせる事になりますし、手の内を明かす訳には行かないという事で、こうしたコメントになる事は理解します。おそらく弁護士からのアドバイスも有るのでしょう。その辺りの事情は記者も理解しており、そうしたテンプレート的なコメントでも掲載しているのが実情です。アドバイスするとすれば、訴訟については医療機関側も認識していて、対応もしている事を明確にする為に「事案は把握しておりますが、今後は法廷の場で主張を明らかにして行きます」位は言っても良いのではないかと思います。踏み込み過ぎかも知れませんが、この程度であれば、弁護活動にも支障が無いのではないでしょうか。

宮本 隆司・児玉経堂病院院長 日本では医療事故に関する報道が海外に比べて非常に多い。そうした中で、若手医師の間では訴訟リスクを恐れてトライしない風潮も生まれています。現代は一度記事になるとインターネットを通じて配信され、記事が永遠に残る事も有る。すると、その後如何に病院が改善して良い病院になっても、その記事のせいで世間の印象が変わってしまう事も有ります。これはGoogleに働き掛けても一切削除には応じない。こうした現状は改善すべきではないでしょうか。

道丸 日本の医療事故の記事が多いという指摘ですが、日本は皆保険制度である事と、日本全国どこの医療機関に行っても同じ医療が受けられる事が医療制度の前提となっている為だと思います。しかし、医療事故のニュースとしての扱いは、以前に比べかなり小さくなって来ました。一方で、ネットにニュースがいつ迄も残る問題が生じました。報道機関の立場から見ると、ネットニュースはどの様な記事も同じ様に報じられる特徴が有ります。新聞であれば見出しの大きさや掲載面でニュースの価値判断も伝えられますが、ネットニュースは記者が苦労して書いた調査報道も、芸能の発表記事も同じ大きさで発信され、ランキング迄も出ます。こうした事を考えると、皆さんも私達も同じ悩みを抱えているのかも知れません。私達も正しい報道をしたいと思っていますし、医療事故も、第一報の後、調べた結果はこうだった、という事も伝えたいと思っています。しかし、ネットでそうした記事が必ずしも読まれるとは限らない。どの様に報じれば良いのか、日々悩みながら取材に当たっているところです。

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