日本の医療の未来を考える会

第60回 新たなウイルス感染症の流行に備えて ECMOを含む重症管理を軸とする体制強化へ
(NPO法人日本ECMOnet 竹田晋浩先生)

第60回 新たなウイルス感染症の流行に備えて ECMOを含む重症管理を軸とする体制強化へ(NPO法人日本ECMOnet 竹田晋浩先生)
COVID-19の重症感染者に対する治療法として、ECMOに注目が集まった。実際に、今回の重症者の救命に於けるECMOの功績は大きい。一方で、ECMOを適切に実施出来る提供者が限られている事が指摘されている。未知のウイルス感染症に対して、当初多くの医療機関で受け入れを拒否せざるを得なかった事は、最大の反省すべき点だろう。コロナの収束が見え隠れする今、新たなウイルスの出現を見据え、ワクチン•治療薬の開発•供給体制の整備と共に、重症管理を軸とする医療提供体制の拡充が必要である。6月22日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、「COVID-19の教訓を活かす課題——集中治療の現場から」と題し、NPO法人日本ECMOnet理事長の竹田晋浩氏に講演頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)医療関係者の皆様のお陰で、ようやくコロナが収まって来たのではと期待されます。外国人観光客の流入もいよいよ本格的になり、本当に有り難い事です。同時に、学んだ事も沢山有るのではないかと思います。必ず次の感染症がやって来るだろうという事で、新たな心の準備をしなければならないと思っています。今回の勉強会で60回目となりました。またこの会を通して、勉強をさせて頂ければ有り難いと思います。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)コロナが始まってから2年が経ち、その中でECMOが重症者を救ってくれるという情報が広まりました。本日講師にいらして頂いた竹田先生は、2009年の新型インフルエンザの際にECMOの使い方の重要性を知り、講習会を開催して来られました。これが今回のコロナで大いに役に立ったという事で内閣総理大臣賞を受賞され、今年の4月にはスウェーデンでノーベル賞に準ずる賞も受賞されました。

講演再録
COVID-19でECMOが果たした役割と課題
■ECMOとウイルス感染症の過去20年の歴史

ECMOは呼吸不全(肺)、循環不全(心臓)、心肺蘇生に用いられる治療法です。日本では心臓、心肺蘇生に関しては多数の実績があり、治療成績も良好です。一方で、肺に対するECMOの使用はあまり行われて来ませんでした。私自身も、日本医大の集中治療では、PCPS(経皮的心肺補助)という使い方で、循環、心肺蘇生の為のECMO治療を年間30〜50例位行いましたが、肺に使うという事は本当に稀でした。

今回のコロナを含め、過去20年間に新興感染症は4回起こりました。大昔であれば風土病として終わっていた可能性もあると言われていますが、これだけ交通網が発達すると、風土病に留める事はほぼ不可能になります。実は、このSARS、H1N1インフルエンザ、MERSといったウイルスによる肺炎には、ECMOが非常に良く効くと言われていました。SARSは数が少なかったという事があり、殆ど治療は行われていません。呼吸不全に対してのECMOが大々的に見直され、実際に使われたのは、09年のH1N1インフルエンザです。そして、12年に中東で起こったMERSでも効果があったという事です。MERSは非常に重篤な疾患なので、ECMOでも4割位しか救命出来ませんでしたが、人工呼吸器だけで治療を継続した患者はほぼ全例が助かりませんでした。この結果を以て、現在でもMERSで人工呼吸器を装着して3日以内に改善傾向が見られない場合はECMOに移行するという流れが出来上がっています。

H1N1インフルエンザは、当時の90年前(今から約100年前)のスペイン風邪と同じウイルスです。その為、高齢者ほど抗体を持っているという噂があり、20〜50代の働き盛りの方が沢山感染して重篤化しました。当然そういう年代であれば治療がフルコースで行われるので、呼吸不全になった場合は、人工呼吸器で奏功しなければECMOに移行するという形が取られました。H1N1呼吸不全の世界の生存率は平均7割位を維持していましたが、残念ながら日本は35%と半分位しか有りませんでした。我々は循環不全や心肺蘇生でPCPSという治療をやっていたにも拘わらず、上手く行かなかった。日本は一体何が駄目だったのか、先ずは反省が必要だと思いました。

■過去の反省からエキスパートに学ぶ

私が留学をしていたスウェーデンのカロリンスカ研究所の付属病院には有名なECMOセンターがあり、留学当時の上司にお願いして、何度も足を運びました。そこで分かったのが、我々が循環不全に用いていた道具とほぼ同じ物を使っても、治療の戦略が全く異なるという事です。カロリンスカ研究所には、約2年間に亘り沢山の日本人を教育して頂きました。他にも、イングランドの有名な施設に厚労省の方と一緒に伺って勉強しました。

それらを基に、大学病院を含めた多くの病院の先生方を対象とした講習会を繰り返し開催しました。自衛隊とECMO患者の搬送のトレーニングも行いましたし、世界的に使われているECMOの教科書も翻訳して、全国の関係者に配布しました。

そして、16年に同じH1N1タイプのインフルエンザが流行しました。このウイルスは抗体を持っていない中年の人が重症化する可能性が有る為、10年以降、インフルエンザワクチンには、毎年必ずH1N1の抗体が含まれています。そのお陰で16年の感染者数は多くはなく、救命率も80%に上げる事が出来ました。一般的な呼吸不全のECMOのレジストリでも、大体6割という世界標準以上の成績を残し、16年の時点で何とか形を整える事が出来ました。

■ECMOnetが始動し、情報と経験を共有

20年の1月6日に中国の武漢で原因不明の肺炎が発生しているというニュースが流れた直後、国内で初のCOVID-19感染が確認され、2月にダイヤモンド•プリンセス号の大量感染が判明しました。感染者が出れば、インフルエンザ同様、或る一定数の人が必ず重症化してしまう事が想定されましたが、ECMOを適切に供給して治療を行う事で多くの人を救命出来る事が分かっていたので、ECMOのエキスパートに相談出来るシステムが必要だと感じました。そこで、2月16日から、先ずは24時間の電話相談窓口として「ECMOnet」をスタートしました。集中治療医学会、救急医学会、感染症学会、呼吸器学会の他、PCPS/ECMO研究会等の関連学会にも協力を頂いて、メーリングリストを通して電話番号を配信して頂きました。

そして2月下旬、最初の連絡が来ました。愛知県でハワイからの帰国者が感染しており、そこから感染が広がり重症化したとの事でした。この時に受け入れ体制が出来ていたのは神奈川と東京位で、その他の地域は殆ど準備が出来ていない状況でした。県内の大学病院も感染対策の準備が出来ていないという事で、この方は東京の病院にECMOを導入して搬送されました。

ECMOnetでは、メーリングリストを通してこれ迄4600件超の症例の検討を行いました。患者の搬送の相談等も有りますが、どの治療が奏功した、こういう患者は難しかった、今こんなトラブルを抱えている、といった情報を共有する事によって、皆で経験値を積めた事は非常に大きかったと思います。

COVID-19で特徴的なのは、初めに肺の背中側に障害が出てくる事だと思います。ECMOが必要になる人は、肺全体がやられてしまっている状態で、血栓が出来易く、happy hypoxiaといって血中酸素濃度が低く呼吸が早くなっているにも拘わらず、本人には自覚が無いという特徴がありました。こうした病態の把握や良い治療法を見出す迄には、或る程度の時間が必要です。海外の文献を含めて色々と調べ、情報交換をしながら、理解が出来る様になる迄には3カ月ほど掛かりました。

ECMOで救命出来る人と出来ない人の違いは、先ず年齢です。59歳を境にして治療成績が落ちてしまう。ただ、日本では年齢で切ってしまうという事はなく、80歳でも元気な方であればECMOを装着する事はありますし、50歳でも合併症が沢山ある方は適応外となってしまう事もあります。性別ではECMOも人工呼吸器も男性の方が圧倒的に多く装着されていますが、救命率については大差がありません。男性の方が重症化はし易いけれど、一旦重症化してしまえば性別は関係ありません。

そして、非常に重要なのは肥満度です。BMIを30で区切ってみると、ECMO治療になった患者は30以下の方が約800名、30以上の方は約400名。日本人でBMI 30以上は5%位です。その5%の中でこれだけの方が悪くなられている。肥満で内臓脂肪が沢山あって横隔膜が持ち上げられている様な方はリスクが高いと考えられます。

■治療成績で海外を凌駕するも残る課題

感染者の状況をリアルタイムで把握する為、CRISIS(クライシス)というデータベースを立ち上げました。日本集中治療医学会に登録されている施設、そして約8割の救命救急センターにデータを入力して頂き、ICUや救命センターで治療を受けた患者さんの傾向を掴める様になりました。

感染者の数はご存知の通り第6波のオミクロン株が最も多く、死亡者も沢山出ました。ところが人工呼吸やECMOの患者が第6波で多いかと言うと、そうではありません。3波、4波、5波よりも低い。これは、ワクチン接種がほぼ行き渡った中で高齢者が感染し、残念ながら人工呼吸やECMOの適応にならず、ICUや救命センターに運ばれる事無く、中等症病院で看取られた方が多かったという事だと思います。

第1波から6波迄のECMOの実施状況を見ると、ECMOが1番多かったのが昨年(21年)夏の第5波です。ワクチン接種は高齢者に先行して行われたので、若い方も含めて中高年の方にワクチンが行き届かない中、若い方が感染をして重症化してしまった状況でした。治療の適応があった為にフルコースでの治療が行われ、首都圏では人工呼吸もECMOもフル稼働で対応していました。中等症迄を診ていた施設でも人工呼吸治療をしなければならなくなり、そういった施設にECMOnetのスタッフが入り、コロナに対する人工呼吸としてお教えしたのは、うつ伏せになって人工呼吸をする腹臥位というやり方です。これが非常に奏功しました。

今春のデータでは、ECMOの救命率は64%。約1200名に実施し、約800名を救命出来ました。人工呼吸だけの救命率は79%で、約6700名を救命しました。人工呼吸とECMOを合わせると救命率は77%となり、これは非常に高い数字だと思います。

海外では時間の経過と共にECMOの治療成績が低下して行きました。ECMOを使えば救命出来るという事が世界的にも分かって来て、患者の数が増えてどんどん治療をやらざるを得なくなり、慣れていない施設で治療を開始してしまった結果、全体として、患者の数が増えるに従って治療レベルが下がってしまったものと考えられます。

しかし、日本のECMOの救命率は第1波から第5波迄ほぼ横ばいです。人工呼吸では慣れて来たという事もあって第5波で一番治療成績が良くなっています。ECMOも第3波では一時低下傾向がありましたが、講習会等の効果も有り、第5波の最も患者が増えた時期にも第1波と殆ど同じ治療成績を上げる事が出来ました。

医療体制は人、物、箱で決まります。ワクチン•治療薬の開発は勿論、重症者の命を助ける為には、重症者対応の施設の拡充が重要です。国は有事の時の対応をしっかりと決めておき、患者の受け入れを拒否する病院が出てくる様な事を無くして頂きたいと思います。

過去の事例から考えると、新興感染症は数年後に必ず起こります。最初は有効な治療薬がありません。その中で、充実した重症管理は死亡者を減らす手立てとなります。今回、ECMOnetはそのシステムを作り上げ、重症管理の一助になれたのではないかと思っています。

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