挨拶
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):医師の労働時間の問題については連日テレビや新聞等でも報道され、様々な意見が有る様です。医療業界に限らず、トラック運転手の労働条件等、長時間労働は健康管理、人手不足にも関わり、業界それぞれ特有の問題と合わせて議論されています。社会を変えるには多くの問題が生じるものですが、知恵を働かせて乗り越えて行く事が大切だと思います。
三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、元内閣府副大臣)私も大学病院を中心に医師の仕事をして来ましたが、医師の働き方改革を進める以上、「地域医療や大学病院の在り方が良くなった」と言って頂ける結果を出さなくてはなりません。しかし実情を見れば、まだまだ不安な点が有ります。改革を進める為の医療機関への予算措置も必要です。特に地域に医師を派遣している大学病院への支援は欠かせません。
古川 元久氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):医師の働き方改革を進める事は重要です。しかし改革を進めるに当たって、机上のプランでは上手く行く筈だったのに、実際の現場で実行してみると問題が生じるという例は少なくありません。今回は制度を立案し、政策を実行する国の立場からの説明を聞く訳ですが、是非、現場の医師の意見も聞いて頂き、議論を深めて行く場にして欲しいと思います。
東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):私の地元の北海道は地域が広く、豪雪地帯という事もあって、医療従事者の不足が深刻です。この為、時間外労働の削減が中々進みません。4月から労働時間の上限が設けられる訳ですが、制度の理念と現場の実態との乖離を、どの様に縮めて行くのか、政治家の役割も大きいと思っています。皆様の指導も仰ぎながら、問題の解決に努めていきます。
和田 政宗氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):働き方改革が進まないと、医療の担い手が確保出来ないとも言われますが、担い手の確保には少子化対策も必要です。私は、新生児1人に1000万円給付すべきだと提案し、党内の賛同者も増えて来ました。莫大な額ですが、子供が成長して一生涯に稼ぐ賃金を考えれば、決して大きな額ではありません。子供への投資と考えれば、国債発行も可能です。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):18年1月の第21回勉強会でも働き方改革を取り上げましたが、質疑応答では厳しい質問が相次ぎました。「医師の働き方を厚労省に決められたくない」という声も上がる程でした。4年経ち、今は議論もかなり落ち着いて来た様に思います。今、医師の時短が最も進んでいるのはドイツです。成功の理由には監督官庁の強い権限と国民の理解が有る様です。
講演採録
■現場の実態に則して労働時間の上限を設定
時間外労働の削減と健康の確保に向けた働き方改革は、17年3月に「働き方改革実行計画」が閣議決定されてスタートしました。18年に法律が公布されて、大企業から対象となって行きましたが、医師には建設業や自動車運転の業務と共に5年間の猶予期間が設けられました。その後、医師の働き方に関する検討会での議論を経て、21年5月に医療法の改正等が行われ、その施行は今年4月からです。
我が国の医療は医師の長時間労働によって支えられている側面があり、病院勤務医の約4割が年間960時間を超える時間外労働を、1割が1860時間を超えていました。特に長時間となっていたのは、救急、産婦人科、外科、そして若手の医師であり、労務管理が十分でなかった事や一部の医師に業務が集中していた事等が要因と考えています。
こうした現状を踏まえ、今年4月から新たに働き方改革の制度が施行され、時間外・休日労働の上限規制と健康確保措置が始まります。一般的な時間外労働の上限は原則年間360時間で、例外として720時間です。これに対し、診療業務に携わる医師の時間外・休日労働の上限は、通常A水準として960時間であり、地域医療確保の為等、長時間にならざるを得ない場合、B水準や連携B水準として1860時間を上限に、臨床研修や専門研修、高度技能の修得の為にやむを得ず長時間労働が必要な場合はC-1もしくはC-2水準として1860時間が上限となります。但し、こういった一般の労働者と比較して長時間労働となり得る為、更なる健康面への配慮も必要ですので、面接指導や休息時間の確保等を義務付けています。
これらB水準やC水準を適用するには、特定労務管理対象機関としての指定を受ける必要が有り、その為には、労務管理体制や労働時間の短縮に向けた取組内容について医療機関勤務環境評価センターによる評価を受けた後、当該評価結果をもって各都道府県に指定申請する事となります。今年4月迄の指定を受ける為には、昨年夏頃迄に評価センターを受審頂く必要が有り、各医療機関にその旨呼び掛けて参りました。その結果、受審が必要な多くの医療機関に昨年夏迄に受審頂いております。
■制度施行に向けた医師の勤務状況の推移
医師の勤務状況については、16年から3年毎に医師へのアンケート等による調査を行っています。その結果を見ると、16年には年間1920時間以上の時間外労働をしていた方が9.7%いたのに対し、19年の調査では8.5%に、22年には3.6%に迄減少しました。この間、各医療機関で様々な取り組みが成された結果だと思います。又、1860時間を超えている医師を診療科別に見ると、産婦人科や救急科、外科、脳神経外科等が多くなっています。こうした状況も、22年の調査では、かなり改善が進みました。
次に、働き方改革を進めるに当たっては、診療体制の維持と医療機関に於ける労務管理の2つの視点が有るかと思っています。その為、厚生労働省では、全病院と産科の有床診療所を対象に「準備状況調査」を行い、働き方改革に伴う医療機関への影響等を調査して来ました。
今年の3月時点で働き方改革によって診療体制の縮小が見込まれると回答した医療機関や、時間外・休日労働が1860時間を超える見込みの医師も存在しましたが、こういった医療機関や地域への対応として、各都道府県に設置された医療勤務環境改善支援センターや都道府県の各担当部局等が連携して、医療機関への個別の相談・支援や地域の医療機関の役割分担の見直しの検討等に取り組んでいます。又、4月の制度施行以降も、医療機関への影響等を把握し、都道府県と連携しながら対応を行っていく予定です。
又、医療機関の体制整備に係る財政支援として、地域医療介護総合確保基金の事業に、長時間労働となる医師のいる医療機関への医師派遣や、医師の育成・教育研修を行う医療機関の勤務環境改善への補助といった事業を追加しました。
■面接指導や休息確保が可能な態勢の構築を
今年4月以降、医師の健康を守る為、面接指導と勤務間インターバルの確保という、2つの新しいルールが始まります。面接指導は、特定労務管理対象機関だけでなく、全ての病院でその体制を整えておく必要が有り、厚労省のオンライン講習会を修了した面接指導実施医師が面接を実施する事となっています。
面接指導の体制を整備する際、先ずは院内の現状を把握する必要が有ります。時間外・休日労働が100時間以上となる医師を把握し、面接指導の対象となる医師が何人いるのかを踏まえた上で、必要な面接指導の実施体制を確保する事が重要です。
具体的には、面接指導のスキームを事前に作って頂き、面接指導の実施時期は、実際に100時間になる前の80時間を超えた辺り等を目安に実施し、面接の前に、本人の体調や疲労度について確認しておく事が必要です。面接する医師とのマッチングも重要で、直属の上司が面接指導実施医師では十分に情報を聞く事が出来ない可能性も有る事から、場合によっては別の所属医師とする等、面接指導を受ける医師が安心して面接指導が受けられ、健康確保に繋がる体制と整える事が重要であり、実施場所や時間を含めて面接指導を受け易くする配慮が必要です。その上で、実際に面接を行い、現状の働き方を続けて良いのか、何らかの措置が必要なのではないかといった点を確認して頂きたいと思います。又、面接指導の記録は保管し、副業先や兼業先とも共有して下さい。
次に、勤務間インターバルについてですが、先ず基本となるインターバルとして、24時間の内、継続した9時間のインターバルを確保する事となっています。この際、9時間以上の宿日直許可を受けた宿日直に従事する場合には、当該時間は9時間のインターバルとして認められます。この為、例えば日勤後に宿日直許可の有る宿日直に9時間以上従事する場合には、翌日はそのまま日勤の勤務に就く事が出来ます。
一方で、許可の無い通常の宿日直業務を行う様な場合には、46時間の間に18時間の継続した休息を確保する必要が有ります。こうしたインターバルは、勤務シフトを作製した時点で、確保して頂かなければなりません。
又、インターバルは継続した時間である事が必要で、時間を細切れにして与える事は出来ません。それでも、緊急の対応でインターバルを確保出来ない事も有ります。その時は、緊急の対応をした時間分を代償休息として、翌月末迄に与えなければなりません。
例えば11月のインターバル中に何度か緊急対応が必要となり、20時間分の代償休息が累積した場合は、12月末迄に20時間の代償休息を与える必要が生じます。
研鑽については、基本的に上司の指示によって行われたものは、労働時間に該当します。これには明確な指示だけではなく、黙示の指示によるものも含まれます。一方で、在院時間が全て労働時間になる訳ではなく、使用者の指揮命令下に置かれているかどうかで判断されます。特に大学の附属病院では、一般的に研鑽とされる様な学習や研究を本来業務として行っている事が有る為、今年1月に研鑽に係る解釈を改めて明確にする通知を出したところですが、これはこれ迄の考え方を変えるものではなく、上司の指示によって行われる本来業務としての研究等については、当然労働時間となる事を示したものです。それでも、研鑽と本来業務の切り分けが難しい場合が有りますので、院内で十分なコミュニケーションを取り、ルールを定める事が必要です。
こうした面接指導や勤務間インターバルの実施状況については、都道府県等が実施する立入検査の際にも確認する予定です。最近は女性医師の割合も増えており、妊娠や出産、育児への配慮もより一層重要となります。母親には産前産後の休業が認められている他、父親にも通常の育児休業とは別に「産後パパ育休」の取得が認められています。家族の介護が必要な人は、介護休業の取得も可能です。こうした制度を利用出来る体制も整えて頂きたいと思います。
■トップの意識改革や若手への啓発も
こうした適切な勤務環境改善に向けて、厚生労働省も支援を行っています。その1つが地域医療介護総合確保基金となります。
基本的には救急搬送が年間2000件未満で、地域医療に於いて特別な役割が有り、過酷な勤務環境となっている医療機関に、働き方改革に関する経費を支援しています。補助額の上限は最大使用病床数を基に1床当たり13万3000円であり、特定の条件を満たせば26万6千円となります。尚、救急搬送が年間2000件以上の医療機関は診療報酬に於いて、地域医療体制確保加算として評価されています。
これとは別に今年度からの基金の新規事業として、教育・研修機関としての役割を果たしている病院に於いては、勤務環境の改善により一層の経費が掛かる事から、基金で上記とは別途補助を行える事としています。更に、長時間労働となっている医師のいる病院に医師を派遣して勤務環境を改善する場合には、派遣元の病院に対し、逸失利益の補填等を行う事が可能です。
その他、医療従事者の労働時間短縮の為に、新たに機器やソフトウエアを購入した場合に特別償却制度を適用させる税制優遇措置も講じています。対象となるのは、医療勤務環境改善支援センターの助言を受けて作成した医師労働時間短縮計画に基づいて導入した機器やソフトウエアで、特別償却割合は取得価格の15%です。
働き方改革を進めるには、院長や経営層の意識改革も重要です。この為、トップマネジメント研修を開催し、働き方改革に取り組んでいる各医療機関の取組の紹介や、組織運営に関する講師をお招きした講演等を行っています。
又、医師の働き方改革の制度や取り組みについては「いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)」という公式サイトで紹介しています。経営層だけでなく、若手医師にも労務管理について理解して頂く為、解説漫画等も作成しており、サイト内で公開しています。
特に臨床研修医は労働法に関する知識も十分でない事が多く、そうした若い方に向けて、働く上でのルールや労務管理の知識を纏めたリーフレットも作成し、全ての臨床研修病院に配布しました。
最後に、働き方改革の推進には、国民の方々のご理解とご協力も不可欠です。診療時間内に受診し、緊急性の無い夜間の診療は控えて、説明も診療時間内に出来るだけ済ませて頂く等、国民の方々にも、こうした受診方法を理解し、ご協力頂く必要が有ると思っています。又、今後はチーム医療や複数主治医制の推進も重要であり、患者さんにも複数の医師が治療に当たる事を理解して頂く必要が有ります。こうした事をWebサイトやポスター、リーフレット等で啓発し、広く協力を求めていければと思います。
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