日本の医療の未来を考える会

第67回 世界情勢の現状と今後、そして 日本経済回復の鍵となる医療産業
(寺島 実郎氏 一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長)

第67回 世界情勢の現状と今後、そして 日本経済回復の鍵となる医療産業(寺島 実郎氏 一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長)
新型コロナウイルスによる世界的な経済の減速やロシアによるウクライナ侵攻、先進各国の金融緩和の終焉等、ここ数年世界情勢を一変させる出来事が続いている。こうした現状をどう認識し、日本は将来に向かってどのような進路を取ればいいのか。一歩間違えれば、日本は世界での存在感を失ってしまう可能性さえ有るが、そうした危機感が政官財で広く共有されているとは言い難い。外交から内政まで幅広く提言を行っている一般財団法人日本総合研究所会長で多摩大学学長の寺島実郎氏に、政界情勢の現状と今後、日本がこれから歩むべき道について講演して頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):これ迄当勉強会では民間の立場から医療に関する課題を取り上げ、厚生労働省や自民党に対し様々な政策の提言もして来ました。子宮頸がんワクチンの副作用が問題となった時も、大いに議論を致しました。今回講演頂く寺島実郎先生は国際政治、国際経済の分野で活躍され、圧倒的な影響力をお持ちです。実は私は、寺島先生とは北海道の同郷で、個人的に思い入れも抱いています。今日も、新しい情報に接し、課題解決に向けた新たな切り口を学びたいと思っています。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院厚生労働委員長、元内閣府副大臣、医師):質の高い医療や福祉を提供するには、医療従事者の人件費を含めコストが掛かります。しかし、社会保険制度の下で診療報酬が固定されている中、コストを利用者に転嫁するのは容易では有りません。2024年度の診療報酬改定に向けた検討も始まっていますが、しっかりとした議論が必要だと思っています。経済と医療は切り離す事が出来ない密接な関係が有りますので、寺島先生の講演を伺い、国民が更なる恩恵を受けられる医療福祉の在り方についても考えて行きたいと思います。

古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):寺島先生の講演の中でも取り上げられる医療・防災産業創生協議会に私も関わっており、医療・防災産業を日本の次の時代の基軸産業にすべく取り組んでいます。超党派の国会議員で医療・防災産業創生推進議員連盟も立ち上げ、私が幹事長を務めています。日本の医療には、国民の命と健康を守るのは勿論、世界の人達を支える力が有ると思います。寺島先生の講演から教わった事を生かしながら、皆さんと共に日本の優れた医療を世界に広めて行く活動にも取り組んで参ります。

東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):私も寺島先生と同じ北海道出身ですが、現地では都市部を除いて人口減少による過疎が進んでいます。過疎地の典型的な課題が医療であり、特に救急医療体制が非常に脆弱になっています。本来は全国津々浦々に均一の医療サービスを提供して行かなければならないのですが、過疎地の医療の課題は年々深刻化しているのが実情です。皆さんからご意見やご提言も頂きながら、具体的な政策を形にして行く事が政治の務めだと思っています。今後共ご協力やご支援をお願い致します。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):先日、日本医学会総会を取材しました。医師の働き方改革が大きなテーマの1つで、厚生労働省の担当者を含めて多くの方が登壇し、活発な議論が交わされていました。「現状では来年4月に間に合わない」「患者にとって不都合ではないか」という意見も有りましたが、岡留健一郎・日本病院会副会長の「医師の働き方改革は病院改革であり、病院が先頭に立って改革を進めて行く」という言葉が印象に残りました。患者の理解無くして改革は進まないという事を改めて痛感しました。

講演採録
■急速に世界で存在感を失う日本

新型コロナウイルスのパンデミックによる経済危機に世界中が見舞われましたが、新型コロナウイルスが炙り出した日本が抱える課題について、先ずお話します。ご存知の通り、約100年前の1918年から20年にかけてスペイン風邪が流行し、世界で4000万人を超す人が死亡したとされます。当時の日本の領土は朝鮮半島や、台湾、サハリンも含まれていて、明治以降に獲得した地域を「外地」、それ以外を「内地」と呼んでいましたが、内地で約45万人、外地で約29万人が死亡しました。当時の日本の人口は今の半分位でしたが、45万人も亡くなったのに、当時の文献を調べてみると殆どパニックになっていません。現在の日本では、新型コロナ感染症で約7万4000人が亡くなって大騒ぎになりました。勿論、7万4000人という死者数は大変な数字ですが、どうしてスペイン風邪流行時にはパニックにならなかったのでしょうか。

調べて気が付いたのが、当時は病原体を捕捉出来ていなかったという事です。30年代に電子顕微鏡が登場する迄、小さなウイルスは捕捉出来なかった。スペイン風邪の原因が鳥インフルエンザウイルスの変異だと分かったのは95年です。ところが、新型コロナウイルスが特定されたのは僅か1週間後です。1週間でウイルスが特定されるのは早過ぎるという事で、中国が意図的にウイルスを撒いたといった陰謀説の根拠にもなりましたが、それでも短期間で特定された事はワクチンや薬の開発に大きな意味が有った。

又、スペイン風邪の流行当時の日本は第1次世界大戦の戦勝国の1つとなり、パリ講和会議(ヴェルサイユ条約)にも参加しました。明治維新以降、日清戦争、日露戦争に勝利し、朝鮮半島も併合して日本は胸を張って国際会議にデビューした時期に当たります。そうした高揚感がパニックにならなかった原因の1つとして見えて来ます。その頃と比べると、今の日本が置かれている状況は、当時を裏返しにした様に落ち込んでいて、正にそのタイミングで、コロナウイルスによるパンデミックが襲って来ました。

日本が今置かれている状況をお話ししましょう。コンピューターのシミュレーションによって、世界のGDPに占める日本の比重の推移が、日本の江戸時代、1820年代頃から出せる様になっています。ペリーが浦賀に来航したのが53年。その約30年前、日本は世界のGDPの約3%を占めていたと推計されています。米国は2%で日本より小さく、一方、中国やインド等のアジアが56%を占めていました。第1次世界大戦前年の1913年には米国が19%を占める様になったものの、日本は3%で変わりません。敗戦から5年後、サンフランシスコ講和条約が調印される前年の50年も、日本の世界のGDPに占める比重は3%でした。そこから日本は高度成長時代を迎え、昭和最後の年、88年には世界の16%を占める迄になりました。その後、バブル経済の崩壊を迎えるのですが、2000年時点でも日本は15%を占めていました。ところが、10年後には7%に迄落ち込み、2022年はとうとう4.2%です。00年から僅か20年余りで、大きなパラダイム転換が起こりました。経済界のトップクラスの経営者でも、日本が未だアジアの先頭を走る経済国家だと思い込んでいる人がいますが、実際は違います。世界の中で急速に埋没して来ている事は否定出来ない事実です。これはネガティブな話をしているのではありません。今、日本に於いて一番欠けているのは健全な意味での危機感です。事実を直視する勇気です。

■アジア経済圏の成長で日本の物流も変わる

米ワシントンD.C.に本部を置く国際通貨基金(IMF)は3カ月に1度、世界の経済見通しとして実質GDP成長率の予測値を発表しています。実際の成長率の数字を追って行くと、コロナ禍前の3年間、世界全体では概ね3%前後の成長をしていました。その中で日本は低い成長率に留まっていました。ところがコロナ禍で20年の世界成長率は−2.8%に落ち込んだ。その反動で21年の世界の成長率は6.3%になりました。それで22年も4.4%の成長が見込めると見られていたのですが、ウクライナ侵攻が起きた。ウクライナ侵攻後、IMFはロシア経済が経済制裁等によって−8.5%に迄落ち込むと見ていたのですが、実際には−2.2%に留まりました。これは「ロシアに経済制裁が余り効いていないのではないか」という見方の根拠となっているのですが、実際は相当なダメージを受けています。それなのに、何故落ち込みを抑えられたのかと言うと、ロシアの通貨ルーブルが持ち堪えているからです。持ち堪えている理由は様々言われていますが、一番大きい理由は金です。ロシアは世界2位の金の産出国で、調べてみると外貨準備の5分の1以上を金で持っています。そうした極めて変則的な形で通貨を支えています。ですから、産業基盤の実態は相当揺らいでいる筈です。

では23年の見通しはどうかと言えば、米国は22年から金融引き締めによって、成長率が下がっています。今年も1.6%程度の成長に留まるだろうと見られています。欧州も厳しい見通しですし、日本も依然1%台の低い成長率が続く。中国は数字上、高い数字が続いていますが、格差や不動産の高騰など国内の矛盾を覆い隠すには6%の成長が必要だと言われています。しかし6%というのは難しい。ここで注目して頂きたいのは、インドと東南アジア諸国連合(ASEAN)です。

インドは22年に6.8%成長を達成し、今年も5.9%成長が見込まれ、世界経済を牽引する立場に躍り出た。そして、ASEAN10カ国中のマレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム、インドネシア。この5カ国をASEAN5とも呼びますが、ここが極めて堅調です。22年は5.5%成長で、今年も4.5%の成長が見込まれています。又、台湾も近年堅調な経済成長を続けています。そして、日本の今後の進路にとって、台湾は重要なファクターになって来ています。

台湾の経済規模は現在8000億ドルを超す予測が出ています。これを日本に当てはめると九州、中国、四国を合計した位の規模に匹敵します。近畿全体の国内総生産の規模は台湾の83%。それ程台湾の好調さが目立っています。ロシアと比べると、台湾の経済規模はロシアの4割近くに達します。面積で比べれば、台湾はロシアの僅か0.2%です。このまま推移すれば、5〜6年の内には台湾のGDPがロシアを追い抜くのではないかとも言われています。

この様なアジア諸国の成長を見ると、日本は最早アジアの先頭を走る国ではないという事が分かります。例えば、国民1人当たりのGDPは22年でシンガポール、香港、ブルネイに続いて4位です。予測では台湾に抜かれるとされていましたが、辛うじて抜かれませんでした。しかし、日本、台湾、韓国の3カ国はほぼ横並びです。どうして台湾がここ迄成長したのかと言えば、台湾のGDPの15〜20%は半導体関連。半導体1点豪華主義の様な産業構造になっている。

こうしてアジアの経済構造が変わると日本にも大きな影響を及ぼします。その1つが物流です。我々は米中関係と聞くと、苛烈な競争をしている様に思いますが、それは一面に過ぎない。貿易面を見ると、年々取引額は互いに増大し、米中の貿易額は日米の3倍を超す規模です。更に中国本土に香港、台湾、シンガポールの華僑経済圏を加えると、日米貿易の4倍を超します。日米貿易の多くは海上輸送に頼っていますが、貨物船が何処を通っているかご存知でしょうか。多くの人は鹿児島の南の太平洋だと思うでしょうが、実は日本海を北上しています。日本海を北上して津軽海峡を抜けると、九州の南を回るより2日早く到着するのです。

1970年代の日本の港湾と言えば、横浜、神戸で世界1、2を争っていました。しかし、今は日本海側の港が大きく貨物の取り扱い量を増やしている。何故なら国際物流の基地は釜山に有って、釜山への経由地としては日本海側の方が有利だからです。ですから、最近では浜田や酒田、金沢などの港が伸びています。

北海道では苫小牧市を中心にした苫東開発という大型工業団地がありますが、まさに苫小牧沖では、米中間を結ぶ貨物輸送船が行き来しています。そう考えれば、苫小牧がいかに戦略的なロケーションに在るかが分かるでしょう。

10年後は日本海物流の時代が来るでしょう。すると、国内の高速道路網の持つ意味も変わって来ます。太平洋側から日本海側へと結ぶ陸上輸送が重要になります。何を言いたいのかと言うと、アジアで起きているダイナミックなパラダイム転換は日本とも無縁ではないという事です。アジアのダイナミズムをどう迎え撃つかが、日本の将来にとって大変重要なのです。

■医療・防災分野で新たな産業を創生していく

日本を再建するには何が必要かという議論で、イノベーション、DX、グリーン等という言葉がよく使われます。しかし、私は今の日本にとって鍵となるのは、総合エンジニアリング力だと思っています。

何故なら日本は新型コロナの国産ワクチンを3年経っても作れなませんでした。又、ポスト自動車産業の目玉として取り組んだ国産小型ジェット旅客機のプロジェクトも頓挫しました。

日本は『下町ロケット』の様に要素技術に酔いしれ易いのです。世界一の部品を作っていると涙ぐんで語る。しかし、完成体を作り上げるには総合エンジニアリング力が必要です。コロナ禍でも「マスクが足りない」となれば、日本では1カ月で店頭にマスクが溢れ返る。でも、国産ワクチンは作れませんでした。

今迄の日本の産業論は、豊かさを実現する産業構造を作る為の議論でした。これから日本がやらなければならないのは、3.11やウクライナの教訓を踏まえたレジリエンスです。レジリエンスというのは国としての耐久力、国民生活の耐久力の事です。耐久力のキーワードは水とエネルギーと食料、医療。ですから、今後我々は食料自給率の向上に取り組まなければなりません。そして、もう1つの柱が医療です。日本のレジリエンスを高める為の産業構造を創るには、どうすれば良いのかという事を色々模索してみましたが、最も力を入れなければならない分野が、医療・防災の産業化だと思います。

医療・防災の分野で新たな産業構造を作り出そうと挑戦している取り組みを紹介します。医療・防災産業創生協議会を創設して、日本医師会や日本歯科医師会等と連携し、企業22社にも参加して頂いています。国土交通省との連携で取り組みを始めたのが、「道の駅」の防災拠点化です。道の駅に高付加価値コンテナを設置して、災害時に活用します。コンテナには、水や食料を備蓄するだけでなく、ソーラーパネルを装備して発電も出来ます。水を確保する為に、海水を淡水化したり泥水を浄化したり出来る装置も備えておく事も出来ます。国土交通省では既に、全国39カ所の道の駅を防災拠点として指定して、こうした設備の整備を進めています。他にもコンテナは医療の拠点としても使えます。PCR検査等が出来る医療用コンテナも既に導入している病院が有ります。医療行為が出来るコンテナのニーズは、3.11の経験でも明らかで、特に歯科治療でのニーズが高い。きめ細やかな医療対応が出来る高付加価値型の医療コンテナを作ろうと、日本医師会のアドバイスも受けながら、具体的なモジュール作りに着手する段階迄話が進んでいます。こうして防災としての医療コンテナの話を進めていたら、ウクライナ侵攻が起きて、今は国境なき医師団等の国際的な医療支援に使えないか、という話にもなっています。

こうした話を進めて行くには、政治の役割が大きいのです。法律や規制を乗り越えて行かなければならない部分も当然有ります。国会議員は勿論、医療界の皆さんとも力を合わせて、新たな産業創りとして進めていかなければならないと思っています。

質疑応答

尾尻 日本経済はこの30年本当に落ち込んだままですが、何が一番の原因なのでしょうか。

寺島 一言で言うと、易きに流れたという事でしょう。政治も経済も成功体験の余韻の中で安易な方向を選んでしまいました。金融緩和でカネ余りの状況を作り出して、株価を上げ、円安に誘導した。それ迄70円台の円高で苦しんでいたのは分かりますが、国際的な物価の水準に照らした日本円の価値は、様々な分析が有りますが、109円から115円です。それが135円を突き抜けている状況です。経済界も、株価が上がり、輸出品が売れるから結構ではないかという雰囲気になった。でも、一方で先程述べた様に世界に占めるGDPの割合は小さくなり、名目GDPを600兆円にするというアベノミクスの目標も達成出来ませんでした。日本は物の見方や考え方を大きく変えなければならない時期に来ていると思います。

竜崇正・千葉県がんセンター名誉院長 日本の医療政策は、科学に基づいて運用されていないと感じます。アベノミクスにしても、このような理論に基づき政策を立案して、その結果こうなりましたという科学的な論文が必要だと思うのですが、日本はこうした部分が大きく欠けていると思います。

寺島 全く仰る通りで、政策に対する科学的な検証を誰もしないような状況です。政府も報道もあれこれ言うだけで、結局、誰が一番正しい事を言っていたのか、分からないまま走っています。それは非常にまずい状況です。検証しながら前に進むという事を、あらゆる分野の人が意識しなければならないと思います。

松岡健・医療法人葵会医療統括局長 私達の病院では5年程前に相当な投資をしてインバウンド向けの病棟を建てました。ところが、コロナ禍で全く海外から患者が来なくなり、赤字運営となっています。これからのインバウンド医療をどう考えればいいのでしょうか。

寺島 インバウンド医療は今後、日本が力を入れるべき分野だと思っています。中国が経済発展を遂げたと言っても、医療面ではまだまだ日本に後れを取っています。例えば、米国でもハワイやグアム、サイパンの人達は日本で歯科医療を受けたいと言っている人が多くいます。米国は歯科診療の費用が非常に高く、2泊3日で日本の歯科診療を受けられるツアー企画が有れば参加したいと言っています。インバウンドで本格的に病気の治療をするには、様々な障害も有ると思いますが、健診を受け入れるだけでも相当にポテンシャルが有ると思います。

 

 

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