日本の医療の未来を考える会

第73回 医師不足解消の切り札となるのか オンライン診療推進の現状と課題(厚生労働省医政局総務課 矢野好輝・保健医療技術調整官)

第73回 医師不足解消の切り札となるのか オンライン診療推進の現状と課題(厚生労働省医政局総務課 矢野好輝・保健医療技術調整官)
高齢化と人口減少により、今後の日本の医療は、患者の増加と医師不足によって危機的な状況に陥る懸念が有る。特に過疎が進んでいる地方では、既に医療を十分に受けられない状況が生まれている。こうした問題を解決する1つの手段として期待されているのが、オンライン診療を始めとする遠隔医療だ。コロナ下の感染対策としてオンライン診療も普及して来たが、僻地や離島での活用や医師不足への対応という点では、未だ不十分だ。国はオンライン診療の推進にどの様に取り組み、どの様な課題が有るのか、厚生労働省医政局総務課の矢野好輝・保健医療技術調整官にオンライン診療の現状について講演して頂いた。

原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):AIやデジタルの導入が労働力不足や物価高騰の解決策として期待されています。しかし、優れた技術も、進み過ぎると弊害が出て来る恐れが有ります。特にAIは開発を野放しにしていると人類の脅威にもなり兼ねないとして、技術開発を管理する必要が有るとの議論も有ります。医療の分野でも、より良い活用法を目指して広く議論して行く事が重要です。

三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、元内閣府副大臣、衆議院議員運営委員会理事):医療や福祉に携わる皆さんの今一番の懸念は、来年度の診療報酬と介護報酬、障害福祉サービスの同時改定でしょう。財政審では一般の開業医の利益率が他の産業に比べて高い水準にあると主張していますが、これは最も落ち込んだ時期と比較した数字です。医療、介護関係者の苦労や努力を考えれば、財政審に考えを撤回して頂かなければなりません。

古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):高齢化と人口減少により、地方では十分な医療が受けられないという事態が生じつつあります。僻地に住んでいる方も安心して医療を受けるには、オンラインの活用が重要です。又、医療機器の遠隔操作による治療も目覚ましいものが有ります。しかし、医療機器の遠隔操作には5G以上の高規格の通信技術が必要で、通信技術の進歩と普及も欠かせません。

伊佐 進一氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員):今迄の報酬改定のやり方はデフレ経済の中での考えに基づいていました 。これから安定的なインフレを目指す中で、今後はインフレ経済下での報酬改定の在り方を議論して行く必要が有ります。社会保障費を懸命に抑え、薬価を削って診療に回す事で遣り繰りするやり方には限界が有る。新しい報酬改定の方法について議論が必要です。

和田 政宗氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員):来年度の診療報酬の改定に向けた議論が非常に厳しい状況です。財政審は診療所等が極めて良好な経営状況に有ると言いますが、これはコロナ下で懸命に多くの患者を診た結果です。物価や家賃、光熱費、人件費が高騰する中で、診療報酬改定マイナスの方針を跳ね返し、賃上げが出来、良い医療を提供して頂ける環境を作って行きたいと思います。

尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):米国では、どの地域の患者も同水準の医療が受けられる様にと、オバマ政権の頃からAIや遠隔医療の導入を進めています 。コロナ下で、昨年は3カ月で1400万人が遠隔医療を利用したというデータも有ります 。日本では僻地医療の状況が深刻です。人口減少の専門家の河合雅司氏 は、20年後には複数の地方都市で医療提供が困難になると指摘 しています。

講演採録

■コロナ対応以外では普及が進まぬ現状

最初に用語の定義をしておきます。「遠隔医療」は「情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」を指し、その中に遠隔診療やオンライン診療、オンライン受診勧奨、医師以外による医療相談等が含まれます。この内、遠隔診療は電話による聞き取り等が含まれますが、オンライン診療はリアルタイムの視覚、聴覚の情報を得る必要が有り、オンライン診療は遠隔診療の一部という関係になっています。

大きく分けて、遠隔医療には医師と患者の間で行われるDoctor to Patient(D to P)とDoctor to Doctor(D to D)の2種類が有り、オンライン診療はD to Pに当たります。D to Pは一般的に医師と患者が1対1で行うもので、患者側に主治医が同席するケースをD to P with Doctor(D)、看護師が同席する場合をD to P with Nurse(N)等と呼びます。この他、患者側に薬剤師や理学療法士、オンライン機器の操作をサポートする人が同席するケースも有ります。看護師が同席するD to P with Nは、僻地での活用が期待されています。情報通信機器を用いた初診料等の届出医療機関数は、2023年7月1日現在で約8500施設となっていて、1年前に比べ約3000施設増えました。しかし医療機関の数は全体で約10万以上有る為、未だ1割弱に留まっているとも言えます。又、実際の初診料の算定回数は、新型コロナウイルス感染症の流行に合わせ、昨年8月迄は増え続けて来たのですが、同年9月に大きく落ち込みました。新型コロナ以外の診療では、それ程普及していないのが実情と思われます。

医療機関毎に算出した各診療料のデータでオンライン診療が行われている割合を見ると、昨年5月にオンライン診療を行った1628の医療機関の内、最多だったのは「オンライン診療料が全体の2.5%以下」で1295施設と大部分を占めました。「10%を超える」という医療機関は112施設で6.9%に留まりましたが、その中で「ほぼ100%」という医療機関が2施設有りました。

■本格的な導入に向け新たな指針整備も

オンライン診療導入のこれ迄の経緯ですが、1997年の医政局長通知で、離島と僻地での電話等による遠隔診療が認められました。ICTや情報通信技術の進歩により「離島・僻地はあくまでも例示」として地域の拡大を認める事務連絡が出されたのが2015年。18年には「オンライン診療の適切な実施に関する指針」が発出され、オンライン診療料も診療報酬の中に設定されました。この時は、オンライン診療は再診のみでしたが、新型コロナウイルス感染症に対応する為、20年には初診が特例的に認められ、その後、恒久化されました。現在は一定の要件を満たし、医師が可能と判断した時は初診からのオンライン診療が認められています。

指針は、オンライン診療と医師法第20条の関係を整理したもので、最低限遵守する事項に従ってオンライン診療を行えば、無診察治療には当たらない事を明確にしました。オンライン診療の基本理念も定められ、①患者の日常生活の情報も得る事により、医療の質の更なる向上に結び付けて行く、②より良い医療を得られる機会を増やす、③患者が治療に能動的に参画する事により、治療の効果を最大化する、とされています。更に、具体的な指針として、守秘義務や患者との関係、医師の責任等6項目が記されています。この中では、医師と患者の相互の信頼の中で行われる事や、診療行為の責任は当該医師が負う事等を求めています。特に、オンライン診療が適切ではないと判断した時は、速やかに対面診療に切り替える様求めています。

適用対象については、オンライン診療が困難な症状が日本医学会連合によって示されており、呼吸困難や強い胸の痛み、強い腹痛や嘔吐、吐血等が挙げられています。発熱患者については、新型コロナウイルス感染症が蔓延していた頃の議論を踏まえれば、オンライン診療に適しているとも言えますが、高齢者や糖尿病、高血圧等、重症化リスクの有る患者には注意が必要だとしています。薬剤の処方もオンライン診療で可能ですが、初診患者に対しては日本医学会連合がガイドラインを作成しました。但し、麻薬や向精神薬等は初診での処方が禁止されています。

オンライン診療を提供する場所については、厚労省の審議会での議論の結果、今年5月に「医療資源が限られており、受診機会が十分に確保されていない僻地等に於いて、特例的に医師が常駐しないオンライン診療の為の診療所の開設を認める」という通知が出されました。これを受け、23年11月には石川県七尾市で全国で初の郵便局内でのオンライン診療の実証事業が始まりました。実証期間の24年2月迄、郵便局内に個室ブースを設置し、インターネット回線で医療機関と接続します。国の規制改革実施計画では、都市部にもこうした考えを広げられないか更に検討するという方向が示され、厚労省も実証事業の成果も見ながら検討を進めて行きます。

僻地の医療についてはD to P with Nの強化が有用だとの指摘も有ります。医師より数が多く確保し易い看護師の活用を図るのが狙いですが、利用者等からは診療所迄の移動時間や診療迄の待ち時間が短縮され、大変役立つという声が有ります。

■普及に求められる啓発と有効性の検証

こうした流れを受けて、「オンライン診療その他の遠隔医療の適正かつ幅広い普及」を目的とした「オンライン診療その他の遠隔医療の推進に向けた基本方針」が23年6月に策定されました。「適正」な推進とは「安全性、必要性、有効性、プライバシーの保護等の個別の医療の質を確保する」事と「対面診療と一体的に地域の医療提供体制を確保する」事の両方の観点が含まれるとされています。

指針では大きく分けて、D to PとD to Dに関する方針が示されていますが、D to Pに期待される役割として先ず患者と医師双方の負担軽減が有り、次に医療資源の柔軟な活用が挙げられます。又、患者は自宅のリラックスした環境で診察が受けられ、感染症のリスクも軽減出来ます。一方で、オンライン診療が普及しない要因の1つは医療機関の職員のリテラシーです。導入に際しての事務作業等を、どの様に進めたら良いのか分からないという声が有り、職員教育用の教材やマニュアルが必要だと指摘されています。システムの運用でも、専用のものを導入すると費用が掛かり、地域によっては4G、5Gといった通信環境が無く導入出来ない地域も有ると聞いています。又、患者の中には「対面の方が安心出来る」と言う人もおり、患者への啓発も必要となります。

高齢者への普及を図るには、機器等の操作を手助けする人が横に付いたり、医療従事者がサポートしたりする態勢も必要です。国としても、医療機関が導入する際に参考に出来る事例集や手引書、チェックリスト等の作成を検討しています。

又、安全性や有効性に関するエビデンスの収集・蓄積も必要です。やはり、対面診療と比較した時に、どの様なメリットが有るのかを示し、社会全体で共有して行く事が大切です。より具体的なケースや疾患に落とし込んで、エビデンスを蓄積し、標準的な医療の1つとして体系的に確立して行くという取り組みが今後求められて行きます。

■一部では効果を上げている事例も

基本方針の中には、オンライン診療の事例も紹介されており、例えば三重県鳥羽市の離島では、医師が来ない日や夜間、休日、船が欠航した日等にオンライン診療を実施しています。島内には地元に住む看護師が常駐しており、D to P with Nという形です。システム導入には苦労も有った様ですが、国交省の補助金も活用して実現しました。

京都市では、月経困難症や不妊治療にオンライン診療を導入している診療所が有ります。遠方の患者も居る為、患者が近くの医療機関に行き、D to P with D、D to P with Nの形で量について指示を受けながら、排卵誘発剤の注射を行っています。月経困難症等の患者の場合、オンライン診療で服薬アドヒアランスの向上に効果が見込める等の利点が有ります。一方、対面診療に比べ患者に寄り添う姿勢を示し、話し易い環境を作る事が難しいという課題を感じている様です。

千葉県鴨川市では、がん等のセカンドオピニオンにオンライン診療を活用し、主に治療難度の高い患者に対応する等、オンライン診療は多岐に亘っており、各々の診療領域に於いて、学会を中心に体系的な研究を進めて行く必要が有ると感じています。

僻地や離島での効果が期待出来るD to P with Nでは、看護師による傷病者の世話や診療補助は法律で認められています。必須条件の主治医による指示も、オンラインで可能だとされています。更に15年から看護師の特定行為研修が始まり、これを修了すれば、医師が不在であっても、医師が予め指示した手順書に従って病状の範囲内である事を確認し、点滴等の一定の範囲内の医療行為が出来る様になりました。

D to P with Nの場合、特定行為研修を受けた看護師でなければならない訳ではありませんが、研修を受けた看護師であれば、より柔軟に対応出来ると思います。ただ、看護師にとっては負担が増える面も有りますので、そこをどう支援して行くかが課題となります。

国の今後の取り組みとしては、オンライン診療に関する研究の推進を柱にしています。その1つとしてAMEDで、24年から2カ年でD to Pの診療機器の効果的な臨床応用の手法開発について研究を行います。臨床の具体的な場面を特定してエビデンスを作って行くという方向で研究を進めて行きますが、こうした研究成果を診療ガイドラインに位置付ける等して、質の高いD to Pの診療の実現に繋げ、オンライン診療の普及を進めて行きたいと考えています。

質疑応答

尾尻 郵便局での遠隔医療は、看護師が同席してサポート等をするのでしょうか。

矢野 基本的に郵便局の職員が、利用者のサポートをすると聞いています。

荏原太・医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長教育企画管理部長 新型コロナの様な感染症を除き、大都市でのオンライン診療を行う事には、対面診療に比べてどの様なメリットが有るのでしょうか。

矢野 生活習慣病の管理で服薬コンプライアンスが向上する等のメリットが有ると考えられますが、今後、医学界で具体的な疾患を特定して、オンライン診療のメリットを整理して行く事が必要だと思っています。又、治療の効果だけでなく、アクセスの向上等の患者の満足度、医療機関側の負担の軽減といったメリットも有ると思います。

葦沢龍人・地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター保険指導専門部長 オンライン診療に期待される役割として「医療資源の柔軟な活用」が挙げられていましたが、これは従来保険診療上で評価されていない部分についても評価して行くという事でしょうか。例えば、クリニックのかかりつけ医が専門医療機関にオンラインでコンサルテーションを求めた時に、それに対応し助言した事が保険請求の対象になるといった事が有るのでしょうか。

矢野 D to D型のオンライン診療については、遠隔連携診療料として現在750点と500点の2種類の点数が設定されています。保険請求は患者を診察した医療機関側が行い、その配分は医療機関同士で決める事になっています。サポート側の診療報酬については、どの様な疾患に、どの様な有効性が有るのかが具体的に示される事で、中医協の場でも在り方が議論されて行くのではないかと個人的には考えています。

旭俊臣・医療法人社団弥生会旭神経内科リハビリテーション病院長 日本中に認知症の患者が600万人居る一方で、認知症を診断出来る専門医は1万人足らずしか居ない。患者の治療やケアに対応する為にも遠隔医療を早急に進めて欲しい。

矢野 認知症は現在でも、他の疾患と同様にオンライン診療の対象となっています。しかし今後、認知症に対し、特にオンライン診療が有用だとのエビデンスが研究等で示されれば、診療報酬の見直しの議論にも繋がって行く可能性は有ると思います。

三ッ林・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表 コロナ下の特例で電話での診療でも保険請求が認められていたが、特例期間が終了し、電話診療では請求が認められなくなった。これによって認知症や一人暮らしの高齢者が、病院からスマホ等によるオンライン診療を求められ、困っているという話を聞いています。一人暮らしの高齢者の中にはスマホ等の端末を使えない人も多い。電話による診療に対するニーズがある以上、何らかの対応が必要ではないでしょうか。

矢野 コロナ下での診療報酬上の特例措置は終了していますが、その様な影響が出ているという指摘を、診療報酬の担当者に伝えます。

福嶋裕美子・学校法人福嶋学園理事長 私の夫は岡山県浅口市で開業しており、隣の笠岡市にある離島、大飛島で診療所を運営しています。そこでオンライン診療を始めたのですが、夫は必ず月に2回は島に渡って診療に当たっています。やはり、オンライン診療だけでは不安に感じる方もいらっしゃいますので、定期的に島を訪れる事が島民の信頼感や安心に繋がっている様に感じます。

石渡勇・医療法人石渡会石渡産婦人科病院院長 日本の周産期医療は、1次、2次、3次の医療機関が連携し、世界トップレベルの水準を保っています。しかし、今は1次の産科診療所が減少しつつあり、オンライン診療や遠隔診療を活用しなければ、今後、日本の周産期医療の水準は保てません。産科医療へのオンライン診療の導入についてどの様にお考えでしょうか。

矢野 以前、宮崎県庁に出向していた時に、1次の産科診療所と2次、3次の医療機関とをオンラインで結び、分娩監視装置のデータ等を送ってモニタリングするというシステムを構築した経験が有ります。これによって宮崎県は周産期の死亡率が日本で最も低い県となりました。こうした取り組みも広げて行くべきだと思います。医政局としても、学会からの提案等に基づき、産科領域でのオンライン診療の効果についての研究を支援について検討して行けたらと考えています。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA