日本の医療の未来を考える会

第86回 医療ニーズの変化と医師の働き方改革が 将来の病院経営に及ぼす影響とは(高橋 泰氏 国際医療福祉大学大学院 医療福祉経営専攻 医療経営管理分野 教授)

第86回 医療ニーズの変化と医師の働き方改革が 将来の病院経営に及ぼす影響とは(高橋 泰氏 国際医療福祉大学大学院 医療福祉経営専攻 医療経営管理分野 教授)
昨年4月から「医師の働き方改革」が始まり、12月には厚生労働省が新たな地域医療構想に関する検討会のとりまとめを公表した。医療機関は国の規制や新方針に従って、組織や体制を見直しながら、生き残りを図って行かなければならない。超高齢社会の到来による高齢患者の増加と医師不足という状況の中、今後、病院にはどの様な経営が求められるのだろうか。3月26日の第86回「日本の医療の未来を考える会」では、国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授に、医師の働き方改革を経た今後の病院経営の他、2040年を見据えた新地域医療構想についての動向と、今後、医療機関に求められる視点等について講演して頂いた。
挨拶

原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):国会では少数与党の政治状況の中、予算委員会が開かれていますが、予算の年度内成立に向け、どうか与野党の政治家に知恵を絞って頂きたい。世界では、トランプ米大統領がウクライナの戦争の収束に動いています。彼の言動に疑問を感じる事も有りますが、日本の政治家にも結果を出す為に多少は無理な事をする位の気概を見せて頂きたいと思います。

三ッ林 裕巳氏  「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元内閣府副大臣、医師):私の地元でも疲弊している医療機関が数多く有り、医療資材等の物価高騰に診療報酬の引き上げが追い付いていないと嘆く声を聞きます。次の診療報酬改定について、不安を感じている関係者も多く、医療崩壊寸前の状況だと言って差し支えないでしょう。今後も皆様の意見や考えをお聞きし、将来の医療がどう在るべきかを考えて行きたいと思います。

東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、財務大臣政務官):本日の資料の中に「人は困らないと変わらない」とありました。私共自民党も厳しい状況ですが、緊迫した状況の中でしか改革は進まないのかも知れません。地域医療が崩壊し医師がいなくなると、企業誘致や若者のUIターンの減少等、地域の経済政策も崩壊します。地域医療も厳しい状況にありますが、地域医療構想を進める為、勉強して行きます。

尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):65歳以上の人口が3600万人を超え、団塊の世代が75歳を超える等、日本は超高齢社会を突き進んでいます。しかし、これからは毎年150万人の高齢者が亡くなり続け、100年後には人口が半減するそうです。そうした中、年間7万人の高齢者が孤独死をしている。今後、孤独死となり易い「お一人さま」の問題も勉強会で取り上げて行きます。

講演採録

■ゆっくり着実に進んだ地域医療構想

日本は明治維新3330万人から人口ピークの2005年の1億2800万人へと右肩上がりで増え続け、僅か130年余りの間に人口が3.8倍に増加しました。しかし今後は「右肩下がり」で人口が減り続け、50年には1億人を下回り、ピークから130年後の40年頃には明治維新の時代のレベルに迄下がります。この間、高齢者の人口減少は少なく、若年人口が激減します。そして、都市部では高齢者が増えて、地方では人口が大きく減少して人がいなくなります。こうした状況に合わせて医療提供体制を構築して行くのが地域医療構想です。

病床数や看護師数等の医療資源には地域によって大きな差が有ります。私は08年頃から、人口減少局面に対応し、地域の医療資源に応じた医療提供モデルの必要性を訴えて来ました。丁度その頃、日本医師会の横倉義武会長(当時)が提唱していた「ご当地医療」の考え方と合流し、厚生労働省の将来ビジョンとも一致した事で、社会保障国民会議の議論を経て地域医療構想が形作られました。

地域医療構想を作成する為の基礎データを整備していた12年、私は「0〜74歳」と「75歳以上」で医療費の推移パターンが大きく異なる事を発見しました。病気や怪我の治療が終われば自宅に戻って生活出来る74歳以下の患者の多くは、急性期医療を必要とします。これを、現在衆議院議員の安藤高夫氏と共に「とことん型」医療と名付けました。一方、75歳以上の患者は、病気を治しただけでは家に帰れず、生活の維持や在宅復帰の為の治療やリハビリが必要になる。必ずしも病気の完治を目指す訳ではない、こうした医療を「まあまあ型」医療と名付けました。0〜74歳では人口減少の影響で15年以降の医療需要は一貫して減少しますが、75歳以上では30年頃まで急増し、その後も40年頃まで緩やかに増加します。従って、医療需要は年齢層を分けて予測する必要が有ります。

今後は「若年急性期(とことん)」型医療の需要が減り、「生活支援(まあまあ)」型の需要が増える為、この変化への対応が地域医療構想の最優先課題となります。全国的には急性期病床を減らし、生活支援型病床を増やす事が目標ですが、県によっては両方増やす、あるいは両方減らす必要が有る場合も有ります。

しかし、病床の転換や削減には多くの利害関係者が絡む為、思う様に進まないのが現実です。その為、先ずは将来の医療需要を見据え、病床機能別に必要な病床数を地域で協議・調整する仕組みが導入されました。14年の「医療介護総合確保推進法」により地域医療構想は制度化され、19年には国が支援する「重点地域」制度も設けられました。現在、20を超える2次医療圏が指定を受け、病院の統廃合が進められています。患者の命に影響を与える事無く再編が進んでいる点は高く評価すべきだと考えます。

■新研修制度で医師の働き方の意識が一変

現在、医師の働き方改革に対する医療現場への影響が議論されていますが、私は18年頃から、04年に始まった新医師臨床研修制度の前後で起きた医師の働き方に関する意識の変化を注視していました。

新制度以前の医師は、例えば、「野球部出身者は脳外科に行く、ラクビー部は第1外科に行く」等の風習に従って進路を決め、入局して最初の10年はワークライフバランスの感覚が麻痺する程働く事が多かったです。週80時間働く事も珍しくなく、請われれば過疎地へも赴くという感覚が普通でした。しかし、04年以降に新研修を受けた医師は、9〜17時で働き、色々な診療科を見た上で進路を決めます。すると、ワークライフバランスが大切で、子供の教育を考えると過疎地では働きたくない、緊急で呼び出される外科や救急は避けたいといった医師が現れ、今、医師偏在の問題が起きています。この様に新臨床研修を受けたか受けないかで、医師の意識が大きく異なります。04年に新研修を受けた医師は現在45歳前後であり、私は45歳の上と下で「医師のDNAが変わった」と表現しています。この大きな変化を理解する事が、働き方改革を理解する上で必要であり、今迄の日本の医療は医師(特に45歳以上の医師)の自己犠牲によって成り立っていたという事を示します。今後は、旧制度時代の医師が退職し、新制度の研修を受けた医師の比率が増えて行きます。ですから、ワークライフバランスを前提に考える医師で成り立つ医療制度を作るしか有りません。

その様な状況の中で「医師の働き方改革」が始まり、先ず、夜間救急に対応出来なくなる病院も出ました。これによって亡くなる患者も増えるのではないかと私も懸念していたのですが、実際は他の救急を続けた病院が頑張って救急患者を受け入れました。救急車のたらい回しによる死亡等の大きな事故も無く医師の働き方改革のスタートを乗り切ったという点で、今回の改革の導入については、80点から90点を付けても良いのではないかと思います。これは現場の工夫や努力の面が大きく、特に看護師は仕事のやり繰りが上手い。例えば看護師は、5人態勢の予定だったが1人が子供の急病で休み、4人で対応しなければならないという事も多い。そうした時も上手に仕事をやり繰りしてしまう。現場では今もその様に生産性を上げて対応しているのではないかと思います。

次に大きな課題が外科医不足です。私と同世代の医師が引退し始める時期に差し掛かりましたが、この世代は外科医が多い。今後の手術の提供能力の低下が懸念されます。

中長期的に見れば働き方改革の影響で、患者は手術を受ける迄の待機期間が長くなり、1カ月待ちが3カ月待ちになり、患者はソウルやシンガポールで手術を受ける様になるかも知れない、という予想も有りましたが、実際にはそれ程影響が出ている様には見えない。これも現場の医師らが工夫して影響が出ない様にしているのでしょう。

又、主治医制からチーム制への移行で、手術の執刀医とその後の担当医が変わる等で混乱や問題が生じるのではないかと懸念していたのですが、やはり現場は困ると知恵を出し合って対応し、これもそれなりに進んでいる様です。これらは、医師の働き方改革に非常に良く対応した例であると見ています。

働き方改革を進めなければならない理由は、例えば、外科や救急を担う医師を増やして行く為に、外科のワークライフバランスが保てる様に環境を整える必要が有るからです。外科はやり甲斐の有る仕事ですから、ワークライフバランスが保たれれば、目指す人が増えるかも知れなません。そして、これは私の持論ですが、外科や救急、産科等の医師の収入が増える仕組みを導入する必要が有ります。例えば「ドクターフィー」として、診療報酬が直接、担当医の口座に振り込まれる様にする等、明確なインセンティブを付ける必要が有ると考えます。地域医療構想の観点で言うと、急性期と生活支援型の充実という形で、拠点病院の集約化と生活支援型病院の増加が進み、30年迄に全ての医師が週60時間以内の労働時間に収まるという方向で進むのではないかと思います。

■団塊の世代の意識が高齢者医療を変える

昨年12月に40年に向けた新地域医療構想の案が公表されましたが、大きな課題は85歳以上の高齢者の増加です。25年以降の人口の推移から予測すると、75歳から84歳の人は余り増えないのですが、85歳以上の高齢者が増加します。そして、20年から40年に掛けて、85歳以上の救急搬送は75%増加し、在宅医療は62%増加する。これにどう対応すべきかが、新地域医療構想の議論の出発点と考えてもいいでしょう。

そして、40年に求められる医療機関の機能として「高齢者救急の受け皿となり、地域への復帰を目指す機能」「在宅医療を提供し、地域の生活を支える機能」と「救急医療など急性期医療への対応」の3つを明示しました。高齢者の救急医療は、急性期治療だけでなく退院に向けたリハビリの他、在宅医療や介護との連携等を包括的に提供する事が求められます。

在宅医療の現状の課題は、地域によって大きな差が生じています。一言で表すと、前橋より北は、札幌を除いた全ての地域の在宅医療の住民への提供量が全国平均以下です。盛んなのは東京、神奈川、大阪、名古屋等の大都市圏で、他には山陰や九州等の都市に点在している。こうした地域の特徴は患者密度が高く効率よく訪問を行える事、医師や看護師等の医療資源が多い事です。一方で、医療資源の少ない地域は国が旗を振っても普及は難しい。

又、在宅医療は今の医療圏では地域が広過ぎる為、在宅医療の圏域を設けようと新しい地域医療構想の検討会で提案されました。具体的には「郡市医師会」単位になる所が多いでしょう。一方、急性期については、今よりも広い範囲を検討して行く事になると思われます。

医療施設の整備ですが、実は新型コロナ禍以降、病院や施設の建設が停滞しています。高齢者の数が増加を辿る中、社会的に問題になりそうなものですが、全く問題になっておらず、寧ろ一般診療の患者数が減っている病院も有ります。その理由を調べたところ、高齢者が以前より若々しく元気になっている事が分かりました。認知症患者数の減少も予想されます。叡啓大学の笠島めぐみ講師の研究では、学歴が高いと認知症の発生率が抑えられる。すると、今後認知症患者は緩やかであるが減少すると予想されます。

更にこれから高齢者の中心となる団塊の世代は、世の中の考え方を大きく変えて来た世代です。恋愛結婚をして、自分の子供には仲人抜きの結婚式を挙げさせ、親が亡くなると家族葬で済ませる。入院した親の胃ろうを止めたのもこの世代です。欧米では食事を取れなくなったら寿命だと考えるのが普通です。その代わり、その前段階で、自分で何でも出来る状態を続けさせる事に注力する。こうした欧米の考え方を知っている団塊の世代が、胃ろうを断る選択も増えて行くでしょう。こうして、高齢者が元気になり、最期まで自分の力で生きて行こうという人が増えれば、病院の数は今の半分位になるかも知れない。

又、最近考えなければならないのは、物価高騰によるコスト上昇で影響を最も強く被るのが地域の中核となり救急医療を提供する病院であるという事です。その結果、地域にとって必要性の高い病院ほど経営が追い込まれ、逆に稼働率は低いものの補助金で延命している様な長期療養病床等の病院が、経営を維持し得るという事になり兼ねない。

そうした状況に陥らない様、残すべき病院の条件を定量的な数値で示してはどうかと考えています。これを国がガイドラインとして示し、基金の活用等で病院や病床の削減を支援して行く事も今後は不可欠だと思います。

質疑応答

尾尻 将来の医療機関の在り方について、厚労省は人口の年齢構成との関わり等、専門的な知見や情報をどの様に入手して、政策に取り入れようとしているのでしょうか。

高橋 厚労省には必要な最新情報が定期的に入手出来る仕組みが整っており、担当者が変わっても数カ月で担当領域の知識や情報がインプットされ、ある水準迄の仕事をこなせるようになります。一方で、情報収集には2つの問題点が有ると思います。1つは、最新情報といっても2〜3年前の統計情報が主であり、今現場で起きている喫緊の課題に関しては感度が低い事です。もう1つは、数字の背景に隠された状況を読み解く力が弱い場合が有る事です。2〜3年毎に異動が有るのは仕方が無い事ですので、私達研究者が定期的に提言や情報提供を行う事が重要だと考えます。新地域医療構想も、病床を減らして高齢者救急や在宅医療に対応という点で方向性は間違っていないと思います。只、過去の数字に影響され、現在の現場の肌感覚との乖離を感じる点も少なからず有ります。現在最も気になるのは、公立病院に対する赤字補填の為の補助金の在り方であり、これを見直さないまま新地域医療構想が進むと、本当に必要な特に民間の医療機関が淘汰されてしまう恐れが有ります。

織本健司 医療法人社団健齢会ふれあい東戸塚ホスピタル病院長 私の病院は回復期リハビリテーション(回リハ)50床、慢性期が100床のケアミックス病院ですが、現状、地域包括ケア(地ケア)病床と回リハ病床の違いが曖昧に思います。地ケア病床より回リハ病床でじっくりリハビリをした方が効果が有るのではないか。又、地ケアも回リハも、帰宅を前提にしていますが、現実には帰る場所が無く、病院に居続けなければならない人もいる。こうした患者への対応については、どの様な方向で検討して行くのでしょうか。

高橋 地域医療構想の検討会では、逆に回リハのパフォーマンスが悪いという資料が提出され、議論が白熱しました。どちらが良いかではなく、今後はリハビリ機能はデイサービス等、病院外に流れて行く可能性が高く、国の政策もそちらに向かって行くと思います。地ケアは今よりも在宅支援の機能を強め、回リハはリハビリ機能をより強く打ち出す方向に向かい、自ずと役割分担が出来て行くのではないでしょうか。胃ろう等の終末医療に対する患者側の考え方も変わって来ています。すると、北欧の様に寝たきりになる前に死を迎えたいという考え方がトレンド化し、そうした問題も消えて行くでしょう。透析についても、フランスではある程度の段階に行くと、透析よりも苦痛の緩和を選ぶ患者が増えている。日本も将来的にはそうした方向に進むかも知れません。そう考えると、ケアミックス病院等の経営には、今から入院完結型から福祉施設等と連携した地域完結型にシフトし、地域を取り込んで行く事が必要だと思います。

小松本悟 日本赤十字社栃木県支部足利赤十字病院名誉院長 病院の再編統合が増加し、殆どが同一の医療圏同士です。しかし、患者のニーズを考えると、医療圏や都道府県を超えた合併も必要ではないでしょうか。

高橋 例えば和歌山県南部の新宮市等と三重県南部は、古くから経済的な結び付きが強く、患者も県境を跨いで双方の病院へ行き来しています。この地域では、ある意味制度を超えて院長同士が情報交換し、診療科の整理等にも取り組んでいるという例を現地で説明を受けた事が有ります。しかし、この問題を越境問題であまり困っていない東京で議論しても感覚的に理解出来ない部分が有る。実際に困っている地方主体で議論を進めるべきです。

石渡勇 石渡産婦人科病院院長 少子化等で個人経営の産科病院は経営が難しく、産科の無い医療圏も増えています。世界的にも高い日本の周産期医療の水準をどの様に保って行くのでしょうか。

高橋 無痛分娩を望む人が増え、高齢の妊婦によるハイリスクの分娩が増加傾向に有りますが、全ての医療圏にハイリスク出産に対応する医療機関を置くのは現実的ではありません。低リスクの出産に対しては、遠隔医療も活用し、安心して出産出来る環境を整えた産科を集約して行く方が良いのではないでしょうか。逆に専門家の先生にお伺いしたいのですが、産科の立場から、無痛分娩や高齢出産等、ハイリスクの出産への対応についてどう考えますか。

石渡 無痛分娩が全国で12%程度となり、都会では40%を超えています。無痛分娩は麻酔や救急への対応も必要で、地方では中々態勢が取れない。ハイリスクの出産への対応は集約が必要ですが、一般の妊婦は地元でお産をしたいという気持ちが強い。ハイリスクの出産とは別に考えるべきだと思います。

荏原太 医療法人すこやか高田中央病院糖尿病・代謝内科診療部長 教育企画管理部長 台湾では電子化のメリットを生かして、治療成績の良い医療機関にインセンティブを導入していますが、日本での議論は進んでいますか。又、訪問看護の水増し等、在宅医療診療報酬の不正請求が問題になっていますが、どの様に対応するのでしょうか。

高橋 台湾と日本では医療情報の基盤整備が違い過ぎますが、何れ日本でもAIの活用を通じて病院毎の判定も出来る様になるでしょう。不正請求も、AIでレセプトを審査すれば、高い確率で不正を見抜ける様になります。どちらも更なる情報化が必要です。

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