
挨拶
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):1997年に、中山太郎先生が中心となって提案された臓器移植法が成立した時、私も本会議での採決に加わりました。当日は「党議拘束を外す」との事で、自分の考えで賛否を判断する様に指示されたのを覚えています。その後、多くの医療関係者の努力によって、子供達を含めて多くの命が救われてきました。医療関係者のご苦労に敬意を表します。
三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(元内閣府副大臣、医師):私は「臓器移植を考える議員連盟」の事務局長を務めていましたが、日本の移植医療には多くの課題が有ります。日本の医療技術は世界の最先端を行くのにも拘らず、移植医療は海外と比較しても停滞している事は否定出来ない事実です。移植手術の件数を増やすには、臓器提供者の数を増やす取り組みが必要で、国も体制の強化に乗り出すべきです。
東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員、自由民主党副幹事長):現在、国際環境が大変厳しく、その影響は我が国にも及んでいます。特に原油の確保が大きな課題です。原油から精製されるナフサは幅広い製品に使われており、多くの医療関係物資の原料にもなっています。医療界からは先行きを案じる声が上がっており、私も地元医師会から要望を受けました。我々としても不安の払拭に取り組む必要が有ります。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):本日は、日本の小児肝移植を牽引してこられた笠原先生にご講演頂きます。日本はWHOからも「臓器移植が進んでいない」と厳しい指摘を受けていますが、先生は小児患者を救う為、海外でもボランティアとして日本の高度な医療を提供しています。医療を通じた日本とアジアの友好にも貢献する活動で、同じ日本人として誇らしく思います。
講演採録
■脳死移植で後れを取る日本
私は京都大学医学部附属病院の移植外科に10年間在籍し、移植外科の道に進みました。現在、病院長を務める国立成育医療研究センターは、全国から小児・周産期の入院患者を受け入れており、年間手術件数は5000件に上ります。中でも小児生体肝移植は、国内の症例の70%を担っています。
臓器移植には、脳死と判定されたドナーから摘出した臓器を移植する「脳死移植」と、「この人を助けたい」と願う健康な人から臓器の一部を摘出して移植する「生体移植」が有ります。例えば先天性の肝硬変の子供の場合、母胎内で既に肝硬変に罹っている患者もいます。その様な患者には、透析や血漿交換を行い脳死移植登録をしますが、脳死ドナーが現れない場合、生体肝移植を行います。
肝移植の歴史を辿ると、1963年、米国デンバーのコロラド大学でスターズル博士が胆道閉鎖症の子供に対し、脳死ドナーからの肝移植を世界で初めて実施しました。翌64年には、千葉大学の中山恒明先生が同じく胆道閉鎖症の子供に対し異所性肝移植を行っています。しかし日本では、68年に札幌医科大学で和田寿郎先生が行った心臓移植を巡り、移植適応や脳死判定に関する疑義が生じ、殺人罪で告発(後に証拠不十分で不起訴)される事態となりました。更に84年には筑波大学で脳死による膵腎同時移植が行われた際にも同様に、担当医師が殺人罪で告発され、不起訴となっています(同大学では昨年、41年振りに膵腎同時移植が再開されました)。こうした経緯から、我が国では長らく脳死移植が停滞し、臓器の提供者も少ないという状況が続き、肝移植も約25年間行われない空白期が生じました。
この間、88年にブラジルで世界初の生体肝移植が実施され、翌89年にはオーストラリアでも1歳の日本人男児に対して行われ、世界初の成功例となりました。その時、現在DMAT事務局長の小井土雄一先生や、現在の松波総合病院理事長の松波英寿先生も参加しました。当時、日本では移植医療が出来ない為、海外でトレーニングを受ける外科医が多かったのです。同年、日本では島根医科大学の永末直文先生が世界で3例目となる生体肝移植を実施しました。残念ながら患者はウイルス感染症と胆道の合併症で亡くなりましたが、永末先生は透明性を持って経過を説明していました。その後、90年には京都大学の田中紘一先生、信州大学の幕内雅敏先生らが相次いで手術を行い、日本でも生体肝移植が広がっていきました。
97年には臓器移植法が成立し、法に基づく初の脳死判定が高知赤十字病院で行われ、心臓や肝臓等の移植が実施されました。但し、当初は生前の意思表示と家族の同意、さらにドナー年齢が15歳以上であることが条件とされていました。その後、2009年の法改正により家族同意のみでも提供が可能となり、15歳未満からの提供も認められました。これを受け、12年6月には6歳未満のドナーからの提供による肝移植が初めて成功しています。
しかし、日本の脳死移植は臓器移植法施行後も件数が増えていません。23年のWHO-ONTのデータを見ても、日本は欧米と比べ脳死移植が少なく、生体移植が多い傾向が見られます。アジア全体でも同様の傾向があり、歴史的経緯が現在の移植医療の構造に影響を与えていると言えます。
■家族に重大な決断が求められる現行法
日本でも脳死移植に関する法整備は進みましたが、脳死が人の死として認められるのは、今も臓器移植の時だけです。この為、患者の家族は脳死を死として受け入れるかどうかの決断を迫られる。この精神的な負担が、脳死移植の件数が増えない一因となっています。そろそろ「脳死は人の死」とするかどうかの議論を進め、法改正を行う時期ではないでしょうか。
日本の肝移植の現状を見ると、生体肝移植が93.2%を占め、圧倒的に多い。又、小児の肝移植は年間100例程度です。そうした中、03年から成人の生体肝移植が劇的に減っています。実はこの年、娘に肝臓の一部を提供した母親が死亡しました。13年にも生体腎移植でドナーが死亡するという事例が起きています。
生体移植で難しいのは、ドナーの安全性を100%担保しなければならない点です。しかし、どんな手術でも100%の安全は保証出来ない。この矛盾が移植外科医にとっての一番のストレスです。私は、生体肝移植で亡くなったドナーの主治医を務めていました。提供する肝臓の一部を摘出した後、患者の病状が悪化していく経過を横で見ていた。最終的にはドミノ肝移植を受けたのですが、助かりませんでした。この時、ドナーの安全性を担保しない限り、移植医療は正当化されないのではないかと強く感じました。
脳死と生体では、肝臓の摘出手術の方法が全く異なります。脳死の摘出手術では心臓を左手で押さえながら、素早く肝臓を摘出します。大量に出血もしますが、医学的に亡くなっているので、問題は有りません。一刻も早く移植出来る様スピードが重要です。一方、生体肝移植では、止血をしながら慎重に肝臓を切っていきます。合併症にも注意が必要です。
臓器の摘出は、通常の手術が行われない深夜や土日に行われます。臓器の保存時間には限界が有り、心臓が大体4時間、肝臓は10〜12時間まで冷凍保存が可能です。或る日のタイムスケジュールを紹介すると、摘出チームの手術室入室は午前2時、ミーティング等を経て4時から執刀。心臓や肺、肝臓、腎臓等を摘出して、手術終了は午前7時35分となっています。その間医師は会議室の様な場所で椅子に座って仮眠を取ります。それ程厳しい労働環境で働いているのが実状です。
この様な中、臓器移植の負担軽減に向けた取り組みの1つとして、異種移植の研究が進んでいます。現在、ゲノム編集技術によって、人に移植が可能な臓器を持った子ブタを育てる事が可能になりました。動物からの臓器移植の成功例としては90年代、スターズル先生によるヒヒの肝臓の人間への移植が有ります。その後はブタが使われる様になり、心臓で2例、腎臓が4例、肝臓が1例の移植が実施されています。日本では臨床試験の実施に向けた法整備はほぼ完了し、実施可能な状況に有ります。只、異種移植について殆ど知らない国民が多い事が、私達のセンターの調査で明らかになりました。このままでは異種移植に対する無理解による不寛容や差別等が生じる懸念も有り、啓発していく必要が有ります。
生殖医療として子宮移植も進んでいます。病気や先天性疾患等で子宮を失った女性が、親族から子宮の提供を受けて、妊娠出産を目指します。スウェーデンのイエテボリ大学で、厳格なルールを定めた上で行われ、14年から既に70人以上の子供が出生しています。しかし、日本では妊娠する権利を医療が保障すべきなのかという議論が熟しておらず、第三者ドナーから提供された精子や卵子を用いた受精に関する法律も未整備です。
当センターでは、母体から離れるとアンモニアを代謝出来ない疾患を持つ新生児を対象に、ES細胞から作製した肝細胞を移植する治験を行いました。乳児のへその静脈から肝細胞を入れると肝臓に届き、アンモニアが代謝出来る様になります。これ迄、5例実施しました。移植前の乳児はアンモニアを減らす為に透析が必要ですが、移植後は普通に生活を送る事が可能になります。
■移植手術を通じ国際貢献
当センターでは、05年に初めての肝臓移植を行いました。ドミノ肝移植や小腸、心臓の移植等も行い、25年1月には小児病院としては国内で初めて、臓器移植が1000例を超えました。数だけでなく、質も見ても、肝移植の成績は米国の平均と比べても10ポイント程上回っています。
乳幼児の移植の難しい点は、体の大きさです。子供のお腹の中に大人の肝臓は入りません。そこで私達は、大人の肝臓を削って手のひらサイズにする方法を開発しました。すると、海外から講演や手術指導を依頼される様になりました。又、この術式によって、劇症肝炎で急激に症状が悪化した新生児に対する手術も可能になり、世界的に評価されました。
イスラム圏の国々も日本と同様、生体移植が主流です。何故なら、彼らは死後の世界を大切にしており、死者からの臓器摘出に抵抗感を抱くからです。この為、イスラム圏の国々からは小児患者の生体肝移植についての相談が数多く寄せられ、私達も支援しています。
私は05年から、週末にイスラム圏の国を訪れ、手術を行って帰国するという生活を送っています。木曜日に日本で手術を行った後、飛行機で東南アジアや中東に向かい、金・土・日の3日間で手術をして、直ぐに帰国する。そうすれば、月曜の早朝には日本に到着し、週明けの診察に間に合います。この活動を20年間、ボランティアで続けてきました。手術後は、連れて行った若手の医師に術後管理を任せます。その後は、現地の医師の育成の為、電話で連絡を取りながら一緒に経過観察を行います。祈りの時間になると手術室から人がいなくなるという、イスラム圏ならではの出来事も起こりますが、その時は1人で対応します。こうした肝移植を通した国際貢献で、現地医療の底上げを図る事が必要だと考えています。
移植治療には外科・内科的治療と生涯に亘る免疫抑制管理が必要ですが、それだけでなく、教育や就労支援、心理的ケア等、生涯に亘る身体的・社会的・心理的支援も必要です。それには、がんや循環器、脳卒中の様に政策の方針を定めた対策基本法が必要です。先ずは「脳死は人の死」という議論から始め、国民の納得を得た上で、基本法を制定して頂きたい。
子供は日本の宝です。小児病院の経営環境は非常に厳しいのが現実ですが、子供の命を救い、成長を見届けるのが、私達の使命だと考えています。
質疑応答
尾尻日本で臓器移植が進まない理由は、移植に対する理解不足が原因なのでしょうか。
笠原 最近の世論調査等では、臓器移植に対する理解は広がっています。課題は「脳死が人の死である」という点が整理出来ていないところに在ると思います。現在は、移植の時だけ脳死が死と認められ、その判断は家族に委ねられている。この点を変えていけば、臓器移植が進んでいくと思います。
足立健介 東京都立墨東病院院長 iPS細胞による再生医療が進んでいますが、肝臓に関してiPS細胞を使った再生医療の研究はどの様な段階なのでしょうか。又、00年に国際移植学会がローマで行われた時、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が「iPSは胚細胞を破壊するので認められないが、臓器移植は是非進めて欲しい」と言っていました。臓器移植の推進でも宗教の役割は大きいのではないかと思います。
笠原 再生医療に関しては、現在は肝細胞だけでなく、胆管細胞と有機的に一体となって機能する細胞の芽を作製出来る様になっていますので、こうした細胞を移植する事、又は透析のカラムとして使用する事を検討しています。細胞を移植する際は門脈から注入するか、肝臓や腎臓、膵臓の皮膜の下に移植します。宗教の役割については、イスラム圏でも宗教的リーダーと医師の間で臓器移植の議論が進められており、エジプト等でも容認されつつあります。カタールやサウジアラビアでは以前から脳死移植が行われています。宗教者を始め様々な分野の人達の意見を聞きながら移植を進めていく事が大切だと思います。
宮本隆司 (福)児玉新生会 児玉経堂病院病院長 日本で脳死移植の件数が増えないのは、本人や家族の同意が必要なオプトインになっているからだと思います。欧州の様に、日本でもオプトアウトの法制化が必要です。又、移植を増やすには、手術が可能な体制の整備も重要です。現状では、臓器提供が大幅に増えても、医療側で対応出来ません。
笠原 オプトアウトにすれば臓器提供の件数が増えると思いますが、この議論は患者団体やドナーの家族、遺族団体等様々な意見を聞いて進めていかなければなりません。移植手術への対応ですが、大幅に臓器の提供件数が増えると、臓器が有るのに患者が移植を受けられない状況が生じる恐れは有ります。この為、国も移植施設に対し、財政的、人的に様々な支援を行っています。更に移植手術は緊急に行われますから、通常の手術を延期しなければならない事態も想定されます。それを国民に受け入れて貰えるかという議論も必要になると思います。
池田寿昭 東京医科大学名誉教授 病院として臓器移植を推進していくと、心筋梗塞やくも膜下出血等緊急を要する患者との兼ね合いが難しい場面も出てきます。病院全体の協力体制も必要だと思いますが、国立成育医療研究センターでは今後も臓器移植を続けていく体制を構築出来ているのでしょうか。
笠原 私が退任した後も、当センターが臓器移植を続けて行くには、個人の努力では足りないと思います。法律やシステムの整備、財的・人的支援が欠かせません。特に日本の小児病院は全て赤字で、多い所では80億円等と幅が膨れ上がっています。子供達を守っていく為にも経営への支援が必要です。
深尾立 労働者健康安全機構千葉労災病院名誉院長 脳死を死として認めなければ、日本の臓器移植は進まないだろうとの話が有りましたが、それは日本移植学会の共通した思いです。現在の法律では、ドナーの家族が自分の家族の死を決めなければならない。これは家族にとって重い負担です。国会で、「脳死は人の死」へと国論を導いて頂きたい。
織本健司 (医)健齢会ふれあい東戸塚ホスピタル院長 胚盤胞補完法の研究が進み、マウス等の体内で腎臓や膵臓の作成が可能になってきましたが、将来的に肝臓の作製も可能でしょうか。又、命を救う為の肝移植と違い、人工透析技術も進んだ現在、腎移植は生活の質を維持する為のものになっています。腎移植について考えをお聞かせ下さい。
笠原 肝臓は代謝のほぼ中心の臓器で、より複雑な構造をしています。作製の実現には時間が掛かるのではないでしょうか。腎疾患の患者は、技術の進化で家庭でも腹膜透析が出来る様になりましたが、成長への影響やQOLを考えると、一定の年齢になったら腎移植を考えたい。しかし、移植された腎臓は20年程で機能が低下します。現在、機能の低下を抑える方法の開発を研究室レベルで進めています。
西田修 (医)伯鳳会東京曳舟病院病院長 日本集中治療医学会では臓器移植を推進する立場を打ち出しています。集中治療科医が適切な処置を施せば、可能な限り臓器を移植に適した状態で保存出来ます。私も肺炎の患者が脳死と判定された時に、肺を含めた臓器の管理を行った結果、肺も提供する事が出来た経験が有ります。又、移植後の術後管理も集中治療科医の領域です。集中治療科医も臓器移植に貢献している事を広く知って頂きたい。
荏原太 (医)すこやか 高田中央病院 糖尿病・代謝内科診療部長 教育企画管理部長 移植医療に関してもハイボリュームセンターの整備が必要でしょうか。国も臓器移植の推進に向けて、施設整備への投資をすべきだと思います。
笠原 医療圏の再編、医療の集約化の議論が厚労省や自治体で行われていますが、臓器移植に関しても、集約化の議論が進められています。特に小児に関しては、子供の数が減っている事も有り、県境を越えた集約化が課題です。声を上げられない子供に代わって我々が声を張り上げていきたいと思います。

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