
挨拶
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)
勉強会も今夏に100回目を迎えます。国会では多くの議連が活動していますが、100回続く会は珍しく、発起人の1人として嬉しく思っています。民間の立場から医療政策を提言するという理念の下、更に邁進して参ります。政治では衆議院の解散総選挙が行われます。議員にとって大きな試練ですが、それを乗り越え、国の代表として活躍して頂きたい。
古川 元久氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員、国民民主党代表代行兼国会対策委員長)
カスハラ対策については、国民民主党としても力を入れて取り組んでいます。23日には衆院が解散、いよいよ真冬の選挙戦に突入しますが、私も堂々と戦い抜いていきたいと思っています。厳しい選挙となる事が予想されますが、再び国政の場に戻り、ペイハラや診療報酬等、日本の医療が直面している問題の解決に向けて頑張っていきたいと思います。
門脇 孝氏 「日本の医療の未来を考える会」医師団代表(日本医学会会長、国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長)
井上先生には昨年9月にもペイハラ対策について講演して頂き、大変好評でした。今回は前回よりも更に具体的な対策を取り上げて頂きます。患者によるハラスメントは以前にも増して大きな課題となっており、私も病院経営者の1人として無関心ではいられません。病院は患者を守ると同時に、医療従事者や職員も守る必要が有ります。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)
前回の講演では、時間が足りないという声が数多く寄せられ、今回は時間を拡大し再度登壇して頂きました。ハラスメントは誰もが直面し得る問題で、私も昨年、或る社長のセクハラ裁判を傍聴しました。どれ程立派な人でも、裁判で被告席に立たされると、惨めな姿を曝け出す事になります。大変、難しい時代です。一生懸命勉強したいと思います。
交際採録
■10月からはカスハラ対策が義務に
昨年6月に労働施策総合推進法が改正され、企業等にカスハラ対策が義務付けられました。1月20日に開かれた厚生労働大臣の諮問機関、労働政策審議会の分科会で具体的な対策指針が纏められ、今年10月(予定)に法律が施行された後は、指針に基づいた対策が求められます。病院でも、指針に基づいてペイハラ対策を講じ、医師や看護師を始め職員を不当な要求等から守らなければなりません。
カスハラやペイハラへの対策は、嘗て「クレーマー対策」と呼ばれていました。病院等の医療機関では、医療事故を巡る問題が取り沙汰される様になった2000年頃からその存在は問題となっていましたが、コロナ禍を経てクレームの質が変化し、ボルテージも高まっています。病院が患者を「患者様」と呼び始めた事も影響してか、「客だから大切に扱われて当然だ」と勘違いし、病院に対して高圧的な態度を取る人が増えてきました。コロナ禍での社会の閉塞感の中で起きた事象とも見られていましたが、現在も、クレーマーによる被害は減っていません。
具体的には、SNSへの悪評の投稿、職員への過度な要求、長時間の居座り、職員の人格を否定する様な言動等が見られます。又、診察室内での会話や模様を無断で録音したり、録画したりする人もいます。そして損害賠償を求めて裁判を起こし、自分に都合の良い部分だけを証拠として提出する。極端な例では、医療過誤だと決め付けて、厚労省やマスコミに告発する人もいます。記者会見を開いて「病院に殺された」等と発言するのは、医療従事者へ対するハラスメントではないかとも感じます。
更に、医療事故が起きた際には第三者機関を設置して原因を特定し、再発防止策を検討する事が有りますが、そこで特定の医師や看護師のミスが原因だったと不当な評価を下すケースも見られます。公の場で個人のミスを追及する訳で、これも医療従事者に対する公開パワハラではないかと感じる事が有ります。
約1年前に注目を集めた、テレビ局の女性アナウンサーがタレントからセクハラを受けたという問題ですが、両者間で示談が成立したにも拘わらず、トラブルの詳細が報道され、社会問題に発展。その後、当時の社長ら幹部2人は会社側から50億円の損害賠償を請求されました。これは、幹部等が事態の重大性を認識し得たにも拘らず、タレントの起用を取り止めたり、被害者のアナウンサーを保護したりする等の適切な措置を取らず、結果的に会社に損害を与えてしまったのが理由です。ハラスメント問題には労働者保護の側面が有る事を忘れてはいけません。
今年10月(予定)からは企業の規模を問わずカスタマーハラスメントへの対応が義務付けられます。経営者はハラスメントへの適切な対応を怠れば、訴訟リスクが有るという事を知っておく必要が有ります。
■ペイハラ対策は手順の着実な遂行が重要
ハラスメント事案の発生に際し最も重要なのは、手順を踏む事です。ハラスメントの形態は様々で、それぞれ個別の事情が有る。どの様に解決するかは常識に基づいて判断するしかなく、病院側の裁量の範囲内です。似た様なケースでも、病院によって判断が分かれる事が有るのも当然です。
しかし、どの様な判断をしようとも手順だけは着実に踏んでおかないと、事実を隠蔽したと見做される恐れが有ります。前述のテレビ局でのセクハラ問題でも、被害を公表せずにいた事ではなく、局側が適切な対応を取ったかどうかが厳しく問われました。本来セクハラ問題は、被害者側が望まない限り、プライバシー保護の為にも公表しない方が良い。ましてや弁護士同士が話し合いを進めていた訳ですから、会社が推移を見守っていたのも間違いだったと迄は言えない。しかし、会社としては「適切な対応を取った」というエビデンスを残す必要が有った。それを怠った為、被害を隠蔽しようとしたと糾弾される結果となってしまいました。
ハラスメント対応等に於いては、調査等に時間を掛け、適切に記録を残し手続きを進めるのが弁護士の仕事です。テレビ局の事案も、弁護士の力を借り社内で適切な手順を踏んでいれば、あの様な騒動にはならなかった筈です。
医師の場合、手早く物事を進めたがる人が多い。しかし、これはトラブルの対応としては良くありません。トラブル対応は急げば急ぐ程拗れ易い為、相手の対応を見ながら時間を掛ける方が良い。その為には、個人ではなく、組織として対応する事も重要です。個人が早く解決しようと焦れば焦る程、悪い方向に行きがちです。組織として打つべき手を打てば、後は相手の様子を見ていればいい。「時が解決してくれる」という言葉が有る様に、時間が経てば、相手の怒りも自然と収まるかも知れません。
医療機関がペイハラ対応に苦慮する大きな原因として、応招義務の存在が有ります。治療の求めが有った場合、医師は正当な事由が無い限りそれを拒んではならず、違反すれば行政処分や損害賠償請求を受ける可能性も有ります。しかし、応招義務が有るからと言ってペイハラを我慢する必要も有りません。19年の厚労省通知に於いても「患者の迷惑行為の様態に照らし、基礎となる信頼関係が喪失した場合新たな診療は行わない」と明記されています。
応招義務に違反せずにペイハラ対策を実施する為には、「予防」と「段階的対応」の2点がポイントとなってきます。
先ず「予防」については、クレームや不当な要求を繰り返す患者に対し、病院側は施設管理権に基づいて診察を拒否する事が出来ます。
その為には、待ち時間のクレームを防ぐ為に「診療の都合により順番が前後する、又は予約時間を超過する場合が有る」等の掲示が有効となる他、迷惑行為・暴力等に対し断固とした対応を執る事を規定し、その旨ポスターやホームページ等で掲示しておくと抑止効果にもなります。
次に「段階的対応」については、診療契約が鍵となります。これも施設管理権と同様、違反した場合は契約関係を終了し、患者の立ち去りを命じる事が出来ます。
診療契約とは、病院は医療を提供し、患者は医療費を支払うという法的な合意です。それに付随して、病院は診療内容や病状について説明する責任が生じると同時に、患者側も診療行為に協力する義務を負うとの考え方です。この為、クレームや暴力等によって信頼関係が損なわれた時には、関係を終了させ医療提供も取り止める事が可能です。その際、患者の迷惑行為に関して、カルテ以外に時系列でメモを残す事や、行為が繰り返された際は誓約書の記載を求める他、誓約書の記載を拒否したり行為の程度が重大な場合は診療の継続が困難である事を伝える通知書を送付する事も有効です。
尚、一度クレームが有ったからといって、直ちに医療の提供を終了するのは性急です。誓約書や通知書の様な段階的な手順を踏み、再三の注意にも応じなければ提供終了も検討する。院内規則を作成する時は、こうした「段階を踏んだ着実な遂行」という観点に基づき内容を整備しておくと良いでしょう。
■組織として一貫した対応を
ペイハラ対策は、“病院の防衛体制を構築する”という位の決意で取り組んで頂きたいと思います。組織での対応が重要なのは、個人の軽率な行動を防ぐ為だけではありません。事態を有利に展開出来る上に、安全配慮義務違反に問われるリスクも軽減出来るからです。昨今、第三者委員会の結論が切っ掛けで病院への批判が収まらなくなってしまうケースも多く、病院が主体となっての対応は欠かせません。
又、組織的に対応する利点には、病院が一丸となって取り組んでいる姿勢を示せる事も挙げられます。クレーマーの中には想定外の訴訟を起こす人もいます。そうした時に「裁判所は患者側の味方をするのではないか」と心配する人がいますが、病院が一貫した姿勢を示す事が出来れば、そうした事は有りません。責任者が情報を共有し、適切に対応している事を示す記録等を証拠として提出すれば、裁判所の心証も良くなります。しかし、病院内で医師同士がいがみ合ったり見解が分かれていたりすると、裁判所は不信感を抱いてしまう。これでは、弁護士も病院を守れません。
一方、記者会見を開いて謝罪するケースでは、裁判を念頭に、非が有ると認めてしまわない様に今後の事を考えて謝罪を行う事が重要となります。
損害賠償請求の裁判は、クレーマーだけではなく、顧客や患者からハラスメントを受けた職員から病院に対しても起こされます。この場合、使用者側の安全配慮義務違反が問われますが、多くの場合使用者側の対応が妥当だったかどうかが争点となります。
或る市立小学校のケースですが、児童の保護者からクレームを受けた校長が、一方的に教諭が悪いと判断し、教諭に謝罪するよう求めたところ、教諭が学校に損害賠償を求めて裁判を起こしました。判決では、校長の対応は不法行為だったとされ、賠償責任が認められました。
一方で、買い物客とトラブルになった小売店の従業員が会社に損害賠償を求めた裁判では、会社が顧客対応のテキストを作成して入社時に指導し、トラブルの連絡体制も構築していた事から、安全配慮義務違反は否定されました。詳細なマニュアルを作る必要は有りませんが、対応のガイドライン等を作成し決められた対応がされていれば、裁判で安全配慮義務違反だとされる事は無いでしょう。
特にハラスメント問題は、トラブル発生後の対応が問われます。先ず、被害者から相談を受けたら、事実確認が不可欠です。最初から全容を把握する必要は有りません。確認の為に動く事が重要であり、内容が確認出来ない内は、安易に相手の言い分を認めてはいけない。中には保健所や都道府県、厚労省等に責任を追及される事も有るでしょうが、安易に善悪を判断してしまうと今後に大きく影響し、最悪の場合、病院が処分を受ける恐れも有ります。初動では特に慎重な対応が求められます。
暴行や傷害、脅迫等の犯罪に該当する可能性が高い言動が有った場合は警察に通報します。通報しておけば、警察署に記録が残りますから、繰り返し被害を受けた時の警察の対応がスムーズになる。緊急時は110番通報をしますが、警察署に相談に行く時は、生活安全部が窓口になります。
又、執拗なクレーマーとの話し合いでは、相手がどうしても納得しないケースが有ります。こうした時、私は簡易裁判所に調停を申し立てます。「診療関係調整調停」と呼んでいますが、裁判所の調停委員が間に入った場で病院の見解を説明する。双方が合意出来なければ、「調停不成立」となって解決には繋がりませんが、経験上、調停に迄至ったクレーマーは二度と病院にやって来ません。
体制としては、職員向けの相談窓口の設置も欠かせません。トラブル対応に当たる時は、当事者個人に任せるのではなく、事務部門と当事者の医師の上司が話し合いに臨みます。警告文を出したり、病院内への立ち入りを禁止したりする等の対応時は、弁護士にも相談する事が肝要です。
質疑応答
尾尻 テレビ局のセクハラ問題が例に取り上げられていましたが、そもそも被害者側と加害者側で示談が成立していた筈なのに、問題が拡大し、最終的に元社長らが50億円の損害賠償を請求される事態になりました。弁護士同士の和解では拘束力が弱いという事なのでしょうか。和解する場合も裁判所で話し合った方が良いのでしょうか。
井上 和解には、弁護士同士で話し合う場合と、裁判所が間に入る場合の2通りが有りますが、守秘義務を含めて強制力が強いのは裁判所での和解です。しかし、裁判所での和解は直接の利害関係者同士の話し合いに限られる。一方、弁護士同士の話し合いでは、直接の利害関係者ではない人や企業も含めて取り決めが出来ます。関係者が多いと、その分、結論が纏まりにくいという問題も有るのですが、この場合は、テレビ局も巻き込んだ形で示談交渉を行っていれば、騒動の拡大を抑えられたかも知れません。一方で、裁判所で話し合い、合意内容に法的な強制力を持たせておけば、守秘義務を巡って揉める事も無かった可能性も有ります。そこは一長一短が有り、ケースバイケースで選択していく事になります。
杉本雅樹 ファミール産院グループ(医)マザー・キー 理事長妊婦が産科を選ぶ時に、インターネット上の口コミを参考にする事が多いのですが、そうしたものの中には、不正確な情報も多い。事実関係は間違っていないものの、悪意を持って批判的に書かれた内容も有ります。こうした書き込みには、どう対処すればいいのでしょうか。
井上 相手の書き込みに対して、「内容には誤解が有りますが、ご指摘の点については、既に改善を行いました」と公表して、訂正するという方法が有ります。名誉毀損として戦うという手段も有りますが、その時は先ず、発信者を特定する必要が生じます。即ちプロバイダーに対し開示請求を行う事になりますが、時間も手間も掛かります。又、こうした我々の行動に対して相手も反発し、法的な争いに発展する可能性も有る。様々なケースが起こるので、その都度最適と思われる方法を選ぶしかないというのが実状です。
中江暁也 (医)東京巨樹の会東京品川病院メンタルヘルス推進室室長 病院では認知症や脳血管障害の患者による高圧的な言動や執拗なクレームも有ります。病気の症状の1つと捉え医師や看護師は献身的に対応していますが、管理職や使用者側から見ると、安全配慮義務の観点から、どの様に職員を保護すべきか非常に悩ましい。何を基準に対応すればいいのでしょうか。
井上 私も精神科病院の顧問をしていますが、非常に難しい問題です。しかし、例え相手が患者であろうと、患者の治療と職員の保護のバランスや、どの時点から職員を守るのかという線引きの基準は病院の裁量の範囲内です。病院独自の判断で決めても違法ではなく、プロセスを踏んでいれば、問題は有りません。その時、大切なのは組織として対応する事です。看護師ら医療職の人の中には責任感が強く、自分で判断して決めてしまう人が多い。その点には注意が必要でしょう。
望月泉 (公社)全国自治体病院協議会会長 医療事故が起きた時に設置される病院内の医療事故調査委員会の目的は、死因の究明と再発防止策の検討で、飽く迄も医療側が中心です。弁護士に入って貰う事が有りますが、法的な部分を担当するだけで、家族等への説明も医師が行う。こうしたやり方でも、社会から非難される事が有るのでしょうか。又、調停を行うと、二度とクレームを言って来なくなるというのは、どういう事なのでしょうか。
井上 医療事故調査制度は元々、医療の専門知識を持った、言わばプロの議論の場として設けられました。知識の無い人の感情的な意見は排して、対策を講じる為のものです。ところが、そうした原則を逸脱して、素人にも分かり易い様にと、実際に医療を行った医師や看護師の対応に原因を収斂させて結論を纏めてしまうケースが有る。すると、個人のミスに対する批判や非難が殺到してしまう事になってしまいます。調停の件に関しては、裁判所が間に入る調停は、裁判とは違い、出廷する義務が有りませんし、話し合いが纏まらずに合意が不成立になる事も珍しくありません。しかしその様な場合でも、一旦調停の場に相手を立たせると、抑止力が働きもう病院に文句を言ってくる事は無くなるのです。退院を拒否して居座り続ける様な患者が、裁判所から退去命令を受けて、強制執行されそうになると、自ら退院していったという例も有りました。

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