日本の医療の未来を考える会

「日本の再生医療治療・研究の現状」、「訪日外国人患者の受入に向けた日本の取り組み」

「日本の再生医療治療・研究の現状」、「訪日外国人患者の受入に向けた日本の取り組み」
 特別分科会  日本の医療と医薬品等の未来を考える会
講演 「日本の再生医療治療・研究の現状」、「訪日外国人患者の受入に向けた日本の取り組み」
4月25日開催した「特別分科会」は、講演1「日本の再生医療治療・研究の現状」について日本再生医療学会理事長 大阪大学教授の澤芳樹先生、講演2「訪日外国人患者の受入に向けた日本の取り組み」について、経済産業省ヘルスケア産業課国際展開推進室長の岸本堅太郎氏の2講演を行った。日本の高度な医療、インバウンド医療ツーリズムに興味を持つ中国企業も大勢参加し、同時通訳機を使用した勉強会となり、日、講演後の質疑応答は医療関係者、医療を受ける側の両面からの質問、そして回答となった。

挨拶

原田義昭:「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「今日は再生医療の先進国である日本の、さらに最先端に携わる先生の講演です。現在、再生医療についてはとても関心が高まっています。そして、海外からの医療ツーリズムも視野に入れて取り組んでいかねばなりません。今の日本は政治的に難しい状況にありますが、私たち政治家も、平和を維持しながら、世界の人々の健康に寄与する務めがあるでしょう」


尾尻佳津典:
「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「私共の出版社に対して中国のみなさまから、日本の医療に関する問い合わせがたくさんあります。高度な医療を受けるにはどうしたらいいのか。再生医療を受けるにはどのようにすればいいのか。現代日本の医療が中国のみなさまから評価されていることは大変嬉しいことですが、そうした質問に答えていく場も作らねばならないと考えました。今日は日本を代表する再生医療の澤先生、そして医療渡航促進を進める経済産業省の岸本さんを迎え、そのあたりをじっくりと聞いていただきたいと考えています」


  講演採録  

澤芳樹氏(日本再生医療学会理事長・大阪大学心臓血管外科教授)

 皆さんはiPS細胞をご存じだと思います。体のどの細胞でも、4つの遺伝子を入れことで、どのような細胞にもなることができる。この細胞の発見によって、2012年に山中伸弥先生がノーベル賞を受賞されました。

 私たちの研究は、このような細胞から心筋細胞を作ってシート状にして使うというものです。これは世界で唯一の技術です。

 心臓というのはとても興味深い臓器なのです。筋肉の塊で、電気的刺激で動く。健康であれば90年、100年と動き続ける。その働きは血液を全身に送るポンプです。まさに生命に深く関わる臓器だと言えます。

 年齢や病気などで、このポンプの機能が低下します。いわゆる「心不全」です。

 実は、この「心不全」、今はとても増えているのです。心不全が重症化した場合、人工心臓を付けるか、心臓移植を受けねばなりません。いずれも簡単な治療ではありません。

 そこで第三の治療法が出てきたわけです。それが心筋細胞のシート化です。

 私たちは患者の心臓を残したまま治療することを重要と考え、そこから創出した技術なのです。体のケガは自分で治す仕組が身体に備わっています。再生医療とは臓器組織をそのような仕組の下で治すこととなります。

 20年ほど前、体内の増殖性のある幹細胞(間葉系幹細胞)を取ってきて、培養し、注射器で注入する医療を試みました。しかし、この方法では移植細胞がほとんど死んでしまうのです。死ななかったものでも、不整脈を起こす危険がありました。

 そこで、これは注射器で注入したことが問題ではないかと考え、細胞をシート状に作って移植する方法を考え出しました。細胞のタンパク質の発現を維持したまま移植する。すると生着率が格段にアップすることが分かったのです。これによって細胞の機能を最大限に活かして移植できるようになりました。

シートを心臓病の治療に用いる

 いよいよ人にも応用できると思い、2007年に患者さんへの治療を行ったのです。

 太ももの筋肉をとり、その細胞を、たとえば直径5センチ、厚さ0・05ミリのシート状に培養します。これを4枚1組に重ねて心臓に張り付ける。すると、シートの細胞も生きていますし、本人の細胞ですから、ダメになっていた心臓の細胞に取って代わって働き始めるのです。

 この技術を製品化しようとしたのがテルモで、申請を出しましたが、なかなかうまくいきませんでした。というのも、科学の進歩に法律がついていっていなかったのです。それは今も変わりませんが。

 とにかく、この心筋シートは医薬品でも医療機器でもない、まったく新しい治療技術です。そのことを承認する法律がない。それで何とか法律を緩和してもらおうと働きかけて、やっと2014年に法律改正がなされました。

 条件期限付きの早期承認という形で、商品として販売しながらデータを取りつつ、再度承認を求めことになります。これは「ハートシート」という製品として売られています。

 現在、世界的にこの治療を受けたいという人が大阪大学病院に連絡してきます。先立ってはカタールから3人の方が来日し、この再生医療治療を受けられました。

 私たちは間葉系幹細胞というものを使いました。以前、注目されたES細胞というものもありますが、こちらは受精卵から細胞を持ってくるため、倫理性の問題、また、他人の細胞であるという安全性の問題が残ります。

 iPS細胞だと、倫理性はクリアでき、大量培養も可能ですから、今後は治療に応用できるレベルまでにしたいと思っています。

製品化するうえでの問題点

 製品にして普及させるために大学が中心になるというのはとても無理があります。そのためクオリプスというベンチャー企業を設立しました。

 平均寿命は確実に延びています。医療費も上がっている。高齢者はさらに増える。

 今後はゲノム医療、予測医学、AI、ロボティクス、そして再生医療が医学的な大きなソリューションとなると考えられています。

 ただ、技術などを開発しても、そこから製品化し、産業化されて生き残るものはほんの僅かです。多くは消えていってしまう。

 そこで、技術開発と産業化を橋渡しする「橋渡し研究事業」というものが2007年からスタートしました。その拠点の一つが大阪大学の未来医療センターにあります。ここには現在118のシーズ(研究開発されているテーマ)があり、内訳は創薬が60、医療機器が30、再生医療が14、診断薬が14。さらに、その中の25が治験として国に申請していて、製品化するための臨床研究をスタートしています。

 再生医療というのは、アカデミアから始まり、企業が製品化する分野です。そのため再生医療学会も半分はアカデミア、半分は企業の方という構成になっています。

 今後は拠点作りが重要になってくるでしょう。そのため、中国とも連携を始めているところなのです。

岸本堅太郎(経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課国際展開推進室長)

 今、海外の患者さんを日本の病院で治療する、そういう取り組みを経済産業省として進めています。

 まず、医療の国内外の現状を述べますと、国内の人口は減少しつつあり、少子高齢化が進んでいる。今後はさらに人口減が進むでしょう。

 一方、海外の事情として、中国や東南アジアでは、かつては感染症などのウエイトが大きかったけれど、経済が発展して寿命も延び、日本と同様に生活習慣病が多くなりました。疾患構造はどの国も似たようになってくるわけです。

 そうなると、日本の医薬品、医療機器、手術技術は周辺の国に寄与していけるのではないかと考えました。

 日本人と海外のニーズの両方を満足させつつ、そのうえで医療渡航者を受け入れる。医療「資源」の稼動率向上、経済的な効果などプラスの効果が期待できます。また、そのことは将来的に日本の患者にとっても高度な医療技術、サービスを提供することに繋がります。

医療インバウンドの受け入れのスタート

 これは国家の戦略の柱であるため、まず、内閣官房健康・医療戦略室長が議長となった「医療国際展開タスクフォース インバウンド・ワーキンググループ」を設置し、大筋での方針作りを行いました。そして、具体的に推進していく「メディカル・エクセレンス・ジャパン(MEJ)」という一般社団法人を7年前に設立しました。元日本病院会会長の山本修三先生を理事長に、医療機器の関連メーカー、海外の患者を日本の病院に繋ぐ際の旅行会社などが会員になっています。

 MEJの医療インバウンドの取り組みとしては、まず、病院などでフォーラムを設けています。そして、どういう病院が適しているのか。どういう事業者がコーディネーターとして適しているか。そうしたガイドラインを提示しています。

 経済産業省はMEJの活動支援を中心に医療インバウンドを推進していく方針でいます。MEJの活動を国内外に告知したり、医療機関やかコーディネート事業者の環境整備を中心に活動しているわけです。

 また、外国人患者の受け入れにあたって「こういうリスクがありますよ」という事例集、価格設定などのガイドブック作り、渡航者とやり取りする際のメールのひな型、説明文書のひな型などを作成し提供しています。

 日本の医療は皆保険で、全国どこでもそれなりの水準の医療が受けられます。莫大な負担もない。そうした特徴は世界的に知られています。しかし、保険外で外国人にも医療提供がなされていることはあまり知られていません。そこで、経済産業省としては医療渡航に関しての展示などをロシア、中国、ベトナムなどでも行っています。

 医療滞在ビザは観光ビザと別に、7年前に設けられました。発給にあたって身元保証を行う事業者も必要になります。その事業者については経済産業省が審査登録します。短期滞在の観光ビザだと最大90日間の滞在が可能ですが、医療滞在ビザだと最大6ヶ月になります。まだ多くはありませんが、平成28年で1300件。右肩上がりですので今後はさらに増えていくでしょう。

ワーキンググループによるガイドライン策定

 一方、インバウンド・ワーキンググループはがを策定し、公表しました。

 そこではコーディネート事業者(AMTAC)や受け入れ病院の認定基準が決められています。

 事業者は医療滞在ビザのための身元保証や移動・滞在時のサポートを行い、旅行業としての許認・実績や治療行為の紹介経験があることが必要条件です。

 受け入れ病院はジャパン・インターナショナル・ホスピタルズ(JIH)となり、そのリスト化が進められました。これらの病院は、渡航受診者を受け入れる組織的な意欲があり、体制が整っている病院であるなどいくつもの要件があります。これらのガイドラインを受けてMEJが認証することになります。

 実は、いまAMTACは2社しか認証を受けていません。それだけに審査が厳しいとも言えます。JIHは昨年1月からスタートして、当初は28病院だったものが今は41病院に増えています。

 これらJIHの実績の把握が出来ていなかったため、昨年末に初めてMEJが調査を行いました。昨年4月から9月までの6ヶ月間の、35病院(当時)における外国人受診者の受け入れ実績を調べました。後からの調査だったので不明もありますが、渡航患者が1642人。圧倒的に中国が多く(1432人)、ベトナムやフィリピンなどが続いています。

 1642人の目的としては731人が治療で、人間ドックなど健診は863人。

 治療の疾患名は、悪性新生物、いわゆるガンと循環器系の疾患が同じ122人となっています。 今後の課題は3つあり、一つは実態把握が不十分でデータが不足しています。そのため渡航者のニーズが分かっていないこと。二つ目は、コーディネート事業者が2社しかいないこと。三つ目は、宣伝不足です。

 コーディネート事業者については、3年間に限り準認証のような緩和した認証の仕組を作るべきではないかという意見もいただき、この方向で調整しているところです。

質疑応答

 

尾尻:「澤先生にお聞きしたいのですが、現在、たとえば心臓の病気の方が、ぜひ先生のところで再生治療を受けたいとなった時、受け入れられるのでしょうか?」

澤:「まだまだ、国内での整備ができていないのは事実です。溺れている人は救うという医師としての本能もあり、相談を受ければぜひとも病院として受け入れたいのですが、儲けることはやるべきではないという風潮のある大学病院では難しい。一方、シンガポールの病院でやりたいというところも出てきています。そうなると医療技術は流出していく。とにかく、命がかかっている人たちを受け入れていく仕組を作れるかどうか。それがこれからの課題です」

岸本:「澤先生に付け足しますと、医療というのは営利を追及しないことによって税制の優遇などがあるわけです。その点について、医療も利潤を追及してもいいではないかというような変革も起きつつあります。やっと取り組み始まったところと考えるべきでしょう」

澤:「でも、医療に関する日本の研究開発、技術はとても優れているのも確かです。心臓手術はアメリカより日本の方が上です。ホスピタリティの面でもはるかに優れている。ですから、受容はますます増えていくと思いますよ」

尾尻:「JIHが41病院というのは少ない気がするのですが、そうでもないのですか?」

岸本:「病院ならどこでもいいというわけでもありません。心臓なら大阪大学とか。そして、海外からの受診者ですから、あまねく全国的に広げる必要もありません。ここの先生、ここの病院とピンポイントで選んで来るはずですから。あと、問題としては、これらの病院は外国人と公的保険(日本人)の両方の患者さんがいます。同時に両方の患者さんが来た時、どっちを優先するかとなると、日本の患者を優先することになる。そうしたシステムが渡航者にとっていいのかどうか。逆に、渡航者を優先するとしたら、どう捉えられるか。解決されていない問題です」

尾尻:「今日、参加されているJIHの一つ、山王病院の堤(治)院長のご意見もお聞きしたいのですが」

堤治・山王病院院長:「以前から港区は外国人の患者さんが10%ほどいました。ただ、99%が在留されている方です。1%ほどは外国から治療を受けに来られる方もいました。こうした人たちに聞いてみますと、技術的なことだけでなく、たとえば腹腔鏡手術は、日本人が保険適用で行うと10万円、外国人だと100万円ほどです。これがアメリカで行うと200万円もかかる。日本人の場合はアメリカから帰国して手術をしても、飛行機代など考えても安くつきます」

中国企業のご参加者「日本への医療ツーリズムに関わっている者ですが、日本で治療を受けたいという人はどれだけ受け入れてもらえるのですか?」

岸本:「人的資源や物理的資源に限りがあるので、すべてのニーズに応えるのは現実的には難しいと思います」

堤:「うちでは、来た人には可能な限り医療を提供するようにしています。ネックとなるのは言葉の壁で、今、成田に作っている新病院では10ヶ国の通訳を配する予定です」

加納宣康・千葉徳洲会病院長:「私は亀田病院に20年間勤めていましたが、そこには外国人の患者さんが大勢来られました。中国人の富裕の方と、そうでない方とに差をつけてしまったことを反省もしているのですが、一つは、確かに言葉の問題がありますね。富裕な方たちは通訳もつけて、それで治療に来られることが多い。コミュニケーションもスムーズにいくのです」

中国企業・ご参加者「著名な先生が中国へ行って、向こうでで手術するという可能性はありませんか?」

澤:「本気で技術を発信するというのは、やるかどうかは大きな決断ですが、正直にいって今の大学病院では余裕がないのが実情です。やるのなら、戦略的に進めていかないと続かないと思うのです。ただ、可能性としては2024年から日本は医師の過剰時代に入ります。そうなってきた時に今の医療システムでは持たなくなるだろうと思います。外に出て行くという選択肢も出てくるのではないでしょうか」

尾尻:「前日本医学会会長の高久(史麿)先生、1月に北京に行かれていますが、それも踏まえてご感想をお聞かせください」

高久:「中国と日本の生活習慣病の違いに関するシンポジウムに参加しました。そこで日本の医療の状況を話したのです。澤先生がおっしゃるように、外科手術など、日本はとても優れているというのは中国でも認識されていました。患者への対応も暖かく、上手である。経済発展のためにも医療技術を活かす道、外からの患者を受け入れたり、外に持って行けるようにしたり、そのあたりは積極的に考えた方がいいと思います」

堤:「澤先生にお聞きします。日本では体外受精で生まれる赤ちゃんが20人に1人になっています。私は産婦人科なので、そこに再生医療で取り組もうと考えているのですが、申請のための書類を作るだけでも大変なのです。民間の病院ではとてもハードルが高い。今後の再生医療の展開のためには、その点をどうお考えですか」

澤:「再生医療を進めようという法律を作った際、早く承認させるつもりではあったんです。一方、問題となったのが自由診療でした。ちょうど韓国の患者さんが自分の細胞を持ってきて、日本のクリニックで治療を受けた。その患者さんが亡くなったので大問題になったわけです。とくにエビデンスのない治療法が安易に普及している。そこに歯止めをかけるには、やはりそれなりのハードルの高さはあった方がいいと考えています」