日本の医療の未来を考える会

第6回「企業における『高ストレス者』対策分科会リポート

第6回「企業における『高ストレス者』対策分科会リポート

メンタルヘルス不調者の復職支援活動

全6回の構成で開始した「企業における『高ストレス者』対策」。最終回は「メンタル不調者の復職支援」をテーマに、日産自動車の人事本部安全健康管理室・栗林正巳氏と、新宿ストレスクリニック本院の統括院長で本院院長・渡邊真也先生をお招きしご講演頂いた。

尾尻佳津典:「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」代表(集中出版代表)「この『高ストレス者対策』の分科会は今回が最終回です。今日、ご参加されているみなさんの仕事としては最も深く関わっている分野だろうと思います。うつ病などは昭和の時代には『精神論』で片付けられていました。

日本はその点でかなり立ち遅れていた。平成になってようやく企業なども精神疾患への対策を始めたところです。厚生労働省の試算では、うつ病などの先にある自殺などの社会的損失は8兆3000億円だそうです。精神疾患の治療法がまだまだ確立されていないことにも原因があります。

患者さんもそのことを理解していない。そのために政府もストレスチェックを義務化しました。二年間が経ち、成果は出ています。この勉強会は今回が最後ですが、精神疾患の勉強会は今後も継続していく予定です」

原田義昭:「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「自民党が中心になって経済対策なども行っていますが、決して油断はできません。経済界が大変なご苦労をされていることはよく分かっています。働き方改革など政治的動きは進めていますが、まだまだやれることはあります。

働くみなさんが健全に、その役割を果たすことが結果的に国の活力を生むことにつながります。精神医療の立ち遅れなどは、そうした健全な仕事ぶりを妨げることにもなりかねません。こうした勉強会を通じて、経済界全体に何らかの役割を果たせるようになればいいかなと思っています」

企業が取り組むメンタルヘルスケア
予防、メンタルヘルス研修、職場復帰プログラム
日産自動車株式会社人事本部安全健康管理室
栗林正巳氏

 日産自動車がメンタルヘルスケアに対して真剣に取り組み始めたのは2005年からです。その2年前あたりからメンタル不調による休業者が増え始めたことが原因で、「このまではいけない」ということでスタートしました。

 私はもとはエンジニアですが、開始当初からメンタルヘルスケア担当として取り組んでいます。

 まず、EAP(エンプロイ・アシスタント・プログラム-=従業員支援システム)がヨーロッパに普及し始め、そのノウハウを借りようとしました。ただそうした専門機関を利用するにしても、企業風土に合ったカスタマイズが必要なのです。13年経っても活動の枠組みは変わっておらず、企業風土とマッチしていたのではないかと思っています。

ストレスチェックの効用

 「ストレスチェック」は、年に1回、全員必須で実施し、受診率は98・5%ほどです。
 ストレスチェックの狙いは2つあり、セルフケア、もう1つはラインケア(組織分析)です。結果は本人に通知されますが、会社に知らされません。セルフケアに関しては、相談カウンセリングを設けて、「受けてみませんか」と勧めています。

 ラインケアは、私と人事コンサルタントが職場に出向き、生の声を聞いて、職場の課題をあぶり出します。その結果をマネジメント改革に用いていくわけです。

 ストレスチェック制度は完璧ではありません。特に一次予防のためには不足しているところが多いように思います。そこで、別の方策も合わせて行わないといけない。極力、全方位の活動をしながら、その不備を補完しています。

 「ストレスチェック」は、義務化されている部分と会社がタッチできるところにギャップがあるため、常に従業員に対しては「しっかりアプローチしていますよ」というスタンスを示しています。

 セルフケアは、産業医の面接指導は、高ストレス者の0・45%しか申し出がありません。敷居の低いEAPなどの相談窓口に誘導しています。こちらには20%が申し出ています。相談カウンセリングも行っていますが、こちらも3~4%しか受けられていません。相談内容も健康状態についてが多いようなので、一次予防に利用するならば、もう少しメンタル面の相談に使っていってほしいと思います。

日産自動車独自の組織分析

 ラインケアでの組織分析は、弊社のオリジナルで、結果系指標と要因系指標とに分けています。

 ストレスチェックの結果はプライベートのストレスも反映されていて、それが仕事にも表れています。管理職がコントロールできる要因は絞り込まなければ、とても手が回りません。そこで8つの要因に集約させ、それを改善することで、結果系指標(「心身の状態」「仕事への前向き度」)を良くする。

 その結果系指標の分析結果をグラフとして作成しています。横軸が事業所の種別、縦軸が指標。50を平均値として、それより上だとストレスが高いという表示です。

 これだけで分かるのは生産・物流より技術開発系の事業所の方がストレス反応が良くなっています。要因計指標だと、技術開発系の事業所は「仕事の量」「業務分担」などが良くない。

 また、部長職の方がストレス反応は良くて、役職が下がるほどストレスが高いことも分かります。30代から40代前半までが特に高いようです。調査結果は職場改善につなげなくてはなりませんが、その際のポイントは、データはあくまでデータであると認識すること。最後は生の声を聞かないといけません。そこで、私たちは必ず現場の声を聞くようにしています。人事コンサルタントとともに管理職のヒアリングをし、「問題点はどこにあると思いますか?」などの質問をします。その後、日ごろのストレス、仕事のやりにくい点など、部下たちからも声を集めます。ヒアリングをすると上司側と部下側とでは違う回答が得られます。そこにマネジメント改善の方策があるのです。職場のストレス耐性が低そうだと勉強会をするように勧めます。アクションプランとしては、マネジメントの役割分担をきちんと行うことも大切です。管理職はパフォーマンスのマネジメントをすべきなのに、タスクマネジメントをしているところもあり、それでは職場コントロールができるわけがありまので、その点もアドバイスをします。

メンタルヘルス研修

 研修は管理職には3つ、基礎編、ラインケア編、高度対応編があります。これらは部下のケアです。ただ、ラインケア編は半分は自身のマネジメント改善やストレス耐性向上も含まれます。一般層のセルフケア研修では、自分の心を強くする、ストレス耐性の向上をテーマに行います。ある事業所の復職者が不調になった理由を分析したところ、職場関係が41%、性格要因が36%という結果が出ました。41%の職場関係だけに働きかけていては、なかなか不調は改善されません。そこで心の強化活動をスタートさせたのです。

 マネージャーからはタイプ別マネジメント、ポジティブマネジメントを施し、自分からはアサーション、マインドフルネスなどを行い、できるだけ折れにくい心をつけてもらう。

 タイプ別は6つのタイプに分けて考えます。多かったのは不安型で、管理職にはどう接したらいいかをレクチャーしました。朝2分でも良いので面談をして「今日は何をする? それだけでも頑張って」など、その一言だけで不安が減り楽になるのです。

職場復帰プログラム

 再発の防止が最も大切です。一度休んでしまった人は、二度と休まないようにする。そのためには十分に回復してからの復職を促します。戻った際は手厚いフォローを施す。8時間勤務ができるところまで回復してから復職としています。ですから、弊社にはお試し出社のような制度はありません。復職はパフォーマンスが60%以上発揮できるようになってからです。低いと思われるかもしれませんが、これは量的ではなく質的なイメージと捉えてください。本人、産業医、職場上司、人事による四者面談で復職について考えていきます。

長期休業者が復職プログラムに乗るためにはリハビリが必要です。再発させないためには、リワーク施設でのリハビリを実施します。復職申請は主治医の診断書を提出します。それから産業医の第一次面談、次に四者面談、復職コーディネーターのフォロー(これは主に自殺防止のため)と流れ、職場復帰となります。

リワークについては、2011年から就業規則に入れることにしました。対象は、1年以上休んでいる人、過去3年以内に休職歴がある人、会社が行った方がいいと認めた人、この3つです。リワークを行い、その後、復職してからの復職プログラムもあります。本人も会社も確信をもって復職プログラムを終了できるようにします。特に四者面談が重要です。復職の最終判断は産業医と人事が連携して行い、従業員自身も、復職に向けて面談で自身をプレゼンしてもらう。この四者面談は復職後も続きます。

リワーク施設も自前で

 リワークでは一定時間を拘束されて夕方まで働きます。そこで生活リズムが作られ、ストレス耐性が上がる。リワークを行った人と行かなかった人の追跡調査をしたところ、行った人は80%が復職後も元気、行わなかった人は2割しか元気ではなかったという結果が出ました。リワーク施設は社内にリワーク施設を作り、月曜から金曜まで9時から17時までみっちりとスケジュールが組まれて、集団でものづくりなどの作業を行っています。外部のリワーク施設より社内リワークの実施者の方が成功率が高いという調査結果が出ています。

 こうした活動を始めてから、再発率は40%だったものが6%まで下がる成果が出ました。

今後の展望として、活力のない従業員を対象にアプローチするだけでなく、全体を活力溢れる方向にもっていきたいと考えています。これは健康経営の考え方です。

医療機関が提供するメンタルヘルス
新宿ストレスヘルスクリニック本院統括院長・本院院長
渡邊真也氏

 会社でのメンタル不調について、病院の立場から話したいと思います。
 メンタル不調は病気なのか怠けているのか、その見極めがつきにくいところがあります。
 診察室で多く聞かれるのは「先生、私の不調は、うつ病なのでしょうか、それとも気持ちの問題なのでしょうか」。

 最近ストレスが多くて眠れない。休みの日は寝過ぎる。食事の量もむらがある。いろいろなことを決断することがしにくかったり、続けて作業するのがしんどい。でも「仕事はできています」という人も多いのです。

 うつ病の症状と気持ちの問題は、表れる症状が似ています。やる気が出ない、興味の消失、睡眠障害(よく眠る、途中で目が覚めるなど)、食欲異常(よく食べる人とまったく食べられない人)、判断力の低下、自分が価値のない人間と感じる、そして自殺願望。

 経験豊富な医師なら分かるかというと、30分や1時間の問診でどっちかに決めるのはとても難しいと言えます。

「仕事は無理でも休みは楽しめます」と言われたら、医師の考え方ひとつで変わってしまいます。これは「うつ病ではない」と診断を下す人もいれば、いずれ「うつに進行する」と診る人もいる。

 問診だけでは分からないものなのです。どちらが正しいとも言えず、主観で判断するかありません。これが精神科外来の現状です。

 うつ病の分類として、受験うつ、出産うつ、仕事うつなどがありますが、基本は一種類です。前頭葉の働きが落ちてきて、うつ状態に陥ります。

薬を使わない新しい治療方法

 光ポトグラフィ検査は、脳の血流を測ることで、うつ病、そううつ、統合失調症、正常の4つのパターンが判断できます。正常だと血流は上がり、うつは上がらない。気持ちの問題だと血流は正常なのです。

うつ病と判断された場合、治療が必要です。早めに発見して早めに治療することで職場復帰も早まります。放置することが良くないのです。

 治療の方法として、1番目は傾聴で話を聞くカウンセリングがあります。これは医師でなくてもいい。カウンセリングによって思考のパターンを変えてあげる認知行動療法です。

 治療の2番目は薬物です。抗うつ薬を用いますが、へんとう体を制御して不安をコントロールします。ただ、副作用として嘔吐やめまいが起きること、服用を続けなければならない点がデメリットです。

 治療の3番目として磁気を前頭葉に当てて行うマグスティムがあります。TMSと呼んでいます。椅子に寝て、頭を軽くペンでたたかれるような感じの治療で副作用はありません。

 53歳の男性の例です。会話をすると速度が遅いのが分かります。話しかけても返事が戻るまで2、3秒かかる。話を聞くと、仕事の人間関係のストレスが大きく、他にも複数のストレスがかかり、脳の働きが下がり、意欲の低下などがみられました。光ポトグラフィ検査するとうつの波形を示しました。

 そこで、TMSによる治療を開始しました。半月後には険しい表情が消え、1ヶ月半で6割ほど改善。4ヶ月弱で元の状態まで回復しました。HAM-Dという、うつ病の程度を判断する指標があり、カウンセラーが質問して患者が答えたものを点数化していきます。TMS治療では30回の治療で80%が改善、60%が寛解という結果が出ています。できるだけ普及させ、薬による治療からの脱却を目指したいと思っています。

質疑応答

原田:「日産といえばかつて大変な逆境を経験されています。栗林先生には、そこを乗り切ったこととメンタル不調者対策との関連についてお聞きしたい」

栗林:「日産自動車が逆境から生き返ったのは、職場懇談会などでの話し合いもあったためです。仕事を待っているだけではだめだ。組織横断的な活動にしよう。そうした対応策が出てきたことが最大の要因だったと思います」

原田:「渡邊先生には、うつだけでなく、躁状態についてもお聞きしたい」

渡邊:「うつは落ち込んだ状態、躁は気分が高揚して興奮状態です。躁状態だと、暴れる方もいます。興奮状態で仕事もできない。うつと同じぐらい危険です」

児玉政彦(キノシタ・マネージメント労務課課長):「日産自動車では、組織分析による改善で、管理職の異動はあったのでしょうか」

栗林:「ありました。ただ、問題の部署の管理職を異動したらいいというわけでもありません。マネジメントに問題があると思われると動かします」

羽田野瑛子(レオパレス21人事部労務課):「日産では、復職されるまでに回復の度合いをどう測っているのでしょうか」

栗林:「難しいですね。リワークまでどれぐらいかは、きちんとは判断していません。不調になった時にレポート書かせている。リワークの前段階では、感覚的には6割に届かないぐらいのパフォーマンスにしています」

羽田野:「社内のリワーク施設だと、同じ会社の者が参加されます。そのことでの運営上の苦労はありますか」

栗林:「社内リワーク開設時は心配しましたが、候補者をピックアップした段階でもしも重なっている者がいれば時期をずらしたりします。ただ、今のところ問題なく続いています」

尾尻:「ストレスチェックの個人結果を会社が知らされないことについてご苦労はありますか」

栗林:「それは割り切っています。他の活動をしているのでケアするべきことを果たしているという自負もあります」

遠田千穂(富士ソフト企画・企画開発部部長):「うちは特例子会社で精神障害者が120人ぐらいいます。御社では特例子会社との連携はどうされているのでしょう?」

栗林:「障害者雇用率はぎりぎりのところです。社内的にはあまり積極的ではないかもしれません。他の部署の考え方は分かりませんが。もっと特例子会社のいい面を探し出してアプローチしたいとは思っています」

遠田:「渡邊先生に、質問です。薬を使わない治療を国としては奨励しているのでしょうか」

渡邊:「まだ具体的なところまで広がっていないのが実情です。これから広がっていくよう、私たちも務めています」

濱田啓介(イー・アンド・エム・管理本部管理課 本部長代理):「社内ではどうのようなメンバーでストレス不調の対策を行っているのですか?」

栗林:「私と私のアシスタントです。活動の枠組のカウンセリングなどは外部のEAPの手を借りています。大変なのは職場復帰プログラムです。ここでは人事が活躍します。それで職場ごとの人事に年一度招集をかけて、人事担当者会議を開いています。基本的には船頭は多くない方がいいと思います」